思い違いから始まる破滅

「ほう、この偽物。中々、良いではないか」


 ここは商人連合国アキンド。

 私は積み上げられた足場材を見ると、笑みを浮かべる。


「はい、バルト様のご要望通りの物を作らせて頂きました。既に業者を手配し、この偽足場材を交換に回っております」

「そうかそうか! それは素晴らしい。素晴らしい対応だよ、作業員君」

「あ、ありがとうございます!」


 正直、あまり期待していなかったが、まさかこれ程精巧な偽物を作る事ができるとは思いもしなかった。

 流石は商人連合国アキンド。

 寂れた町工場の様な商会を選んで偽物の作成を依頼したが正解だった。


「当然、脆く作成してあるのだろうな?」

「はい。バルト様の指示通り強度は度外視して作成しております」


 作業員が足場材に手をかけ、ハンマーで軽く打ち据える。すると、その足場は簡単に壊れてしまった。


「そうかそうか! いいぞ、いいぞっ!」

「はい。ありがとうございます」


 これをユートピア商会の販売する足場に紛れ込ませれば、かの商会の評判を落とす事ができる。

 ついでにユートピア商会の足場を流している『私のグループ』の評判も落とす事ができて一石二鳥。

 トゥルク様に良い報告ができそうだ。


「それにしても、何故、偽足場を作ろうと思われたのですか?」


 私が笑みを浮かべていると、作業員君が野暮な質問をしてくる。


「詮索とはあまり感心しないな……だが、今の私は気分が良い。特別に教えてやろう」


 この偽足場を作ったのはコイツらだしな。

 コイツらは最早、共謀者……折角なので教えてやろう。


「先日、エストゥロイ領にて、商人連合国アキンドの評議員であらせられるトゥルク様傘下の商会を集めた懇親会があった。その際、トゥルク様は珍しくボヤいていてな、ユートピア商会の会頭の所為で財産の大半を失ってしまったと嘆き悲しんでおられたのだ」

「それは、お気の毒ですね……」

「ああ、全く嘆かわしい限りだ。珍しく酔っ払われていて、『ユートピア商会が憎い』とか、『関わり合いになるんじゃなかった』とボヤかれていてな……」


 あの時のトゥルク様の悲壮感は忘れもしない。

 今も私の目に焼き付いている。


「しかし、懇親会が終わる頃には気を持ち直した様で、顔を赤くしながら意気揚々と叫ばれたのだ『ユートピア商会を潰した者に白金貨十万枚をやる』と笑いながらな……」


 私がしみじみそう言うと、作業員君が小さく何かを呟く。


『えっ? それって、ただ酒に酔って気が大きくなって発言してしまっただけじゃ……』


 何を言っているんだコイツは?

 余りに小さな声で呟くものだからよく聞き取る事ができなかった。


「うん? 何か言ったか?」

「い、いえ、何でもありません!」

「そうか? 変な奴だな……まあいい。相手はトゥルク様の資産の大半を奪い去った極悪人。せめてトゥルク様が受けた被害と同等の害を与えてやらねばトゥルク様が可哀相だ。だからこそ、私は立ち上がった! 精巧な偽物を作り、それをすり替える事で販売元のユートピア商会の評判を落とす! 決して白金貨十万枚が欲しくてこんな事をしている訳ではないぞ」

「そ、そうですよね。その事は重々承知しております」

「そうか、そうか! よく分かっているではないか! よしそろそろトゥルク様に報告を上げてもいい頃合いだろう! 早速、報告を上げに……」

「お、お待ちください!」


 私がトゥルク様宛の報告書を書く為、この場から立ち去ろうとすると、作業員君が私の話を遮り、声をかけてきた。

 全くもって無礼な作業員である。

 もしこの作業員が私の部下であるなら罰を与えているところだ。

 しかし、今の私は機嫌がいい。

 もしかしたら、本当にユートピア商会を潰し、トゥルク様からのお褒めの言葉と白金貨十万枚を貰う事ができるかもしれないしな。


「なんだ?」


 少し不機嫌そうにそう言うと、作業員が生意気な事を言ってきた。


「は、はい。大変恐縮ではございますが、この偽足場の支払いをして頂きたく思いまして……」

「何? 支払は翌月末に支払うと言っただろう。そこまで待てないのか?」

「は、はい。実は家内が重篤な病気に罹っておりまして、ここにある在庫がはけ次第、店を畳みフェロー王国に向おうと思っているのです。バルト様には大変申し訳なく思っておりますが、お考え頂けないでしょうか?」

「ふむ……」


 代金は確か白金貨五百枚(約五千万円)だったな……。

 ユートピア商会の評判を落とす事ができるのも、コイツのお陰だ。

 仕方がない。少しくらい便宜を図ってやるとしよう。


「わかった。これから商業ギルドに向かう。金については本日中にギルド経由で支払おう。ああ、ここで話した事は口外しない様に。もし万が一、口外したらわかっているな?」

「は、はいっ! あ、ありがとうございます!」


 そう威圧すると、作業員が怯えた表情を浮かべる。

 ふん。それでいい。それにしても、家内が重篤な病気とはな……。


「まあ大変だろうが、頑張ってくれ。もしユートピア商会を潰す事ができて、トゥルク様から白金貨十万枚を頂いた際には、便宜を図ってやろう。強く生きろよ」

「は、はい! ありがとうございます!」


 私はそう言うと、この場所を後にし商業ギルドに向かう事にした。

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