鞍替えする密偵②
「ち、因みに、これすぐに答えを出さなきゃ駄目かな? じっくり考えて結論を出したいんだけど……」
「うん。大丈夫だよ! でも、答えは早めに貰えると嬉しいかな」
「あ、ああ、考える! 考えるとも!」
正直考えるまでもないが、一応、選挙管理委員会の方にも連絡を入れなければならない。
依頼料は低いが、一度受けた仕事である以上、報告だけはしっかりしなければ……。
チラシを握り締めながらガン見していると、目の前にいるカイロ君はユートピア商会から幾らお給料を貰っているのだろうかと、ふと興味が湧いてきた。
「と、時にカイロ君、君はユートピア商会からいくら位のお給料を貰っているのかな?」
俺が興味本位でそう聞くと、カイロ君は少し考える様な素振りを見せる。
当り前だ。人に自分の給料を教えたい人なんている訳がない。
そして、俺に近寄ると耳を貸す様言ってきた。
「あんまり教えちゃいけないんだけどね。お兄さんには特別に教えてあげる」
「お、おう……」
俺はゴクリと喉を鳴らす。
「ボクのお給料はね。白金貨四枚だよ。絶対に言っちゃダメだからね」
「し、白金貨四枚……今の俺より高い……」
俺の給与は月給白金貨四枚。
当然、残業代という概念はない。
断然、こちらの方が待遇がいい。
「決めた……俺は今の職場を辞めるっ! ユートピア商会に転職するぞっ!」
そう決意した俺は、カイロ君に転職する事を伝える。
密偵生活を送る事、三日目。俺はユートピア商会に転職した。
◇◆◇
後日、密偵から調査報告書を受け取った選挙管理委員会は頭を抱える事になる。
調査報告書には、『ロキ、ヤシキガミ、チンジュガミ、共にSランク商人としての活動実績あり』と書かれていた。
しかも、調査の結果、三人共、前評議員三名の推薦によりSランク商人となっているらしい。
これでは、この者達を評議員の座から追いやる事ができない。
選挙管理委員会として強権を振るい、法に基づき客観的な事実や証言などを基に慎重に審議した結果、当選を無効とする、という強権を振るってもいいが、相手が活動実績のあるSランク商人であれば、強権を振るうのも謀られる。
現にSランク商人が撤退した事で衰退した国もあった。あれはどこの国の王都であっただろうか……。
名ばかりのSランク商人であれば、幾らでもやりようがあったものを……。
この様な調査報告書が上がってきてしまえば仕方がない。
私は苦々しい表情を浮かべながら、報告書を握り潰すと仕方がなく開票結果を名簿に書き込んだ。
代表:ロキ
執行:バグダッド
情報:
知識:ハメッド
財務:クレディスイス
戦略:
技術:
監査:マスカット
商人連合国アキンドの半数の議席数を得たユートピア商会は、更なる躍進を遂げる事になるがそれは別のお話。
◇◆◇
マリエハムン迷宮に籠る事七日目。
ユートピア商会の面々が働いている最中、悠斗は一人、ペンションの外に設置したハンモックに揺られていた。
吹き抜ける風は心地よく、森林の木立から注がれる木漏れ日が眩しい。
一週間前は、こんなにも穏やかな日常を送る事ができるとは思いもしなかった。
森の中を見てみるとユニコーンとバイコーンが駆け回り、ゴールドシープとシルバーシープが草を食べている。何とも微笑ましい光景だ。
「ああ、癒される……」
これが森林浴か……。
森から放出されるマイナスイオンが荒んだ俺の心を癒してくれる。
しかし、こんなに休んでしまっていいものだろうか。
なんだか急に心配になってきた。
俺はマリエハムン迷宮で手に入れた『王座フリズスキャールヴ』に座ると、フェロー王国王都にあるユートピア商会を覗き見る。
すると、笑顔で働く従業員の姿やお客さんの姿が目に付いた。
少し前までとは違い、王都に活気が戻ってきた様に感じる。
フェロー王国の国王シェトランドも喜んでいる事だろう。
次に商人連合国アキンドに視線を向けると、鎮守神が影分身と共に仕事をしていた。
流石は鎮守神、俺よりも多くの書類を淡々と処理している。
俺が家出する前に、出された大量の書類、もしかして、あれでも気を使ってくれていた方だったのだろうか。
「…………」
いや、仕事の事を考えるのは止めよう。
今の俺は休暇中。
ハンモックに揺られながら心を癒すのが、今の仕事だ。
『王座フリズスキャールヴ』から離れると、俺は再びハンモックに揺られる。
ハンモックに揺られる事、数十分……。
「寂しい……」
寂しさを紛らわす為、『影精霊』を三体召喚して遊園地で遊び、モフモフに癒され、新鮮な野菜を取っては切って食べ、ハンモックに揺られながら睡眠を摂る。
静かな場所で快適なスローライフを送っていた訳だけど、流石に一人でいるのは寂しくなってきた。
「やっぱり、そろそろ帰ろうかな……」
「そう言って頂けるのをお待ちしておりました」
「えっ!?」
俺がハンモックからゆっくり起き上がると、目の前に屋敷神がいた。
「屋敷神……」
家出した手前なんだか気まずい。
俯いていると、屋敷神が俺の頭を撫でた。
「久しぶりの休暇はゆっくり過ごせましたか?」
「う、うん」
「それはよかった。元気そうで何よりです」
「……屋敷神は家出した事を怒ってないの?」
俺が恐る恐る聞いて見ると、屋敷神は笑顔を浮かべながら呟いた。
「ええ、突然の事で心配しましたが、怒ってはおりません。鎮守神についてもそれは同様です。さあ、ユートピア商会に戻りましょう」
「うん」
俺は屋敷神の手を取ると、ユートピア商会に戻る事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます