触れるだけで強くなる ~最強スキル《無限複製》で始めるクラフト生活~

六升六郎太

第001話 最弱スキルが最強スキルに

 気がつくと、俺は真っ白な空間の中で、一人ぽつんと立っていた。


 どこだ、ここ……?


 ……たしか俺は、仕事を終えて、家に帰り、そこでゲームをしていたはずだけど……。


 えーっと、なんのゲームをしてたんだっけな……。


 うーん……。


 あ、そうだ! クラフトゲームだ!


 ……ようやく全種類のアイテムをコンプリートして、ついに念願だった大要塞が完成するところだったんだよな。


 高校生の頃から始めて十五年……いやぁ、長かったなぁ。


 ……で、それなのに、俺はどうしてこんなわけのわからんところにいるんだ?


 辺りを見渡すと、さっきはなかったはずの机が一つ目の前に置かれていて、そこに一人の女性が席についていた。


 柔らかそうな白い服を着ていて、ゆるふわウェーブの青い髪がやんわりと揺れている。


 うわぁ、すごい美人……。


 女性は俺を見ると、にっこりと微笑んで、


「はじめまして。倉野くらの幸太郎こうたろうさんですね?」


「え? あ、はい……。そうですけど……。ここは?」


「ここは転移の間です」


「転移の間……?」


「はい。あなたはめでたく、異世界転移者として選出されましたので、これから異世界に行っていただきます」


「異世界に……? 俺が……? どうして……?」


「我々女神は定期的に、転移者を選別し、異世界へ送っているのです。そうすることで、異世界の活性化を促すことができるのです。幸太郎さんが選ばれたのはただの偶然です」


「は、はぁ……」


 異世転移か……。


 アニメとかラノベとかで見たことあるけど、本当にあるんだなぁ……。


 でもまぁ、前の世界に未練なんて……。


 …………。


 ……あっ!


「ちょ、ちょっと待った! 俺、まだゲームの途中だったんだけど!」


「……ゲーム?」


「そう! もう十五年間も続けてるクラフトゲームで、今日、ついに大要塞が完成するはずだったんだ! だから、少しの間でいいから元の世界に戻してくれ!」


「申し訳ありませんが、それは出来かねます」


「そんな!? 本当にあとちょっとだったんだって!」


「だったら、ゲームよりも、異世界でクラフト生活を送ってみませんか?」


「……はい?」


「幸太郎さんがこれから送られる世界は、特殊な力を持った鉱石や素材、それにモンスターやスキル、魔法なんかもある、ファンタジーに富んだ世界です。そこでならきっと、幸太郎さんが求める真のクラフト生活が送れるんじゃないでしょうか」


「真のクラフト生活……」


 な、なんだ、その魅力的な響きは……。


 特殊な力を持った鉱石とか素材とか、めちゃくちゃ大好物なんですけど……。


「で、でもですね、モンスターもいるんでしょ? そんな危ないところに俺なんかが行っても、あっという間に殺されてしまうんじゃないですかぁ?」


 アニメとかだと大体ここで、すごいスキルとかがもらえるはず!


