その頃の元主神④

「どういう事だ。神器『ヴァルハラ』の力を使えば迷宮の階層をぶち抜く事位、容易い筈……それなのに何故……何故、一階層すら……」


 ワシは大穴を覗き込みながら茫然とした表情を浮かべる。


 どういう事だ?

 一体、迷宮に何が起こっている??

 このワシの力を以ってして、一階層も貫通させる事ができないなぞ、あり得ぬ。

 しかし、どうする……。

 ヴォーアル迷宮は八十階層からなる迷宮。

 そんな迷宮を、一階層づつ攻略するなんて非効率的な事をワシにしろというのかっ!


「どうする……ワシはどうしたらいい……」


 まさかこんな事になるとは、考えもしなかった。

 完全に想定外の事態だ。


 しかし、一対の渡鴉『フギンとムニン』を回収しない事には、『グングニル』と『王座』を取り戻す事も、戦争に打ち勝つ事も何もできない。


「ぐ、ぐぐぐっ……おのれ! まさか、マリエハムン迷宮に続き、ヴォーアル迷宮を攻略した奴がいるのではないだろうなっ!?」


 そうだとすれば、話はまだわかる。

 この迷宮を攻略した者は、ワシと同じく階層を貫通させる事でヴォーアル迷宮を攻略したのだろう。

 そして、恐らく、自分と同じような攻略方法を禁じる為、階層ごとの地面を強化したのだ。

 おのれ……なんという事を……。

 これでは、フギンとムニンを回収する事が……って、うん?


 この迷宮が攻略されていると仮定した場合、ワシのフギンとムニンはどうなる?

 フギンとムニンは、八十階層のボス部屋に送り込んだ筈……この迷宮が攻略されていると仮定した場合、フギンとムニンは……?


 ま、まさか、フギンとムニンは既に倒されて……。


「お、おおおおおおおおうぅのぉぉぉぉ――――!」


 どういう事だ。

 何故、そんな事になっている。

 おかしい。おかしいだろうがっ!

 ワシのフギンとムニンだぞっ!

 それを……それを誰がっ!? 誰がっ!!

 このっ! 絶対に……絶対に許さんからなっ! 絶対にぶち殺してやる!


 ワシは頭をかき毟りながら絶叫する。

 そして、もしかしたらもう会えないのかも知れないという事に思い至ると涙を流した。


 ああ、フギンとムニン……お前達だけがワシの希望だったのに……希望が……ただ一つの希望が……ワシのフギンとムニンがぁぁぁぁ!


 一頻り泣いたワシは、涙を拭うと、大きく首を振る。


 いや、まだそうだと決まった訳ではない。

 よく考えて見れば七十階層には『死の天使』を配置した。

『死の天使』はその名の通り、死を司る天使。死の天使の持つ大鎌『デスサイズ』に刈られた者は、魂の死を迎える事になるといわれている。

 そんな死の天使をそこらの冒険者に倒せる訳がない。


 それに六十階層以降には、決して人間には攻略不可能な毒の階層もある。

 あの階層で一呼吸でもすれば、その場でヴァルハラへと旅立つ事になる。


 そう考えるとなんだか希望が湧いてきた。

 先程、一階層も貫く事ができなかったのは、神器『ヴァルハラ』の出力が足りていなかったからだ。

 それなら、納得ができる。


 恐らく、信仰心が思ったより貯まっていなかったのだろう。

 だからこそ、あの程度の貫通力しかなかった。

 納得の理由だ。そうと見て間違いないだろう。

 いや、間違いない筈だ。


 思い返してみると、今は信仰心を集める為の前準備をしている最中。オーランド王国の民の信仰心と、ゴブリン共の信仰心だけでは出力が不足して当然。


 とはいえ、これ以上、信仰心をバカスカ使う訳にもいかない。

 信仰心が不足しているというのであれば、尚更だ


「仕方がない。もの凄く気は乗らぬし手間はかかるが、一階一階攻略する事にするか……」


 いくら『グングニル』を無くしたワシであっても神器『ヴァルハラ』の力を少し使えば問題はない。

 信仰心には限りがある。省エネでヴォーアル迷宮の攻略をする事にしよう。


 そういうと、ワシは決意新たにヴォーアル迷宮の攻略を始めた。

 しかし、その試みも七十階層まで行った所でとん挫する事となる。


 なんと、七十階層のボスモンスターが『死の天使』から『土地神』という神に代わっていたのだ。


「あら、屋敷神に呼ばれて待っていれば……」

「お、お主、もしや土地神か? 何故、土地神がこのような所に……」

「そういうあなたは元主神オーディン様ではありませんか。ご無沙汰しております。ロキ様を初め、皆様があなたの行方を追っておいでですよ。まさか、ロキ様の目を盗んでヴォーアル迷宮を攻略しているとは思いもしませんでした」


「そんな話はどうでも良い。それより七十階層のボスモンスター『死の天使』はどうした?」

「死の天使ですか? そういえば、ロキ様の娘ヘル様がヘルヘイムにお持ち帰りしたと聞いたような気が……」

「な、なにぃ! ロキだとっ!? そ、それでは、それでは八十階層にいた『フギンとムニン』はどうしたっ!」


 ワシがそう土地神に尋ねると、土地神は微笑を浮かべる。


「ああ……『フギンとムニン』は、我が主が、大変可愛がっておいでですよ?」

「な、なんだと……」


 折角、貴重な信仰心を削って七十階層に来たというのに、フギンとムニンは既に敵の手の内に……よりにもよってロキの手の内に堕ちているだとぉぉぉぉ!

 その言葉を聞いたワシは絶望感に襲われた。

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