フェイト・オブ・ザ・ウィザード~元伝説の天才魔術師は弾丸と拳を信じてる~

シノヤン

一章:魔術師だった男

第1話 急にスカウトされても困るんだよ

 またか、とクリス・ガーランドは大きく溜息をつく。その日は木を切り倒した後に友人達と狩りに出かけた。自慢の射撃で鹿を射止めてみせてからは酒場に戻り、祝杯を挙げて余韻に浸っていたのである。ようやく清々しい気分で家に戻ってきたというのに、家の扉を何者かが叩いているのを目にした彼は、この後何が起きるのかおおよそ見当がついていた。


「おい」


 しきりに家の扉を叩く人物をクリスは呼び止めた。あの無駄に落ち着いた紺色の外套には見覚えがある。服の具合からしてまだ着慣れていない、あの”アホ共”の使いだろうとクリスは思っていたが、ドアを叩いていた人物が振り返るといつもとは状況が違う事に気づく。


「ハァ…あなたは…!」


 女性であった。茶髪で肩や足から出血をしており、緑色の瞳で必死にこちらを見ている。不思議と初対面では無い様な気がした。


「お前…」


 その直後、クリスは森の奥深くからこちらに近づく何かの気配を感じた。舌打ちをしてから急いで彼女を家に押し入れ、安静にしておくように伝える。そして壁に掛けていたホルスターとコートを手に取った。ホルスターを身に付けてからすばやく食器棚へ向かうと、隠してあった回転式の拳銃を取り出す。二丁あったが、片方は昨日に近辺をうろついていたゴブリンを撃ち殺すのに使ってしまい弾を込め忘れていた。慌てて弾を込めていると、外に気配を感じる。


「これでいい」


 何とか弾を込め終わったクリスは拳銃をホルスターへ収め、その上から隠すようにしてコートを羽織ってから表へ出た。外には三人程、黒と基調とした戦闘服を着用している者達が立っていた。全員が口元を隠すようにスカーフを身に付けている。それが魔術師達の持つ伝統的な装束の一つである事をクリスは知っていた。


「こんばんは、あなた方は?」


 まるでどこかに出かけるつもりだったかのようにクリスは余所余所しく尋ねたが、彼らは何も答えなかった。気が付くと、三人は自分を取り囲っていた。


「この辺りに誰か来ただろう。紺色の外套を着た茶髪の女だ」

「いやあ、何の事やら…」

「そんな事で俺を騙せると思うか?もういい。お前たち、すぐに家を探せ」


 目の前にいたリーダーらしい男は、尋問などに時間を使っていられないと思ったのか、自分の背後にいる二人にそう命令した。目の前にいた男は地面に向かって手をかざす。すると地中に埋もれていたのであろう岩がボコボコと音を立てて浮き上がり、やがてつららのように尖らされた。大地の悪魔と契約を結んでいる魔術師である事が分かった直後、浮遊している尖った岩が自分の喉元に近づいた。


「動いたら…分かるな?」


 そう脅されようがクリスは大して恐怖というものを感じなかった。命令をされた二人の男が自身の家へ向かおうと振り向いて歩き出した瞬間、クリスは右腰に備えていた拳銃を素早く抜いた。男は待ってましたと言わんばかりに宙に浮かせていた岩をクリスの喉元へ突き刺す。鮮血が迸ったが全く怯む様子も見せず、クリスはそのまま目の前の男を撃った。弾丸が胴体に命中すると、油断していた男は大きく怯む。クリスはすかさず頭に狙いを定めて引き金を引いた。


「なっ…貴様っ!!」


 銃声によって異変に気付いた二人の兵士が振り返った頃には、自分達を指揮していた男が地面に倒れ伏していた。そしてクリスが喉に突き刺さっていた岩の破片を面倒くさそうに引き抜いているという異様な光景に愕然とした。クリスは少し咳き込みながら口に溜まっていた血を地面に吐き捨てた。口の中が鉄臭く、喉も少し痛む。


「思い出した!クリス・ガーランドだ!」

「嘘だろ…こいつが…!?」


 なぜかクリスの名を知っていた二人は、近づいてくる彼の姿に恐れをなして逃げ出した。特に追う理由も無かったクリスは、拳銃を仕舞ってからそそくさと家に戻る。先程匿った女性が不安そうに出迎えたが、彼女を無視して武器や血で濡れた上着を片付けた。


「やっぱり…本当だったんだ。魔法を使えなくなった魔術師…」

「先に言っておこう。エイジス騎士団に入るつもりは無い」


 女性は驚愕しながらクリスを見ていたが、彼はあろうことか自分の要件をお見通しであった。そして、聞きもしていないのに断られた。


「まだ何も言ってな――」

「じゃあ、何を言うつもりだった?毎回毎回青臭い正義感を掲げた奴らが来るんだ。エイジス騎士団に入れだの、あなたの力が必要ですだの言いながらな。どこから聞きつけたか知らないがお前らと魔術師の争いなんざ知った事じゃない」


