大量脱退前日

 時は一日遡る。

 俺が冒険者ギルドを辞めたその日、従業員達が明日一時間だけ休みを取りたいと言ってきた。

 従業員達はよく働いてくれているので、別にそれはいいんだけど……。


「なんで、たった一時間の休みなんだろう?」


 従業員達はシフトに穴を空けないよう、少し時間をずらして一時間の休みを取っている様だけど、従業員達それでいいのだろうか?

 なんなら、明日一日休暇にしても構わないんだけど……。


 とはいえ、従業員達が自発的に休みを取ろうとするのはいい事だ。

 しかし、一時間の休みって休みに入るのだろうか?

 休みを申請してきた人達が全員、十五歳以上の成人で冒険者ギルドに登録をしているというのも気になる。


「まあいいか」


 シフトに穴を空けないように気を遣ってくれるのはありがたいし、休むのも時間差で一時間だけ……そんな事で、従業員達の有給休暇を削るのも気が引ける。

 取り敢えず、申請だけは受け入れて従業員達の有給休暇は削らない方向でいこう。


 俺は従業員達が提出してきた申請書を片付けると、蹴伸びした。


「それにしても、屋敷神が白金貨百万枚を渡したのには驚いたよ」


 俺がそういうと、屋敷神は悪い笑みを浮かべる。


「そうでもないですよ。こちらが向こう側の要求を呑んでおけば何かとやり易いですし、ギルドマスターから合意書を取り付ける事もできました。全ては打算ありきの事ですよ。それに今の状態の冒険者ギルドと縁が切れると思えば安いものです。これから起きる事を考えれば尚更ね」

「これから訪れる事?」


 一体なんだろうか?


「はい。この一週間で、オーランド王国を中心に世界情勢は目紛しく変わっております。今の所、無事なのは『幸運の壺』の効果範囲内にあるフェロー王国と、鎮守神のいる商人連合国アキンド位でしょうか?」


「えっ、一体何が起こっているの!?」


「人形が掴んだ情報によれば、病原菌に汚染されたモンスターが様々な国に入り込み謎の病気が蔓延している様です。教会が万能薬を配布している為、大事には至っておりませんが、感染源のモンスターは迷宮のボスモンスター並に強いと聞いております」


「それって結構大変な事なんじゃ……」

「はい。ですので、今は冒険者ギルドと遊んでいる暇はないと、一番手っ取り早い方法を取らせて頂きました」


 確かに、そんな状況の中、冒険者ギルドと遊んでいる暇はない。


「それじゃあ、いつも以上に万能薬を作らなきゃだね。俺も手伝うから、手の空いてる従業員にも万能薬の作成をお願いしておいてくれるかな?」


 俺がそういうと屋敷神はニコリと微笑む。


「はい。既に準備は整っております。一度教会を経由していては守れる命も守れなくなってしまう恐れがあるので、教会納品用とそれ以外に分けて生産体制を整え、既に一部は出荷しております」


 流石は屋敷神だ。

 対応が早い。


「ちなみにこれがそのサンプルとなります。従業員達が時間をかけ、丹念に作成したものとなりますので、ご容赦頂けると幸いです」

「ご容赦って何を……」


 屋敷神が俺の目の前に置いたのは三種類の瓶。

 それを手に取った俺は愕然とした表情を浮かべた。


「テーマは救いの神。従業員達が悠斗様の事を思い作成した万能薬の瓶です。万能薬を飲み終わった後は偶像として使用する事ができます」


 見間違いかと思ったが、見間違いではない様だ。

 瓶をマジマジ見て見ると、瓶の中に俺の立体彫刻が浮かんでいる。


「な、何故に俺の立体彫刻が瓶に……!?」


「中々の出来栄えでしょう。悠斗様の神々しさが全面に押し出されております。流石は従業員達です。悠斗様と接する時間が多い為か、細部に渡り精巧な彫刻となっております」


 いや、これは駄目だろう。これは駄目だ。

 俺は震える声で、作成本数を聞いてみた。


「ち、ちなみに何本位作成したの?」

「そうですね。既に五千万本作成し、その全てが出荷済みとなっております」

「ご、五千万本っ!?」


 もう駄目だ。これはもう手遅れという意味合いで駄目だろう。

 俺が白目を剥いて愕然としていると、屋敷神はワザとらしくホロリと涙を流す。


「疫病に苦しみ。もう駄目かと思った時、万能薬が手に届く。そして、それを飲み体調が完全に回復した後、ふと瓶に視線を向けると悠斗様の偶像が浮かび上がる仕組みとなっております。因みにこれは今の教会と全く同じやり方を踏襲しております。ロキ様はこの方法で主神にまでのし上がったのです」

