グランドマスターとの話し合い⑥

「ぼ、冒険者ギルドの経営に参画……しかし、それは……いや、それしか方法が……」


 屋敷神の提案にグランドマスターも戸惑っているようだ。

 当たり前の事だ。何せ、冒険者ギルドへの経営参画と、権利迄要求しているのだから……。


 しかし、短期的に見ればその見返りは大きい。

 長期的に見れば屋敷神に乗っ取られてしまう可能性が高いけど……。


「何を迷う事があるのですか? よく考えて見て下さい。、商人連合国アキンドの評議員の半数を占めるユートピア商会が冒険者ギルドの経営に参画すれば、資金面の問題は一切なくなります。他にも、今冒険者ギルドが抱える全ての問題が片付くのですよ?」


「た、確かに……し、しかし、それでは……」


「何も問題はありません。ユートピア商会が冒険者ギルドの経営に参画することにより、冒険者ギルドは更なる躍進を遂げる事になるでしょう。短期的に見ても、長期的に見ても、冒険者ギルドには利益しかありません。白金貨二千百万枚の支払も一時保留と致しましょう。如何です?」


 凄い……。

 なんていうか……まるで破綻寸前の会社を買収しようとするハゲタカファンドのようだ。

 考え込むグランドマスターの姿を見たモルトバが慌てて騒ぎ出す。


「グ、グランドマスター! だ、騙されてはなりません。絶対に……絶対に後悔します! 経営に参画させろなんてどう考えてもおかしいじゃありませんか!」


 モルトバも必死である。

 何故かは分からないが、余程、屋敷神に経営に参画されたくないのだろう。


「う、うむ……しかし、これは冒険者ギルドにとっていい話ではないか?」


「いや、駄目ですって! コイツらは血も涙もない鬼畜外道ですよ! コイツらの話に乗ったが最後、冒険者ギルドはなくなってしまいます! そうしたら私はどうなるのですか……借金奴隷としてギルドで買い取ってくれる話は!? コ、ココココ、コイツらが経営に参画なんてしてきたら、私は……私はぁ……」


 モルトバが嗚咽を漏らしながら話している。

 というより、鬼畜外道は言い過ぎだろう。

 モルトバと一緒にされたくはない。というか、冒険者ギルドは借金奴隷としてモルトバの事を買い取る気だったのか……。


「おやおや、鬼畜外道とは随分な言い様ですね? 白金貨を回収する為に、罪のない冒険者達を安価で借金奴隷として奴隷商人に売り払ったあなたと一緒にされたくないですね……というより、それ程の事を仕出かしていておいて、借金奴隷ですか。随分と甘い判断ですね……そうは思いませんかグラン様?」


 と思ったら屋敷神が俺の代わりに代弁してくれた。

 屋敷神が問いかけると、グランドマスターが考え込む。


「甘い判断か……耳が痛いな」

「グ、グランドマスターっ!?」


 モルトバの悲痛な叫びが部屋中に響き渡る。


「普通に考えて、その判断はあり得ません。子飼いの冒険者とはいえ、ギルドマスター個人の判断で、ギルドが守るべき冒険者を借金奴隷に堕とすなんてあってはならない事です」

「……確かにその通りです。実は事実を確認した後、モルトバの事は犯罪奴隷に堕とすつもりでした……」


 グランドマスターの言葉に、モルトバが目を剥きながら叫び声を上げる。


「グ、グランドマスターァァァァ! どういう事ですかっ! は、犯罪奴隷って……犯罪奴隷ってどういう事ですかぁぁぁぁ!? は、話が違う。私は……私は借金奴隷にしてくれると言うからっ! 借金奴隷として冒険者ギルドで買い取ってくれると言うからっ!!」


 うわっ……。

 唾が飛んできた。

 お願いだから、唾を飛ばしながら話すのは止めてほしい。


「ち、ちょっと、落ち着いて下さい……って、あーあっ、もう唾が飛んだじゃないですか……」


 俺がモルトバの飛ばしてきた汚い唾をハンカチで拭いていると、モルトバがさらに唾を飛ばしてくる。


「お、おおおおっ、お前ぇぇぇぇ! そんな事を言っている場合じゃねーんだよっ! この私の人生が掛かっているんだっ! ちょっと、黙っていろぉぉぉぉ! グランドマスター! ちょっとこれ、どういう事ですかっ!」


 もう唾を飛ばし散らかすのは、やめてほしい。


「どういう事も何も、事実を確認した後に犯罪奴隷に堕とすつもりだった。グランドマスターであるワシに報告もなく、ユートピア商会から白金貨百万枚を徴収し、それを子飼いの冒険者に配った揚句、その冒険者を借金奴隷に堕としたのだ。当たり前の事だろう?」

「で、ですが、それは冒険者ギルドの事を思っての事でっ!?」

「冒険者を借金奴隷に堕とす事がか? それが冒険者ギルドの為になると、本気で思っているのか? モルトバ……。お前は二百名を超える冒険者達の未来を潰したのだぞ? しかも、この二週間、冒険者を売り払った奴隷商人と連絡を取る事すらできない状況ではないか!」

「で、ですが、それはっ! そ、そんな事を言われたって……わ、私は騙されたのですっ! 仕方がないでしょうっ!」

「仕方がないで済めば、犯罪奴隷なぞに落そうとも思うまいよ……モルトバ。お前には、この件の責任を取って貰う。これからの人生、犯罪奴隷として生き悔いを償うんだな……」

「グ、グランドマスター!?」


 モルトバはそう叫び声を上げると、嗚咽を漏らしながら床に這いつくばった。

 涙を流しながら床に敷かれた絨毯を握り締め、涙と涎と鼻水を流しているが、どうにかしてそれ止めてほしい。

 ここは多くの客を持て成す客室だ。


 俺は、涙と涎と鼻水で絨毯を汚すモルトバの姿を見ながら、こういう事は、冒険者ギルドで一通り済ませてきて欲しかったと思うのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る