ゲーベル迷宮①
トースハウン領でスラム街の住民達をユートピア商会の従業員として雇用した翌日、俺達は商業ギルドにいた。
「さあ、皆さん。受け取って下さい」
俺は商業ギルドの上位組織、商人連合国アキンド評議員としての立場をフルに利用し、ユートピア商会トースハウン支部の従業員達にギルドカードを配っていく。
「ほ、本当によろしいのですか? 評議員である悠斗様の推薦とはいえ、彼等はスラム街の住民ですよ!?」
側から見れば、評議員としての立場を利用し、スラム街の住民達にギルドカードを配るのは信じられない様な行動なのだろう。
俺の事をなんとか説得しようとしているのか、商業ギルドの職員が俺の隣でそんな事を言い続けている。
「はい。勿論です。彼等に与えたのはFランクのギルドカードですし問題ないでしょう? 彼等に関して何かあった時の責任は全て俺が持ちます」
それに商業ギルドのギルドカードがない事には、迷宮に入る事ができない。
冒険者ギルドでギルドカードを作る事もできるが、それでは本末転倒だし、冒険者ギルドでは十五才未満の未成年の登録は禁止されている。
必然的に、商業ギルドでギルドカードの発行をして貰う以外、選択肢がないのだ。
「で、ですが、スラム街の住民全員のギルドカードを作るだなんて……失礼を承知で言わせて頂きますが横暴です。商業ギルドは悠斗様の玩具ではないのですよ!?」
当然、そんな事は分かっている。
商業ギルドの職員からしてみれば、偶々、評議員に当選したボンボンが面白半分でスラム街の住民全員を商業ギルドに登録させた様に見えているのだろう。
「まあまあ、落ち着いて下さい。そんな事は言われなくてもわかっています。でも、こうでもしないと、素直にギルドカードを作って貰えそうになかったので、仕方がないじゃないですか」
「た、確かに、そうかもしれませんが……」
事実、ギルドカードを作る際、一悶着あった。
スラム街出身と分かるや否や、受付が席を立ち、上司の元へ登録の可否について相談しにいったのだ。
そして、その上司からの指示を受け、受付はギルドカードの発行を拒否しようとした。
だからこそ、それに俺が割って入ったのだ。
それに発行したギルドカードはFランク。
一番下のランクだし、問題ない筈だ。
まあ、俺が話に割って入った事で、上司の面子を潰してしまったかもしれないが、俺からしたらどうでもいい話である。商業ギルドに入る事のできる要件は満たしているのに、ギルドカードの発行をして貰えない方が問題だ。
「この件は、商人連合国アキンドの評議員である俺が責任を持ちます。それでいいでしょう?」
「は、はい。悠斗様がそう仰るのであれば……」
「そう。それじゃあ、これで話はおしまい。さあ皆、これから『ゲーベル迷宮』に行くよ。準備はいい?」
「「「はい!」」」
俺は受付との話を強引に切り上げると、従業員達に対して、これから『ゲーベル迷宮』に向かう事を伝えた。これでも俺は忙しい。一ヶ月の期間で三つの領の従業員達を鍛え上げなければならないのだ。
「うん。それじゃあ、向かおうか」
そういうと、俺達はトースハウン領の街中にある『ゲーベル迷宮』に向かう事にした。
『ゲーベル迷宮』それは、五十階層からなる海産物の獲れる迷宮。
その迷宮近くに冒険者ギルドがあり、迷宮付近では漁師の様に体格のいい男達が真昼間から酒を呑み騒いでいる。男達の話に耳を傾けて見ると、どうやらこの冒険者ギルドのBランク冒険者で組まれたパーティー二組が行方不明になっているらしい事が聞き取れた。
おそらく『影収納』の中にしまいっぱなしにしている冒険者の事だろう。
まあどの道、あと一日もすれば解放してあげるつもりだし、問題はない。
それまでの間、光も音も届かない『影収納』の中で、いつ解放されるかわからない不安と空腹感に苛まれ、自分達がスラムの住民達に行った事を悔いていてほしい。
俺達は商業ギルドのギルドカードを、『ゲーベル迷宮』の入り口にいる兵士に見せると、『ゲーベル迷宮』の第一階層に入っていった。
『ゲーベル迷宮』では、主に海産物が獲れる。
その噂は正しかった様で、第一階層に繋がる階段を降りていくと、磯の香りが階段中に広がってきた。
もしかしたら、第一階層は海の様なフィールドが広がっているのかもしれない。
期待を胸に階段を降り、第一階層に辿り着くと、そこには、釣り糸を垂らし魚が釣れるのを今か、今かと待ち構えている冒険者達の姿があった。
「えっと……あれは何をやっているんだろうね? 釣りかな??」
「そ、そうみたいですね……」
どうやら見間違いではなかったらしい。
呆然とした表情で釣りをする冒険者達を眺めていると、その内、一人の釣竿に獲物がかかった。
「こ、こいつ! 引っ掛けやがった!」
「ば、馬鹿やろー! だからそんな所に糸を垂らすなといったんだ!」
「逃げろっ! すぐにこの場から逃げるんだぁぁぁぁ!」
周囲の冒険者がそう叫び声を上げると、海の中からまるでイカやタコの様な大きな触手がヌルヌルと海から這い出てきた。
堤防から這い出る触手。よく見ると、その触手の一本に釣り針が引っ掛かっている。
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