「いや、俺は神ではなく人間なんですけれどもっ!」

「既に時間の問題です。そういえば、悠斗様は何かお忘れではないですか?」

「えっ、何をっ?」


 そんな事を言われても、全然記憶にない。


「いえいえ、悠斗様にも忘れている事がある筈です……『影収納』に入れっぱなしのモノがあるでしょう」

「えっ?」


 足下の影を広げ『影収納』の中を確認すると、おびただしい程の虫型モンスターの死骸が確認できた。


「こ、これはっ!?」


 すっかり忘れていた。

 マリエハムン迷宮に入る前、兵士達を助ける為に、大量のモンスターを『影収納』の中に収納したではないか。っていうか、気付いていたなら教えてほしい。


「な、何で教えてくれなかったのっ!?」


 俺が抗議すると屋敷神は、顎に手を当て考え込む。


「今気付きました。申し訳ございません。悠斗様」


 絶対嘘だ。そんな筈がない。

 これだから大人は汚い。汚い大人ばかりだ。


 慌ててステータスを確認するも、レベルは99のまま、どうやらレベルが上る程のジェノサイドをした訳ではなかったらしい。


 俺がホッとした表情を浮かべると、屋敷神が残念そうな表情を浮かべる。

 やはり確信犯だ。全く、鎮守神、屋敷神共に油断も隙もあったもんじゃない。


「取り敢えず、この虫型モンスターは焼却処分するとして……って、なんだこれ、槍?」


 こんな槍『影収納』の中に入れていたかな?

 影の中から槍を取り出し、手に持つと、その槍を目にした屋敷神が微笑を浮かべる。


「その槍は、この世界の元主神オーディンの持つ神槍グングニルです。もしかして、お気付きになられていなかったのですか?」

「えっ、何を?」

「神槍グングニルが『影収納』の中に収められていた事をです。影精霊が騒いでいましたよ?」


 えっ、影精霊が騒いでいたの?

 それ、普通の人間じゃ認識できないよね?


「そうなんだ……でも、なんで『影収納』の中にそんな物が……」


 正直言って全く心当たりがない。

 しかし、槍なんて持っていても使わないだろうし……それでも神器である事には変わらないんだよな……まあいいか。


「屋敷神、この槍いる?」

「ゆ、悠斗様は元主神オーディンの持つ神槍グングニルを手放すというのですか!?」

「えっ、駄目? 俺が持っていても使わないだろうし、宝の持ち腐れじゃん。それにグングニルなら『召喚』スキルでいつでも呼び出せるだろうし……」


 ぶっちゃけ不要だ。

 俺が持つ位なら物干し竿にする方がまだ有効活用できる。


「……そうですね。それではその神槍グングニル、ロキ様かカマエル様に渡されては如何でしょうか?」

「えっ、ロキさんかカマエルさんにこれを渡すの?」


 それはそれで心配だ。

 まあ俺が持つよりはいいか……。


「うん。それじゃあ、屋敷神が適任だと思う方にこれを渡しておいてくれない?」

「わかりました」


 神槍グングニルを屋敷神に渡すと、屋敷神はそれを収納指輪にしまっていく。


「それでは、この話は一旦据え置くと致しまして、悠斗様に相談したい事があるのですが……」

「うん? 相談?」


 屋敷神が相談とは珍しい。


「そろそろ、従業員達に邸宅内の迷宮を開放しようと思っているのですが、その許可を頂けないでしょうか?」

「従業員達に邸宅内の迷宮を開放を? いいよ?」


 従業員達は既に家族同然。

 かなり信頼関係が築けてきたと思っている。

 屋敷神がそう提案してくるという事は、もうそろそろ従業員達にその事を打ち明けてもいいと、そういう事だろう。


 それに人形が運び出している資材は全て迷宮産。

 従業員達がそれを手伝う事により、人形達の負担を減らす事ができるし、迷宮内でモンスターを狩れば、それはそのまま従業員達の経験値する事もできる。

 まさに一石二鳥だ。


「でも、仕事が増える分、給料は割増でお願いね」

「はい。承知致しました。では、その様に手配致します」

「よろしく。それじゃあ、俺達も万能薬作成の手伝いをしに行こうか」

「それもそうですね」


 そういうと、俺達はユートピア商会に向かう事にした。

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