第004話 クラフトゲームの定番

 武器や防具は、実際に触れてから購入を考えるのが一般的なため、剣と軽鎧は簡単に触れることができた。


 剣はどこにでもありそうな安物を複製した。まだそこまで強くなってないし、高価な剣を身に着けて強盗なんかに目をつけられたらたまったもんじゃない。


 鎧は実際に試着してみるとかなり動きづらさを感じたため、結局装備はしなかった。


 なので、今現在俺は、上下ジャージで腰に剣をぶら下げた、なんとも陳腐な格好になってしまっている。


 ジャージが珍しいのか、すれ違う人すれ違う人、俺の服を見て驚いたような表情を浮かべている。


 武器屋や防具屋でも同じような視線を感じたけど、さすがに恥ずかしくなってきたな……。


 早いとこ服屋に行くか……。



     ◇  ◇  ◇



 服屋の扉を開くと、そこにはズラリと服が並べられていた。


 特に目に留まったのはローブだ。スカートやズボンなんかは素材の違いこそあれ、日本の服屋でもよく見る光景だが、これだけの数のローブが売っているところは見たことがない。


 とりあえずめぼしいものは全部少しずつ触っておくか。


 そのうち何かの役に立つかもしれないし。


 そう思い、店内をぐるりと回りながら商品を物色していると、


「あの、お客様、ちょっとよろしいでしょうか?」


 振り返ると、店主らしき女性が立っていた。


 やばっ……。勝手に触りまくったのはまずかったか……。


「……す、すいません。べたべた触っちゃって」


「い、いえ! 触れていただくのは構いませんので!」


「そ、そうですか?」


 店主の女性は、俺の顔はほとんど見ずに、俺が着ているジャージを興味深そうにじろじろと眺めている。


「あの、このジャージが何か?」


「ジャージ? ジャージというんですか? その服」


「えぇ、まぁ……」


「少し、触らせていただいてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」


 店主の女性は、俺が着ているジャージを指で触ると、今度は中に着ているTシャツも指先で何度も撫でまわした。


「わぁ、生地がとってもなめらか……。それにこの軽さと通気性……。ふーむ……」


 あぁ……。なんだろう……。


 なんかこれ、恥ずかしいな……。


『全ステータス値、及び《製図》、《簡易作成》を獲得。《完全覚醒》の効果により、《製図》を《空間製図》に、《簡易作成》を《精密創造》にランクアップしました』


 粗方俺の服を触っていた店主は、興奮した口調で、


「あの! この服、どこで手に入れたんですか!?」


「日本っていうところですけど……」


「日本? 聞いたことありませんね……。……あのぉ、失礼なことだとは思いますが、この服を一式、譲っていただくことはできませんか?」


「へ? で、でも、俺、他に着るものなんてないし……」


「もちろん代わりの服は差し上げます! この服に見合ったお金もお支払いします! なので、なにとぞ!」


「……そ、そうですか? じゃあ、どうぞ……」


「ほんとですか!? ありがとうございます!」



     ◇  ◇  ◇



 町中の一角。


 着古したジャージの上下と、襟のよれたTシャツの代わりに、長袖と長ズボンとコートをもらい、さらにはリュックと五十万ルルドという現金まで獲得した。


「このルルドっていうのが通貨なのか?」


『はい。この世界で、幸太郎様と同じ年齢での平均月収は、およそ二十五万ルルドから三十五万ルルドです。ルルドは全て硬貨で、十、五十、百、五百ルルドは全て銅貨。千ルルドは銀貨。一万ルルドは金貨となります』


 なら、一ルルド一円くらいか?


「……ん? てことは、あのジャージ、二ヶ月分の給料と服とリュックに変わったってことか……? どう考えてももらいすぎだろ……。俺、あとで詐欺で捕まったりしない?」


『ジャージ素材はこの世界にはまだ存在していません。それだけの価値は十二分にあるでしょう』


「そ、そうか? ならいいんだけど……」


 武器に服、リュックに、当面の資金も手に入った。クラフトに使える新品の木材や石材なんかは店に行けば簡単に手に入るだろうし、食料は干し肉と水を買えば、あとは複製して生きていける。


 金は宿に泊まる時だけ使えばいいだろう。


 宿ごと複製するって手もあるけど、さすがに目立つしな……。


 ……ん? 待てよ。


 金自体を複製したり、複製したものをそのまま売ったりすれば、いくらでも稼げるんじゃ……。

…………。


 ……いや、深く考えるのはやめておこう。


 とりあえず今日手に入ったスキルを確認しとくか……。




◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇


[ステータス]