「ふふふ。その目はスキルを期待している目ですね。無論、異世界転移者の方には、こちらから特別なスキルを付与させていただきます」


「おぉ! やっぱり! そ、それで、どんなスキルがあるんですか!?」


「バフにデバフ、転移に飛行、攻撃に防御、ありとあらゆるスキルが備えてありますよ」


「おぉ!」


「ただし、付与できるスキルは一つだけです」


「……そ、そうなんですか」


 うーむ……。ということは、身を守るスキルを選んだ方がいいか。できればクラフト系もほしかったけど……。


「それと、スキルはランダムで付与されるので、幸太郎さんが選ぶことはできません」


「……はい?」


「あはは! そんな不安そう顔しなくても大丈夫ですよ! 付与されるスキルは九十九%チートスキルで埋め尽くされてますから!」


「な、なーんだ、そうだったんですかぁ。安心しましたぁ」


「うふふ」


「あはは」


 気を取り直して、


「じゃあ、さっそくスキルが欲しいんですけど、どうすればいいですか?」


「この箱の中に手を入れて、中に入っている紙を一枚引き抜いてください」


 女神様はそう言うと、まるでそこら辺の商店街のくじ引きで使われるような穴の開いた箱を差し出した。


「えっと……。随分安っぽいですね」


「大切なのは中身ですよ、中身」


「なるほど。ではさっそく……」


 手を入れると、中は見た目よりもずっと広くて、何百枚、何千枚の紙切れがあった。


 よぉし……。こい……。こい……。


 クラフト系か、戦闘系……。せめて転移系とかだと楽で助かるなぁ……。


 九十九%チートスキルって言ってたし、あんまり時間をかけてもしかたがないか……。


「よし! これだ!」


 意を決し、一枚の紙切れを取り出し、開いてみる。


 するとそこには、《贋作》という文字だけが記入してあった。


「《贋作》……? これがスキル名ですか?」


 と、女神様の顔を見ると、女神様はぽかんと口を開けたまま、だらだらと額に汗を滲ませていた。


「あの、女神様?」


「ひゃい!?」


「どうかしました? 顔色が悪いですよ?」


「いえいえいえいえ! そそそ、そんなことありませんよ! やだなぁもう、幸太郎さんったら!」


「……? あの、それで、この《贋作》というスキルは何ができるんですか?」


「……えーっと……それは……その……」


 なんだろう……。すごい歯切れが悪いけど……。


 しばらく間を置いて、女神様は今にも消え入りそうな声で言った。


「…………触れた相手のスキルや、触れた物を複製できる能力ですねぇ……」


「おぉ! めちゃくちゃ強いじゃないですか! さすがチートスキル!」


「…………いや、あの、それがその……」


「ん? なんですか?」


「…………相手のスキルをコピーできるのは…………〇・〇〇〇一秒だけなんです」


「……はい?」


「……そ、それと、そんな短い時間で効果を発揮できるスキルを持っている人間は、異世界には存在しません……」


「……存在しない? ……ということは、相手のスキルをコピーすることはできない、と……?」


「…………そう、なりますね」


 どういうことだ? チートスキルってもっと圧倒的な能力を持っているんじゃないのか? これじゃあまるで……。


「と、とりあえず、スキルをコピーできないのはわかりました。でも、触れた物はきちんとコピーできるんですよね? だったらクラフトには最適な能力じゃないですか!」


「………………石ころ……」


「え? すいません、今何か言いましたか?」


「……………………………………石ころしか、コピーできません」


「………………ほぉ」


 なんだ? ますますおかしいぞ?


 チートスキルのくせに石ころしかコピーできない? そんなばかな……。


「……あの、一つ、聞いてもいいですか?」


「……なんでしょうか」


「……このスキルは、九十九%あるチートスキルの中に含まれていますか?」


「………………《贋作》は……残念ながら、残り一%の方……ハズレスキルです」


 へぇ……。ハズレスキルなのかぁ……。


 ……え? マジで?


 宝くじで三百円以上当たったことなかったのに、こんなところで一%の奇跡起こしちゃったの?


 あぁ……。女神様も予想外すぎて今にも泣きそうな顔してる……。


「もしかして、俺……。モンスターとかいる世界に、このハズレスキルだけ持って飛び込まなくちゃいけないんですか?」


「……そうなりますね」


 そうなっちゃうかー……。


 俺は膝をつき、両手で床を思い切り叩いた。


「クラフトゲームがやりたぁい! 家に帰してくれぇ!」


「お、落ち着いてください! きっと向こうで何かいい方法が見つかりますって!」


「……無理だってぇ。俺はきっと、異世界に転移した瞬間モンスターに食べられて死んじゃうだぁ」


 床に横たわって泣いていると、女神さまは机を飛び越えて、俺のもとへ駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫です! 私がここから応援してますから! 幸太郎さん、ファイト!」


「うぅ……」


 すると突然、俺の体全体がぼんやりと光に包まれ始めた。


「あわわわわ! こ、これ、もう行っちゃうんじゃないですか!? 異世界行っちゃうんじゃないですか!?」


「いいですか、幸太郎さん! どこに転移されるかはわかりませんが、とにかく人里を探すんです! そうすればモンスターに襲われる確率はぐっと下がるはずです! 諦めてはいけませんよ!」


「め、女神様……。俺、俺……」


 不安に負けそうになっている俺の手を、女神さまはぐっと掴んだ。


「頑張って生きてください! 幸太郎さん!」


「俺……頑張ります。頑張って、生きます……」


 その瞬間、頭の中で女の人の声がした。


『《贋作》の効果により、《完全覚醒》を獲得。《完全覚醒》の効果により、《贋作》を《無限複製》にランクアップ。《完全覚醒》を消失。《無限複製》の効果により、《完全覚醒》、《叡智》、《天啓》、《不老》、《全状態異常耐性》、及び、全ステータス値を獲得』


 その声を聞いた女神様は、俺の手を握ったまま、驚いたように目を見開いている。


「まさか、私のスキルをコピーした!? でも、どうして? ……はっ! そ、そうか! 《贋作》は〇・〇〇〇一秒だけスキルをコピーできる! そんな短い時間では人間のスキルは発動しない。だけど、私のスキルなら別! まさかこんな裏技が存在するなんて……」


「え? え? ちょっと、今、何が起こって――」


 消えていく視界の中で、女神様の声だけがうっすらと聞こえてきた。


「とにかくファイトですよ、幸太郎さん!」



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