第020話 地獄の晩餐
その後、チグサに呼ばれて食堂へ行くことになった。
一階の大広間の奥の扉を開くと、真っ暗闇の中で食卓を囲んでいるギルドメンバーの姿がある。
みんなが一斉に、ぎょろりとこちらに視線を向けた。
なんかホラー感すごいな……。
「ランタンとか……せめてろうそくはないのか?」
一番奥の席に座っているリシュアが、悲しそうに言った。
「……最近、薬草不足でクスリが作れなくて……。だからできるだけ節約しているんです……」
「そ、そうか……」
「……さぁ、どうぞ。ここが幸太郎さんの席ですよ」
言われて、リシュアの横の空席にロロと並んで腰を下ろした。
リシュアが、薄暗闇に座るギルドメンバーに視線を向けながら、
「まだ仲間を紹介していませんでしたね。手前から、ユリ、ルマ、ポー、マチルダ――」
マチルダって人は、さっき怪我をして馬車の中で寝かされてた人だな。
《全快薬》のおかげか、もうだいぶ元気になってるみたいだな。
……にしても、みんななんで無表情なんだろう?
持っていたランタンを机の上に置くと、リシュアが羨ましそうに言った。
「それ、幸太郎さんのマイランタンですか……? いいですね。とても明るくて」
「……よ、よかったら、いくつかランタンを作ろうか?」
「……はい? ランタンを作る?」
頭の中でランタンの姿を思い描き、
「《空間製図》、転写!」
机の上に、半透明のランタンの製図が十個浮かび上がる。
「《精密創造》でランタンをクラフト!」
念のために持ってきていたリュックから、次々と素材が飛び出し、あっという間に十個のランタンがクラフトされた。
数十名のギルドメンバーが、ざわつきながらその様子を眺めている。
中でも、間近で見ていたリシュアは驚いたように口を開けて、
「ランタンがこんなに……。こ、幸太郎さんは、ほんとに不思議な能力をお持ちですね……」
「まぁな。替えのオイルもあとで用意しておくから、とりあえず今はこれで凌げるだろ」
長机の上にランタンを並べると、そこら中から声が感嘆の声が漏れてきた。
「すごい……。これで、また夜に本が読める……」
「こんなに明るい晩御飯なんて、いつぶりかしら……」
「明るい! 明るいよ! とっても!」
ただのランタンでこんなに喜ばれるなんて、かわいそうでちょっと泣きそうになってきた……。
ふと、横に座っていたロロが「うげぇ」と声を漏らした。
「どうしたロロ? 変な声出して」
「これ、まずい……」
ロロの前には白濁としたスープが置かれている。
「もう食べたのか……。せっかく用意してくれたのに、まずいとか言っちゃだめだろ」
「じゃあ幸太郎も食べてみなよ! これ、すっごくまずいから!」
キレるほどか……? キレるほどなのか……?
リシュアに視線を移すと、「お好きなだけどうぞぉ」と、何故か目を逸らされた。
その後、ギルドメンバーの顔をぐるりと見渡すが、誰一人目を背けなかった者はいなかった。
ただ一人、ロロのとなりの席に座っていたチグサだけが、にっこりと微笑み返してきて、
「私はどんなものでも食べられるよう、特殊な訓練を受けているから平気だ!」
と死んだ目をして自信満々に言い放った。
え? 特殊な訓練を積まないと食べられないようなものなんですか?
覚悟を決め、恐る恐るスープを一口流し込むと、口の中いっぱいに青臭い刺激臭が広がった。
あれ? 俺、今雑草食べたっけ?
「……まっず」
「そうでしょ!? まずいでしょ!?」
「……あぁ。悪かったよ、ロロ。これはさすがにちょっと……」
リシュアが申し訳なさそうに、
「すいません……。食費もできるだけ切り詰めたいので、安くて栄養だけはあって、味が最悪な〈ゲロロ草〉をスープにして飲んでいるんです……」
「名前からしてまずさが際立ってるじゃないか……」
断るって手もあるけど……。
周りのギルドメンバーもスープを口にし始めたのか、そこら中から「おえっ」だの、「ぐえっ」だの、苦悶の声が漏れ始めた。
地獄かな?
しかたない……。
「あの……リシュアたちさえよければ、俺が食事を用意しようか?」
リシュアは驚いたように目を開き、
「えっ!? で、でも、今は食事に割ける予算は……」
「もちろん金は取らない。宿代の代わりだと思ってくれ」
「ですが……」
遠慮しているのか、リシュアは眉をひそめている。
リシュアの返答は待たず、
「《空間製図》、転写!」
長机の中央に、三つの大皿にこんもりと盛りつけられたハンバーグやパン、からあげやケーキなどが半透明な姿で出現する。
「《精密創造》で諸々をクラフト!」
リュックの中から次々と食材が出現すると、それらは全て半透明な製図の中へ吸い込まれていき、実体を伴った。
その瞬間、食堂の中いっぱいにおいしそうな匂いが一気に充満する。
それまで遠慮がちだったリシュアも、今は料理しか見ていない。
「……こ、幸太郎さん……こ、こ、これは…………」
「どうぞ。好きなだけ食べてくれ」
そう言うと、最も早くに料理に手を伸ばしたのは、ロロとチグサだった。
からあげに食らいついたロロが、幸せそうに、
「はふぅ……。やっぱり幸太郎のご飯が一番おいしい~」
次に、ハンバーグを一口頬張ったチグサが、
「こ、こんなに柔らかい肉は食べたことがない! それに、噛むたびに口の中に肉汁が広がっていく……。あぁ……。うまい……。うますぎる……。もうあんなスープ、二度と食べるものか……」
チグサもなんだかんだ辛かったんだなぁ。
二人の様子を見て、『ウォーム・カーネーション』のメンバーが我先にと大皿へ手を伸ばし始めた。
「あぁ! ほんとにおいしい!」
「お肉! お肉!」
「もう、明日死んでもいい……」
「スープ以外のものなんて、いつぶりだろう……」
「うぅ……。おいしすぎて涙が止まらないよぉ……」
「すごい! 見てこれ! ケーキだよ、ケーキ! しかもめっちゃおいしい!」
それから、今まで遠慮していたリシュアもごくりと喉を鳴らして、
「わ、私も!」
と、ハンバーグにかぶりつくと、一気にとろんと口元を緩めて、
「あぁ……。すごぉい……。こんなの……こんなの、初めてですぅ……」
「喜んでもらえてよかった」
声をかけると、リシュアはハッとして恥ずかしそうに、とろんとした表情を元に戻した。
「な、何から何まで、本当にありがとうございます、幸太郎さん」
「気にするな。俺からのほんの気持ちだよ」
「幸太郎さん……」
にしても……いつ以来だろうな。
こんなに大勢で食事するなんて……。
前の世界では、ずっとクラフトゲームばかりしてたからな……。
「幸太郎? どうかしたの?」
ロロが肉を頬張りながらこちらを見つめている。
ま、こういうのもいいかもな。
「なんでもない。それよりたくさん食えよ」
「うんっ!」
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