迷宮攻略の裏側で(side元主神)①

『戦神召喚』


 突然、発現したその力は、私を驚かせた。


 何せ私がそう呟くと、私の目の前につばの広い帽子を被り、長い髭を生やした隻眼の老人が舞い降りたのだ。


 隻眼の老人の名は、オーディンというらしい。

 この世界ウェークを統べる元主神で、戦争と死を司る神だ。


 何故、そんな神が私に力を貸すのかは分からない。

 しかし、これだけは言える。


 この私にチャンスが回ってきたと……。


「それで、元主神様……。元主神様は何故、私に力を貸してくれようと思ったのです?」


 召喚したオーディンにそう質問すると、オーディンは笑みを浮かべる。


「何を言うかと思えば、当たり前のことを聞くでない。奪われた地位を取り戻す為に決まっておろう」

「奪われた地位?」


 私に力を貸す事が、何故、主神の地位を取り戻す事と繋がるのかよく分からない。


「ああ、そうだ。あの憎き狡知神ロキにより私の地位は奪われてしまった。ロキがこの世界にいる事は分かっている。だからこそ、お前に力を貸すのだ」


 狡知神ロキ?

 聞いた事のない神の名だ。


「うん? なんだ、お前はロキの事を知らんのか?」

「は、はい……」

「聖モンテ教の新教皇ソテルが信仰する神の真名だ。お前が敵対視しているこの世界の異物、転移者、佐藤悠斗に力を貸す神の一柱でもある」

「な、なんですって……」


 あの狂皇ソテルが信仰する神にして、佐藤悠斗に力を貸す神……。

 なる程、それなら納得できる。

 この元主神は、この私を利用してロキという神を殺し、次いでその障害となる佐藤悠斗をも殺すと、そう言う事だろう。


 願ったり叶ったりだ。

 元主神とはいえ、神を利用する事ができるなら心強い。


「それで? 元主神様は、どうやって主神に返り咲くつもりなのです? まさか教会でも乗っ取るおつもりで?」


「ふん。そんな事はせぬよ。あの教皇がいる限り、そんな事をしても無意味だ。しかも、あ奴はロキの使徒。ワシがこの世界に顕現している事を気付かれては厄介だからな……だからこそ、ワシならではの方法で、奴を上回る信仰心を集める」


「元主神様ならではの方法で?」


 この元主神……一体何をするつもり?

 私が警戒心を露わにすると、オーディンはケタケタ笑う。


「信仰とは救いだ。信仰心は自分の事を助けてくれる。そんな者の心に宿るもの。我々神は、そんな信仰心を糧に力を得ている。オーランド王国の女王フィンよ。どうすれば、信仰心を得る事ができるのか……考えた事があるか?」

「い、いえ……」


 そんな事、考えた事もない。

 何せ人は信仰心なくして生きていけるのだから。


「信仰心を得る方法は簡単だ。疫病を撒き散らし、戦争を引き起こす。そして、もう駄目だと思ったその時、ほんの少しの希望を人々に与える。ただそれだけの事で信仰心など簡単に得る事ができる……」

「疫病に戦争ですか……」


 今更ながらとんでもない神を仲間に引き込んでしまったものだ。

 これが元主神の考えか……普通ではない。

 もし扱いを間違えれば、オーランド王国が滅ぶ事に繋がりかねない危うさを感じる。


 すると、そんな私の心を見通してオーディンが呟いた。


「安心するがいい。この国には何もせぬよ。それに戦争を起こすのは、疫病を撒き散らした後……。疫病を撒き散らし、万能薬があれば助かる筈の命が散っていく。その時、その者は何を思うのか……信仰が憎悪に変わる。憎悪は神を蝕む毒へと変わり、その力を削いでいく」


「なる程、それが元主神様の考えですか……勿論、それについても我が国に被害はない。その様に考えてよろしいのですよね?」

「ああ、当然の事だ。お前にはまだまだやってもらう事がある。協力者であるお前の国に害を与えぬと約束しよう。さて……」


 そう言うとオーディンは身体を浮かび上がらせる。


「どちらに行くのですか?」

「何、知れたことよ。この国には疫病を流行らせるのに持ってこいな迷宮があるだろう? それに天界から私の持ち物を迷宮に転移させた。信仰心が薄れてしまった今、迷宮に転移させるのがやっとだったからな……今からそれを取りに行ってくる」


 そういうと、オーディンは迷宮のある方向に視線を向ける。


「ついでにお前の部下共も守ってくれるわ」

「部下?」

「ああ、何故かはよく分からんが、迷宮からモンスターが出てきたようだ。このワシが何とかしてやろう。なにせワシはお前の協力者だからな」

「そう。それじゃあ、部下の事を頼んだわ。元主神様……」


 私がクスリと笑いながらそう言うと、オーディンは忌々しそうな表情を浮かべた。


「オーディン様だ。元主神様などと呼ぶでないわ」

「ええ、オーディン様」

「ふんっ!」


 するとオーディンはその場から姿を消した。

 おそらく、兵士達のいる迷宮に向かったのだろう。


 しかし、戦争と死を司る神か……。


「オーディンの事を調べておいた方がいいかもしれないわね」


 聖モンテ教会の前教皇が信仰していたのがオーディンだった筈。

 それにオーディンは言っていた『お前にはまだまだやってもらう事がある』と……。

 利用価値がある内はいい。

 しかし、この私に利用価値がなくなったら?


 オーディンが何をしてくるか分からない。


「できれば、ロキとかいう神と同士討ちになってくれると嬉しいんだけど……」


 私はそう呟くと、ハーブティーを啜った。

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