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梅雨に入ったとはいえ、梅雨の中休みという晴れ間が続く日もある。
観天望気に優れる都の陰陽師・土御門家に弟子入りした八咫烏が、ここ二日は晴れるだろうと、長雨で思った以上に仕事が
前々から里で一度農作業の経験をと、とある人物に請われていた左近が翁に使いを送り、子供達を里まで連れて行く許可を取った。
そして、その当日。予報の通り、からりとした青空が久々に顔を出している。
門前に集合したのは以之梅の子供達、宮彦に加え、今回は以之年の子供達全員。宮彦も入れて、しめて十九人。彼らだけでもなかなかの大所帯である。
「じゃあ、今日は里に下りて農作業の手伝いをするからね。あと、今日は以之年の合同だから。皆、仲良く協力するように」
「「はーい」」
子供達は普段それぞれ別の師についており、左近の見た所あまり交流がないが、お互いを知るためにも良い機会になるだろう。
門を出て、久々の自由な散歩を楽しむ狼達を連れた隼人を先頭に、子供達が続き、左近は
しばらくそのまま下り続け、途中にある沢で水飲み休憩を取るためにそちらへ寄ると、以之松と以之竹の子供達が以之梅の五人を囲み始めた。子供達だけで何やら内緒話をしたいらしく、その声は酷く小さい。
しかし、いくらここが水場だとはいえ、聞こえるものは聞こえるのだ。
「ねぇ、さこんせんせいってどんなせんせい?」
少し離れた岩場で竹筒に口をつけている左近にちらりと目をやりながら、以之竹の子が興味津々といった様子で三郎達に尋ねた。
その質問に、三郎達は自分達だけお互いに目を合わせる。そして、にんまりと笑った。
「……あのねぇ」
「わなづくりがとぉーってもじょうずでー」
「かっこよくてー」
「やさしくてー」
「このまえ、かぜがつよかったひがあったでしょ? あのひね、おへやにとめてくれたんだぁ」
「でも、たまーにおこると、ちょっとこわい」
「そうそう」
「「でも、すき」」
左近のことを自慢げに言い募り、満面の笑みを浮かべる以之梅の子供達を、他の松や竹の子供達が羨ましそうにしている。向けられるその視線に、以之梅の子供達はさらに良い気分に浸っているのが見て取れた。
一方、正蔵も以之松を教えることがあるからと、この道行きに同行していた。その彼にしては珍しく悪戯っぽい表情を浮かべ、左近の方へ顔を向ける。
「あの子達、えらく懐いたね」
「まぁ、人徳かな」
「なぁ。なんかあの人言ってるぞ」
「空耳だろ」
「厳太夫ー? 勘助ー? もっと大きい声で言ってくれてもいいんだよ?」
万一の時の護衛として、少し離れた木の上で皆のことを見下ろしつつ休憩していた二人に、左近がそちらを見ずに声をかける。
すると、二人は左近が見ていないことは分かっているにも関わらず、ぶんぶんと首を左右に振ってみせた。
「い、いーえー! 大したことではないのでっ!」
「そうそう! 先輩にお聞かせするほどでは全くありません! えぇ、全く!」
「そう。なら、引き続き子供達が罠にかからないように見張り、よろしくね」
「もちろんです!」
「喜んで!」
二人の顔は以之梅に負けず劣らず顔いっぱいの笑顔だが、こちらは大層破れかぶれのものである。
そして、左近の関心がこちらから逸れたと同時に左近が視界に入らない位置に移動した。もちろん子供達の姿は視界に入っているので問題ない。
そこでようやく二人は一息つくことができた。
「右京に同情するとかなんとか言ってる場合じゃなかったわ。明日は我が身って言葉、間違いないな。昔の奴ってほんとに賢い」
「あぁ。……とりあえず、逃げた奴らの夕餉から一品ずつ頂戴しよう。この恨み、晴らさでおくべきか」
「否、晴らすべし!」
よせばいいのに、この盛り上がりよう。
もちろん、子供達同様、会話は下に筒抜けである。
「ねぇねぇ。上がなんか楽しそうなこと言ってるね」
「左近、やめといたれ。昨日任務から帰ってきてすぐにお前に捕まって、今日は非番だったのに連れ出され。……俺でも同情するわ」
「えぇーっ。使える後輩の有効活用してるだけなのになぁ」
今すぐにでも、彼らが腰を下ろしている枝の真向かいの木に登っていきそうな勢いの左近を、狼達に水を飲ませ終えて戻ってきた隼人が止めに入る。
左近は不満げにそう
その目は獲物を見定める肉食獣のそれとあまり変わりなかったと、隼人は後に彼ら二人に語って聞かせた。左近の言う使える後輩二人が、隼人に土下座せんばかりの勢いで感謝したのは言うまでもない。
