悠斗の家出②
ダメだ。最近疲れが溜まっている。
このまま、この鳥籠の様な生活を送っていては何かの拍子にストレスが大爆発しかねない。
……というか、大爆発寸前だ。なんで俺は書類に目を通しサインをするだけの仕事に忙殺されているのだろうか。
元の世界にいた頃は良かった。
朝起きて朝食を食べたら学校に行く。
学校では友達と談笑したり勉強したりして、学校終わり家に帰ってゲームをする。
父さん、母さんと一緒に食事を摂り、テレビを見て風呂に入ったら就寝。
この世界に転移させられてしまった時も、なんだかんだで自由の時間を満喫していた気がする。
なのに何故?
ここ最近は、毎日毎日毎日毎日……。
テーブルに積み上がっていく書類を見ながら朝食を取り、万能薬入りのハーブティーを飲みながらひたすらサインを書き続ける。そして、また次の朝になると、テーブルに書類の山ができている。
休みなく毎日頑張ってきたが、もう限界だ。
……っていうか何?
『影分身』とか使っちゃダメなの?
確認作業は重要だけれども、重要だと言う事はわかっているけれども人間には限界があるんだよ?
万能薬のお蔭で身体に問題はないが、精神の方が大分参っている。それに、このままこの生活を続けると発狂してしまうかもしれない。いや、現在進行形で発狂しそうだ。
ユートピア商会が大きくなるのはいい。
その分仕事が増えるけど、この世界で生きる以上、生活基盤が整う事はいい事だ。
しかし、人一人にできる事なんて限られている。
何処の世界に、毎日毎日、朝から晩まで書類仕事に追われる商会のトップがいるだろうか。
何処の世界に、三十連勤で外にも出ず、書類仕事に追われる商会のトップがいるだろうか。
何処の世界に、昼夜を問わず、テーブルの上に次々書類を乗せていく神様がいるだろうか。
鎮守神は俺の事をなんだと思っているのだろうか。
まさかとは思うが、鎮守神基準で物事を考えている訳じゃないよね?
鎮守神や屋敷神にできる事が悠斗様にできない筈がありませんとか、そんな事を思っている訳じゃないよね??
だとしたら、それは買い被りだよね???
完全なる思い違いだよね????
決めた……もう決めた。
「家出しよう……」
このまま書類仕事をしていては、心が完全に死んでしまう。
俺は書類をテーブルに置き、よろめきながら椅子から立ち上がる。
そして、決意新たに『影転移』でどこか遠くへと家出しようとすると、丁度、部屋の扉が開いた。
「悠斗様、万能薬入りのハーブティーをお持ちしました。本日のハーブティーは悠斗様が落ち着いて仕事に専念できる様、カモミールをふんだんに使ったハーブティーとなっております。カモミールには、リラックス作用やストレス軽減作用がある様でして……おや? 悠斗様、椅子から立ち上がり何をされているのですか?」
何というタイミングで返ってくるんだ。
この部屋には監視カメラでもついているのだろうか?
「い、いや、ちょっと……なんていうか気分転換をしようと思って……」
「そうですか? 最近働き詰めですし、確かに気分転換は必要かもしれませんね」
「えっ? もしかして休みくれるの!?」
まさか、鎮守神からそんな事を言ってくれるとは思いもしなかった。
しかし、それなら話は別だ。
一時的に仕事から離れ、何も考える事なく自由に休める期間が貰えるというのであれば、家出しなくても済む。
何だ。それなら早く相談しておけば良かった。
俺は期待に満ちた視線を鎮守神に向ける。
すると、鎮守神は顔を綻ばせて呟いた。
「そうですね。この書類仕事を全て終えたら、一旦、休憩にしましょう」
「うん! ……ってあれ? 休憩??」
「はい。休憩です。この書類全てに目を通しサイン頂いた後、悠斗様には、一時間程休んで頂き、その後、また書類作業に戻って頂きます」
「…………」
あれ?
何か幻聴が聞こえた様な……。
「えっと、鎮守神? 今、休憩って聞こえた様な気がしたんだけど……」
「はい。休憩です」
「休憩って? 一時間だけ?」
「はい。一時間ゆっくりお休み下さい」
やはり聞き間違いではなかった様だ。
「『影分身』」
俺は『影分身』を発動させると、内容をよく読み書類にサインする様指示を出す。
「おや、悠斗様。一体何を……」
突然、影分身に書類作業をさせ始めた俺に対し、鎮守神は怪訝な表情を浮かべる。
しかし、そんな事はどうでもいい。
このままでは、本当に俺の心が壊れてしまう。
もうこれは自己防衛本能だ。
三十日間も働かされて、貰える休みがたったの一時間……。
しかも、その休憩時間が終れば、また書類作業が待っているという地獄。
もう駄目だ……流石にもう駄目だ……。
俺より苦しい状況で働いている人もいると思うけど、流石に無理だ。
もう心が苦しい。
身体が自由を求めている。
最低でも一日、できれば一週間位ストレス発散する事のできる時間が貰えなければ発狂する。
俺の表情と行動を見て何かを悟ったのだろう。
鎮守神が声を上げる。
「ゆ、悠斗様っ! な、何をっ……お待ち下さい!」
「『影転移』」
俺はそう呟くと、鎮守神の制止を振り切り『影転移』で、オーランド王国にある迷宮跡地に転移した。
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