〈名前〉倉野幸太郎

〈職業〉無職

〈称号〉なし


体力:1252

筋力:973

耐久:684

俊敏:342

魔力:99999999999


〈魔法〉:なし

〈スキル〉:《無限複製》・《完全覚醒》・《叡智》・《天啓》・《不老》・《全状態異常耐性》・《剣豪》・《超級鍛冶》・《空間製図》・《精密創造》


〈新スキル詳細〉


  《超級鍛冶》:超級に分類される剣、鎧、盾の鍛冶をすることができる。


  《空間製図》:思い描いた図案を空間に《転写》、《移動》、《固定》、《消去》することができる。


  《精密創造》:用意した設計図を基に、完成形を瞬時に自動生成することができる。

         ただし、材料は別途必要。


◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇



《超級鍛冶》はたしか、武器屋で手に入れた《中級鍛冶》がランクアップしたスキルだっけ。ステータス値が上がって、素材が集まれば武器でも作ってみるか。


 それよりも、この《空間製図》っていうの……これはもしかして……。


 手を前に向け、頭の中で小さな小屋のイメージを浮かべた。


「《空間製図》、転写!」


 すると、目の前の空間に、たった今頭の中で思い描いた小屋が、半透明な輪郭となって出現した。


「おぉ! これはまさにクラフトゲームの定番!」


 さらに、その小屋の横にある小窓には、必要な素材が表示されている。


「この表示は《精密創造》に必要な素材ってことだな!材料さえ揃えば一瞬にして、《空間製図》で作った小屋が建つわけだ! いいね! 楽しくなってきた!」


『幸太郎様』


「え? なに? 今ちょっと忙しいんだけど」


『目立っています。とても』


「……え?」


 周りを見ると、《空間製図》で突如道中に出現した半透明な小屋と、それを前にしている俺を、みんな奇異の眼差しで見つめていた。


「しょ、消去! 消去!」


 そう言うと、さっきまで浮かんでいた半透明な小屋はパッと綺麗に消え去った。


 昔から、クラフトゲームをやってると周りが見えなくなるんだよなぁ。今度からもう少し気をつけよう……。


 そそくさとその場から離れながら、


「じゃあ気を取り直して……。まずは拠点作りからだ。これからなにをしようにも、拠点がなくちゃ話にならない。そのために新品の木材とか石材とか、必要そうなものを片っ端から触っていく。そしてそれが終わったら、次は買い物だ」


 欲しいものがあれば触ればいいだけなんだけど、買い物をすれば簡単に別の物が手に入るからな。



     ◇  ◇  ◇



「はい。これ、おつりだよ」


「ありがとうございます」


 おつりを受け取る瞬間、俺の手と店主の手がわずかに触れ合った。


『全ステータス値を獲得』


 よしよし。これでもう十三人目だ。


 やっぱり買い物をすれば、簡単に他人に触れられて能力を複製することができるな。


 にしても、木材とか石材とか、その他にも拠点作りに使えそうな材料は大抵揃ってきたけど、新しいスキルは全然増えないな……。


《知識強化》とか《記憶保持》は、手に入った途端、《叡智》に統合されて消えちゃったし……。


「あれ? そう言えば魔法が一つも手に入ってないな。なんでだ?」


『《無限複製》で他者から獲得できるのは、ステータス値とスキルのみです。また、一般人が魔法を使える可能性は皆無です』


「そもそも、スキルと魔法の違いってなんなんだ?」


『スキルは技術を磨くことで身につく能力です。魔法は、魔法学という学問を学び、知識を深めることで身につく能力のことを指します。しかし、魔法学を身につけるには、高額な授業料や、卓越した知能などが必要となるため、一般人が習得していることはまずありません』


「そうなのか……。空間移動系のスキルとか魔法とかが欲しいんだけど、そういうのって存在はしてるんだよな?」


『はい。魔法、スキル、アイテムなど、空間移動を可能にするものはいくつも存在します』


「その中で一番取得が簡単なものは?」


『魔導書の解読による転移魔法の習得が、最もポピュラーな取得方法です』


「魔導書?」


『魔導書は、中身を理解することで、その魔導書に書き記された魔法を身につけることが可能となる書物です』


「じゃあとりあえず、その転移魔法の魔導書を探すか。拠点を作ったあとも、役立ちそうな素材やアイテムの回収に遠出をしないといけないだろうしな。転移魔法があれば行き来が楽だ」


『それならば、《天啓》を使用し、最短距離にある魔導書の位置を把握することをおすすめします』


《天啓》……あいかわらず便利な能力だな……。


「《天啓》。最短距離にある転移魔法系の魔導書の位置を示せ」


 ヴォン、と音がして、胸の前に矢印が出現した。


 その矢印は前方のななめ下を指示していて、『450』という数字が刻まれていた。


「『450』? あれ? これってたしか、メートル表記じゃなかったか? 『450』ってことは……四百五十メートル?」


『目的の魔導書は、ここ、エムルの町の中に存在します』


「マジかよ……」



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