点呼をとった後、沢を出発し、しばらくまた石段を歩くと、ようやく里の入り口が見えてきた。
「やっとついたー!」
入り口では、子供達を出迎えるために里の住人であるお婆が待っていてくれた。
このお婆。元はお菊のように学び舎や館で料理や洗濯などの雑用をしていたが、寄る年波には勝てぬとお菊にその仕事の一切を任せ、足腰が丈夫なうちに里に下り、里人と簡単な農作業に励んでいる。
家族というものとは既に縁遠くなっている左近達にとって、お袋の味といえば彼女が作る料理のことだ。
そんなお婆は子供達の姿を見ると、孫を見るような目になって嬉しそうに笑い、傍らに置いてあった大量の竹皮の包みに手を伸ばした。
「よぉ来たねー。皆に握り飯用意しておいたから、これ食べてから色々と手伝ってもらおうかね」
「やったぁ! にぎりめし!」
「おなかすいたぁー」
そのままなだれ込むように原っぱになっている所に向かい、皆でお婆が作ってくれた握り飯に舌鼓を打つ。
久しぶりに食べたお婆の握り飯は塩加減が絶妙で、食の細い左近もあっという間にぺろりと平らげてしまうほどだ。
そして、休憩も兼ねて全員が食べ終わるのを待ち、最後の一人が食べ終わると、左近は全員の前に立った。
今回同行している師の中で、左近より上の代の師は当然他にいるのだが、左近が後輩をこき使うの同様、彼もまた上の代にこき使われているというわけだ。世の中というものは、当事者が自覚するよりも思いの
「さて、それじゃあ、二つに班を分けようか。以之松と以之竹の半分は野菜の収穫で、以之竹の残り半分と以之梅が田のあぜ道の雑草刈りね」
「えー! せんせい、おれたちもしゅうかくしたいですっ!」
「「ですっ!」」
「こらこら。わがままを言ったら駄目だよ」
「だってー」
与一の代理としてついて来た瀧右衛門の年長者らしい発言に、子供達はそれでも不満を漏らす。
ちなみに、瀧右衛門が背負っている大きめの籠は与一から預けられたものである。煎じ薬の調合で行けないからと、代わりに薬の原料となるものを収穫の手伝いがてら分けてもらってくるよう頼まれたのだ。
どうやら与一は自分の後継として彼に目をつけ、目や鼻、味覚といった薬を調合するのに必要な素養を着々と鍛え上げるつもりのようである。
一方、左近とて以之梅や彼らと同じ班になった以之竹から不満が出てくるのは当然分かっていたので、静かにと子供達に呼びかけた。
「そう心配しなくとも、半刻ずつ交代にするよ。収穫しなければいけない種類もたくさんあるし、場所も多いから」
「それなら……な!」
「うん!」
子供達の機嫌も直ったところで、左近は他の師達へと視線を移した。
離れた所で自分達だけ悠々と休憩を続行させている先輩達をじとりと恨みがましく見ていると、子供達が早く行こうと手を引いてくる。
「先輩方、以之梅と以之竹の半分は連れて行きますので。そちらをお願いします」
「あぁ。分かった」
「鐘が鳴ったら交代な」
「はい」
そう言うと、以之松や以之竹の師である彼らは担当の子供達を集め、畑の方へ向かっていった。
「じゃあ、みんなも行こうか。以之竹の皆もおいで」
「「はぁーい」」
左近が声をかけると、一緒に行くことになった以之竹の三人組が左近の周りにぺたりと張り付いた。
すると、途端に再び面白くなさそうな顔をし始めたのが以之梅の子供達だ。以之竹の子供達と楽しげに話ながら歩き出す左近を凝視している。
「「……」」
「どうした? そんな不満げに」
「はやとせんせい。だって……」
「……あぁー。まぁ、ほら、あいつらは普段滅多に俺達と関わらないから。左近の罠作りの腕は良くも悪くも目立つしなぁ」
「でも!」
「ぼくたちのせんせいなのに」
とられたと、三郎が頬を膨らませる。それに呼応して、他の子供達もそれぞれ苛立ちを見せ始めた。
それを
子狼達が自分にじゃれてくるのを、少し離れた所からじっと眺めてくる成長した
隼人はつい、話す術を持たない彼らを今の以之梅の子供達に重ねてしまい、そう思った。言葉が話せるからこそ聞かされた子供達の嫉妬心に、もう少しあいつらも気にかけてやらないとなぁと、考えさせられる。
ひとまず、これが終わったら山へ放した彼らを呼び出して撫でまわしてやろうと、隼人は密かに心に誓った。
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