のりにのった左近と与一をようする地形確認班と健康確認班が一昼夜で終わるはずもなく。今日で四日目を迎えていた。


 ちなみに在庫確認班は夕暮れ時に子供達を長屋へ返した後、源太と正蔵が徹夜で終わらせた。夜間に火を灯して確認することができない煙硝蔵の火薬の在庫のみ、翌日の朝早く、子供達が起きてくる前に済ませるという徹底ぶり。もちろん、子供達がいるのといないのとでは作業の進みが段違いだからに他ならない。

 手伝いはもう終わったからいらないと言われた時の子供達の顔は、軽く顔芸ものであった。



 今日も山中に繰り出していた左近と隼人はしばし二手に分かれ、左近は見つけていた壊れた罠の修理に勤しんでいる。

 道中見繕ったつたを壊れた箇所に巻き付け、蔦を引きつつ、罠の大元を足の裏で押さえつける。引っ張られることで張った蔦の弾力を軽く弾いて確認し、左近は満足そうに笑った。


 次に目星をつけている罠の修繕に行こうと踵を返すと、茂みをかきわけて八咫烏の後輩が数人顔を出した。どの顔触れも、ここ最近代わりに以之梅に稽古をつけてくれるよう頼んでいた者達のものである。



「なんだ、君達か」

「ちょっと、先輩! 俺らにばかり任せっきりにしないでくださいよ!」

「あれ? やれないの?」



 左近が軽く首を傾げてみせる。

 すると、安い挑発にのせられた後輩の一人が前に出た。



「や、やれるやれないじゃなく、あんたの仕事でしょうが!」

「あんた? 今、あんたって言った?」

「あ、いやっ! それは言葉の綾でっ!」

「とにかくっ! 哨戒とか確認作業なら我々が代わりにやりますんで、戻ってください!」

「えー」

「えー、やないです! 戻りますよ! もう! 年いくつですか!」

「じゃあ、僕に勝てたらいいよ」

「勝、てたらて。そんなん……もう! もっと人呼びますからね!」

「別にいいよ」



 あくまでも余裕さを崩さない左近にれたのか、後輩の一人が茂みの向こうから彼らよりもうんと小さな姿を引っ張り出してきた。しめて五人分。もちろん、以之梅の子供達である。



「秘技! 教え子の眼差し!」

「どうですか!?」

「せんせー?」



 黙ってついてくるよう言われていたと思しき子供達は、どうして左近がここにいるのかと不思議そうに見上げてきた。

 鬼の首をとったと言わんばかりに得意げな顔をさらす後輩達に、左近は笑みを浮かべてふらりと近づき、再度小首を傾げる。


 ――そして。



「……ははっ。覚悟はできた?」

「えっ!? ちょっ、待っ」



 手甲から抜き取った棒手裏剣を一番手近にいた後輩の足元めがけ、二、三本打ち込んだ。ドッと土に刺さる鈍い音がして、後輩達の額からは何やら冷や汗らしきものが垂れる。



「罠や絡繰仕掛けが確かに僕の得手だけど、それだけではないよ」

「……っ!」



 本来、忍びとは最低限の荷物しか持ち歩かない。走る時はもちろん、敵地に忍び込むにしても重くなり、役に立つどころかかえって邪魔になるからだ。左近が先程打ち込んだ棒手裏剣とて例外ではない。

 しかし、後輩達にとっては厄介やっかいなことに、ここは山中。辺りを見渡せば石や枝、投擲とうてきに使えそうなものは十分そろっている。


 左近は確かに他の追随を許さぬほど仕掛け罠を発案し、仕掛けるのを得手としているが、それは仕掛ける時間があってこそ。なければ使えぬソレを、第一の得意とするわけにはいかない。

 故に、左近が磨いた技術が先程のような投擲とうてき術。これだと、単体でも戦える他、周囲に仕掛け罠を準備さえできれば、罠を発動させるための糸を切ったり、火車剣であれば爆発を利用した罠にも使える。


 そんな左近を八咫烏の後輩達は身をもって知っているからこそ。この投擲に使う材料がありあまるほどある山中での一対一はきついものがあると、即座に判断できた。



「加勢する!」

「子供達をっ」

「さぁ、こっちへ退がれ!」



 集まってきた八咫達に、子供達は何が何だか分からない様子で言われるがままに従っている。


 だが、集まったのは何も後輩達ばかりではない。



「なんだなんだ!? 楽しそうなことやってるじゃないかっ! 俺も混ぜろ!」

「げっ! 彦四郎先輩っ!?」

「なぜここに!?」



 左近に目をつけられた後輩とは別に、また一人、降ってわいた彦四郎に背後をとられた。ぎょっと目を見開いて距離をとろうとするが、そうは問屋がおろさない。

 逆に距離をつめられ、あまつさえ泥で汚れている苦無くないまで取り出してこられる始末。完全にやる気だ。



「ほらほらほらぁっ! わきがお留守ですよぉっと!」



 彦四郎の体術との連携でくる連続した苦無の攻撃に、巻き込まれた後輩はかわすのが精一杯。攻守交替なんて、とてもじゃないができそうにない。第一、一瞬たりとて止まらない彦四郎についていくだけでも必死である。

