と
「この野郎っ!」
伊織が、慎太郎が仕留めた敵の元へと駆けていく。息の根はすでに止まっているだろうが、どうしてもその
膝枕をする格好になった左近は呆然として、彼の膝の上に頭を乗せる青年を見ているようで見ていない。すると、青年が左近の顔へ手を伸ばした。
「左近。……ねぇ、左近」
「……なに?」
「手、握ってて。毒が塗られてる。段々意識が途切れるやつ。助からないから」
「……苦しい?」
「ん。でも、今、一番……うれし」
「楽に、なりたい?」
「ははっ。……左近が、して、くれるの? お前、僕の……こと、忘れられないね」
「そうかもね」
彼の発する言葉が段々途切れ途切れになっていく。
目の前に現れないで欲しいとは思った。もう何度も。彼と左近はすでに道を違えた身。決して
こんな時になって、左近は改めて過去を思い出していた。夢の中では恨めし気にしていた青年だったが、一緒にいる間はいつも楽しそうにしていた。そして、口にこそしないものの、左近自身も。あの生活から抜け出すことを選んだのも、彼のことを
「ねぇ、左近」
「なに?」
「来世では……もっと、ずっと一緒に」
「どうだろうね。来世なんてものがあるか分からないけど。もし、あるとしたら、そうなれたらいいね」
「……いじわる」
青年はふっと笑った。左近もそれに微笑み返す。
左近の性格はもちろん青年も知っている。現実主義の左近が来世を信じることはない。その上で語られるたらればは、左近にとってありえないことと同義である。
「……ねぇ、さこん」
「なに?」
「な……まえ、よ……で」
――右近。
「……あ、りが……と」
青年にだけ聞こえるよう耳元で囁いた名は、消えゆく青年の意識の中でもちゃんと聞こえたらしい。
最後に一言。仄かに口元をつり上げ、礼を言った青年の目が再び開くことはもう二度となくなった。矢に使われた毒は、数多あるものの中でも安らかに逝けるものだったらしい。その死に顔は、まるで寝ているかのよう。
左近はもう一人の自分の頬を優しく撫でてやった。こうしているのも遠い過去、子供の時以来だ。懐かしい気がするはずである。
しばらくそうしていると、戻ってきた伊織が隣に来て、片膝をついた。
「左近」
「……不思議だね。道を違えてもう十年以上経ってるから、彼に対する情もないと思ってたのに」
「……」
「親が死んだと聞いても何とも思わなかったのに、なんだろ。……不思議だね」
そうは言うが、左近は今、自分の心の内の大半を占める感情の理由が分かっていた。
青年だけでなく、左近にとっても唯一であったのだ。互いを求める執着度に大きな差があっただけで。
「……これは俺の勝手な想像だが」
左近は顔をあげ、伊織の方を見た。
伊織はというと、青年の顔を見下ろしている。
雛を
その目は、青年と会ってすぐと比べ、随分と温かみを含んでいた。
「そいつが言ってた悲願ってやつ。それが何なのかは知らないが、俺はそれが本当の悲願だったとは思えない」
「……え?」
「そいつの本当の悲願は、それをお前と一緒に果たすことだったんじゃないか?
そう言われると、そうだったのかもしれないと思えるのが伊織の
そして、青年も愚かではなかった。あんなに望んでいた悲願の達成を、下手な者と組んで果たそうとは思わないはず。つまり、彼には彼が納得できるだけの有力な誰かが主人として背後についていたということだろう。もしそうだとして、相手は一国の主だろうが、上手いこと水面下で動いていると言える。
よくよく考えてみれば、南蛮商人と忍び一族の当主が個人間で密約を交わせるはずもない。が、そこに誰かが介入し、その繋ぎとして青年達が動いていたのならば、納得できる筋は幾つもある。
そうして、悲願を果たすべく準備を進めていたのならば、それを終わらせるのもまた、もう一人の自分の役目である。左近はそう考えた。
深呼吸をして息を整えた左近は、先程までの虚ろな表情を引き締まったソレへと改めた。
「伊織。僕に策がある」
「……あぁ。なんだ?」
普段、与一と一緒になってにやけながら提案してくる策はとんでもないものが多いが、こういう表情の時の左近の策は一考に値する。
悲願を打ち立てた青年の真上で、それをぶち壊す左近の策が伊織に告げられた。最初は難色を示すような内容であった。
しかし、結果として、左近の粘り勝ち。その策は大幅な軌道修正が加えられたが、実行に移すことを伊織が許可した。
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