ヴォーアル迷宮攻略⑩

 第80階層のボスモンスター、ムニンに頭を突かれると、脳内が焼ける様な激痛に苛まれる。


「ぐっ……あっ……」


 頭を抱えながら、痛みに耐えていると急に記憶の奔流が頭の奥底から湧き上がってきた。


『えっ!?』


 記憶の奔流に巻き込まれながら、頭の痛みに耐えていると、一つまた一つとヴォーアル迷宮に入ってからの記憶が蘇ってくる。


『な、何これっ……?』


 渦巻く思考の中、必死に目を瞑っていると、脳裏に記憶にない出来事が再生される。


『ロキっ! 悠斗様の事は任せた!』

『うん♪ 任せておいて!』

『よしっ! それでは〔断罪〕!』


 これは、俺の記憶……?


『これは、仕方がないな……悠斗様には悪い事してしまった。ロキ、悠斗様の様子はどうだ?』

『うん。気絶しているだけみたい。安静にしていれば、すぐに目覚めると思うよ』

『そうか……』


 カマエルさんとロキさん、俺の事を介抱してくれたんだ……感謝しなきゃいけないな。


『それでは、悠斗様が気絶している隙に、第70階層迄進むぞ』

『うん♪ 分かった~♪』


 ロキさん達が〔断罪〕で人形達を消していく。

 すると全ての人形を消し終えたロキさんが、次の階層へ向かおうとしているカマエルさんに向かって呟いた。


『カマエル、これから行う事は悠斗様に内緒だよ?』

『ん? 何をするつもりだ?』

『折角の機会だからね。悠斗様にこの階層で起こった全ての事を忘れて貰おうと思うんだ♪ 人形を見て気絶なんて、今後の商会運営にも関わってくるし、万が一、屋敷神や土地神、鎮守神に知れたら事だしね』

『確かにそうだな……悠斗様には、この階層で起こった全ての事を忘れて貰った方がいいのかもしれない。モンスターへの恐怖心なんかもなくしてあげてはどうだ? 悠斗様に心的外傷後ストレス障害とやらになられても困るしな……』


 えっ!? どういう事っ!?

 まさか、俺の記憶を消して第70階層に向かった訳じゃないよね!?


『いいね♪ それに階層を取り上げられて大変な思いをしたボク達の意趣返しで墓地フィールドを歩かせた事がバレたらボク達の階層が取り上げかねないからね……』

『よし、これも悠斗様の為だ。要らぬ記憶はさっさと消してしまおう』


 意趣返し!?

 ま、まさか、そんな事の為に、俺の記憶を……?


『という事で、ごめんね悠斗様。ボク達も悠斗様が気絶するほどアンデッドモンスターが苦手だとは思わなかったんだよ。今記憶に蓋をしてあげるからね♪』


 ロキさんはそう言うと、俺の頭に手を乗せる。


『それじゃあ、第70階層に辿り着くまでの間、ゆっくり休んでいてね』


 そこまで記憶が戻ってきた所で、頭の痛みがやみ俺は正気を取り戻す。


「……なるほど」


 不思議な気分だ。

 第67階層で見た気絶する程のトラウマ。

 忘れたい位嫌な記憶だったけど、この記憶があるのとないのとでは、気分が全然違う。

 朧気ながら人形と戦った事は覚えているし、完全に記憶を封じる事ができていたとは思えないけど、何かを忘れている。覚えていないという不安感から解消された時の安心感は、例えそれが、トラウマ並の記憶だったとしても、記憶を取り戻したという安堵感の方が強い様だ。


 第80階層のボスモンスター、フギンとムニンが俺の肩に留まりながら、「カァー」と鳴き声をあげる。


「〔影縛〕」


 俺の記憶を掘り起こし、呑気に肩に留まっているフギンとムニンに〔影縛〕を放ち、影で縛り上げると、フギンとムニンはそのまま俺の肩から落下した。


 それにしても、フギンとムニンは本当にこのラストフロアのボスモンスターなのだろうか?


 あっけない程簡単に影に縛られ肩から落下したフギンとムニンに視線を向けると、第80階層のボスモンスターにも拘らず、ウルウルと涙を溜めてこちらに視線を向けていた。


 なんだか凄くやりずらい。

 それに段々と、フギンとムニンが可愛く思えてきた。


 今なら第70階層のボスモンスター、死の天使をお持ち帰りした死神ヘルの気持ちがよく分かる。


 それにフギンとムニンは、ロキさんに封じられた俺の記憶を取り戻してくれた恩人……いや恩鳥だ。

 よし……決めた。フギンとムニンはお持ち帰りしよう。

 フギンとムニンがいれば、例え万が一、ロキさんに記憶を封じられたとしても、戻してくれる筈だ。

 まあ、第80階層のボスモンスターだから話が通じないかもしれないけど、一か八かできるだけ優しく勧誘してみよう。

 俺は影縛によって縛られたままのフギンとムニンに手を伸ばす。


「フギンとムニンだったね。記憶を取り戻してくれてありがとう。もし良かったら、俺の下にこない? 俺も邸宅に迷宮を持っているんだけど、このボス部屋よりももっと広い階層を用意する事もできるよ? 少しだけ考えてくれないかな?」


 フギンとムニンは互いを見合うと、首を縦に振った。


「そう、ありがとう。ああ、影縛を解かなきゃだね」


 俺が影縛を解くと、フギンとムニンはその場から飛び立ち俺の両肩に留まると服の袖に潜り込んできた。

 そういえば、鳥が髪や服に潜り込もうとする行為は、飼い主に甘えているか、発情の相手と認識してしまったかのどちらかだと聞いた事がある。

 これはきっと、甘えているのだろう。


「フギン、ムニン、よろしくね」

「「カアー」」


 フギンとムニンの頭をそっと撫でるとそう鳴いた。

 しかし、ボスモンスターであるフギンとムニンを倒さない事には迷宮核に繋がる階層に行く事ができない。フギンとムニンを倒さず、魔方陣の奥にある扉を開く方法はないものだろうか……。


 俺が考え込んでいると、少し慌てた表情のロキさんとカマエルさんが俺に声をかけてきた。

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