 周りも助けに入れる余力がない。むしろ、誰かが間に入ろうものなら、かえって今、懸命に頑張っている同胞の邪魔となることが目に見えている。


 その戦いは四半刻ほどで後輩達の降参の合図とともに終了した。しかし、仕合っていた本人達からしてみれば、それの三倍も四倍も長く感じた。げに恐ろしきは体力馬鹿……もとい、体力が有り余っている先輩であると、よくよく痛感できた。



「あー楽しかった! で? なんでこんなとこで鍛錬してたんだ?」

「ちょっとね」



 あれだけ動いたというのに、息一つ乱さず話す彦四郎。そして、今さらな質問を苦笑で受ける左近。左近にいたっては彦四郎に行けない分、後輩達がほぼ集中攻撃をかけてきたというのに、疲れた素振りを全く見せない。

 そんな二人の相手をしていた後輩達が膝を押さえて荒い息を整えながら、恐ろしいものを見る目であおぎ見る。これで地面に座りこまないのは、子供達が見ている前でこれ以上情けない所を見せたくないという彼らの意地だ。



「先輩達、ほんと容赦ねぇー」

「何言ってんだ? 鍛錬だから加減はしたに決まってるだろ?」

「あれで、ですか?」



 下手すればあばらの一本くらいは持っていかれそうだったが、あれで加減の上だったのか。つくづく彼らの逆鱗げきりんに触れる敵があわれでならない。


 後輩達がからからと笑う彦四郎の言葉にぞっとしていると、微かに鈴の音が聞こえてきた。


 左近と彦四郎が身にまとう雰囲気が、がらりと変わる。



「……何かがかかったね」

「敵か?」



 鍛錬が終わったのを見計らって自分の方に駆け寄ってきていた子供達の肩を、左近は後輩達の方へ軽く押しやる。



「せんせい?」

「君達。負けたんだから、この子達を連れて学び舎の中へ戻って」

「いや、俺達が……って」

「先輩!」



 制止の声も聞かず、左近と彦四郎は音のした方へ駆け下りていった。


 残されたのは後輩達と、彼らと二人が消えた方を交互に心配そうに見る雛の五人。取りこぼすことはないとは思うが、万が一ということもある。雛達に何かあってはならないと、ひとまず学び舎へ言われたとおりに戻ることにした。

 けれど、本音を言えば、八咫の後輩は全員戻る必要はない。なぜ数名でも連れていかないのかと、皆、口惜くちおしい想いで一杯であった。




 音の仕掛けがある罠の近くに二人が着くと、狼を連れた隼人が辺りをうかがっていた。



「隼人も来てたんだ」

「あぁ。……逃げ足の速い奴」

ふもと側の罠だからね。軽くかすった程度で引き返したのかも」



 この仕掛けは二段構えになっていて、先程のように鈴の音が鳴るものともう一つ実用的なものの組み合わせである。おそらく、侵入者は手前の鈴の方のみにかかり、追っ手がかかる前に引き返したのだろう。



「なぁなぁ。ちなみにそっちはなんの罠だ?」

「これ? この竹、小さい針が仕掛けてあって、しびれ薬が塗ってあるの。この糸に足をかけると、よっ、と」



 すね払いの一種である罠の仕組みを簡単に説明し、実際にやってみせる。

 左近は上手くとんでかわしたが、罠にかかれば飛び出してきた竹に仕込まれた針で怪我をし、そこから塗られた痺れ薬が身体に回るという仕組みだ。



「おー!」



 彦四郎が良いものを見つけたと目を輝かせる。その一方で、隼人は彼の中では至極当然に不安になることを尋ねてみることにした。



「八咫烏達には目印があるからいいとして、頼むから俺の狼達が引っかからないような罠だけにしてくれよ?」

「大丈夫。狼達には特殊な匂いをつけて、その匂いがするものには触れないようしつけてるでしょ? それと同じ匂いをこの糸につけてるから」

「ならいいんだけどよ」



 まだ左近達が雛であった時、その関係で一度喧嘩してからは、さすがの左近も堪えたのかのか、きちんと狼対策はするようにしていた。

 人間に分からぬ匂いなら別段問題はない。仮に匂いで精度がおとるような罠ならば、その罠はまだまだ未完成。改善の余地あり、だ。


 左近と隼人がそんな話をしている間、しゃがみ込んで糸をいじっていた彦四郎がいきなり立ち上がり。



「……ほっ!」



 藪の中に隠してある足払いの罠。それが発動するための糸に、わざと足をかけた。すると、当然飛び出してくる竹を、先程の左近と同様、ひょいっと飛び越えて避ける。



「これ、反射神経の鍛錬になるな!」

「彦四郎。遊ばないでよ」

「何回も出し入れしてるの、万一見られてたら罠にならなくなるだろう?」



 隼人が呆れた奴だと言えば、彦四郎はしばし空を見つめ。



「分かった! たまーにやることにする!」

「たまーに、か」



 にかりと笑う彦四郎に、隼人も空を仰いだ。


 ほぼ毎日のように自主的に山中を哨戒している彼の言う“たまに”は、自分達の中では結構な頻度と変わりない。最低一日一回。下手すると午前に一回、午後に一回と、それを飽きるまで繰り返すやもしれぬ。


 この場にいない吾妻を、心底呼び出したい衝動に一人かられる隼人であった。


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