 女性は自分の所属している組織や自分の信じる物を罵倒してくる中年男に腹が立ちつつも、けがの痛みに耐えながら彼の元へ近づいた。


「…魔術師をどうやって倒したの?彼らは魔力で肉体を強化されている。一般に流通している弾丸程度じゃ倒せない」

「お前らの装備以外はな…だが作れてしまえば問題ない。銀を始めとしたいくつかの金属には魔力を浄化させる力がある事は既に知っていた。だから近くの業者に頼んでそれらの金属を組み合わせた弾丸を作ってもらった。それだけだ」


 寝る前の支度にとりかかっていたクリスはしつこく食い下がって来る女性に苛立ちながら説明をする。


「とにかく、傷が癒えたら出て行ってもらう」

「”ブラザーフッド”の力はどんどん勢いづいている…この間だって何の関係も無い村を焼き払って二百人以上がなぶり殺しにされた」


 服を着替えようとしたクリスは、女性が口から語ったニュースにふと手を止めた。


「確かな情報筋によれば、魔術師達の過激な行動が活発化したのはとある有力者を追放してから…魔術師を嫌っていた政治家のリチャード・フランクリンとその家族の暗殺に失敗した責任を取らされたって…そうでしょ?」

「…詳しいんだな」

「散々調べたし、あれが魔術師によって引き起こされた事件だっていうのも知ってる…私がその暗殺事件の生き証人だから…メリッサ・フランクリン。それが私の名前」


 女性の真剣な気迫とその眼差しを見たクリスは、あの日の出来事が脳裏によみがえった。そして、彼女の正体を悟った。




 ――――十八年前、クリスはとある屋敷の一部屋にいた。おもちゃと絵本があちこちにに散らばった部屋のクローゼットの前で立ち尽くしている彼の目に入ったのは、体を震わせながら口を塞ぎ、涙を流している一人の少女であった。すぐにでも殺せたが、彼にはその一線を越える覚悟が足りなかった。クリスは元来より子供を手にかける事が苦手であった。そしてそれに拍車をかけるようにして義妹家族に長男が誕生していたのである。この少女にも自分の義甥と同じように愛してくれている親族がいる事を考えると、胸が苦しくなった。部屋に近づく足音に気づいたクリスは、クローゼットから離れて部屋の入り口へ向かう。


「いたか?」


 彼と共に襲撃をした魔術師が聞いた。


「ダメだ…もしかすれば逃げられた可能性がある」

「クソッ、子供と言えど目撃されていたら面倒だぞ」

「外を探そう、先に向かってくれ。もう少し調べたらすぐに追いつく」


 クリスは仲間の魔術師に伝えて、彼が階段を下りていくのを見送ってから再びクローゼットの前に戻った。


「…すまない」


 クリスはそう一言だけ残して、彼女を見逃したのである。それが後の惨劇に繋がるとも知らずに。





 ――――我に返ったクリスは彼女から目を背けた。


「同胞が滅ぼされるのかもしれないと思っているのかもしれないけど、エイジス騎士団は魔術師を消したいわけじゃない。過激派の動きを止めて、治安を守りたいだけよ」


 彼女の言い分を見事な大義名分だとクリスは心の中で軽蔑した。戦いというのは歯止めが利かなくなるものであり、疑心暗鬼に人を陥らせ、善悪の区別もつかなくさせてしまう。そこから先に待っているのは、終わりの無い暴力の応酬である。しかし自身が下手に甘さを見せたせいで、彼女もその応酬に巻き込まれたのかという考えが頭をよぎった。理想論に近い彼女の言葉を鼻で笑いたくなる一方で、自身が過去に行った事に対する罪悪感もクリスは抱え始めていた。


「それにしても…親の仇を前にした割には随分と落ち着いているな」

「憎んでなかったと言えば嘘になる。でも情報を追っていく内に私を逃がしたせいであなたや魔術師達に何があったのかを知った。今は同情とか…色んなものが渦巻いてる。でもそれはそれ。今は騎士団の一員としてあなたをスカウトしに来た。お願い、一緒に来てくれないかしら?」


 メリッサは断固として引き下がるつもりが無いらしかった。本来ならばこの場で襲いかかって来てもおかしくない筈の彼女が、それほどまでに強い意志を持っている事にクリスは少し驚いてしまう。熱意に押され、自分自身が犯したミスに対する人々の反応を次第に思い出し、非常に断り辛い空気と心境が出来上がりつつあった。


「…報酬は?」

「え?」

「タダ働きってわけにもいかないだろう」


 長い沈黙が続いた後、予想してなかった答えがクリスから飛び出たせいで、メリッサは素っ頓狂な反応を示す。


「木こりをするよりは、良い生活が出来るかも。危険と隣り合わせだけど」

「悪くない。じゃあ様子を見に行かせてもらおう。どんな組織なのか、どんな仕事をしているのか…その上で判断させてくれ。気に入らなかったらすぐに帰らせてもらう」


 メリッサが提示した条件にクリスが本心を隠しつつ返答をすると、メリッサは顔を明るくした。怪我の事など忘れてすぐにでも出発とする彼女を抑え、怪我の手当てをしてからだとクリスは付け足した。いつもこうやってその場の空気や、感情に流されがちだなとクリスは自身を侮蔑した。一方で良い生活が出来るという点に対して、妙な期待感を抱いているのもまた事実であった。

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