ノルマンと大臣のその後
「ここが聖国……」
フェロー王国の国王としての人生はつい先程行われた領主会議により終わってしまった。
今、私は聖モンテ教会の教皇ソテル様によって元内務大臣のスカーリと共に、サンミニアート・アルモンテ聖国に来ている。
「はい。その通りです。ようこそ、サンミニアート・アルモンテ聖国へ。私はあなた方を歓迎致します」
ソテル様が恭しく礼をする。
すると、一緒に聖国へと連れて来られたスカーリが声を出す。
「ソテル様ぁ! 私を、私を王都へ帰して下さい! 妻と子が王都で私の帰りを待っているのです!」
「全く。往生際が悪いぞ。ソテル様を困らせるな……」
それに嘘を付け、お前は独り身だろうがっ!
するとソテル様は笑顔を浮かべながら呟く。
「良いのです。良いのです。それにしても聞いていた話とは随分と違いますね? てっきり、慌てふためき醜態を晒すものと思っていたのですが……まあいいでしょう。これなら、前国王様の矯正は必要なさそうですね……」
「えっ?」
今、ソテル様は何か凄い事を言っていなかっただろうか?
矯正がどうとか……まあ、深く考えない様にしよう。
「それで、他の大臣達も聖国に来ていると聞いたのですが……」
「はい。その通りです。しかし、今彼等は洗礼を受けている最中。あなた方にも受けて頂こうと思っておりましたが、前国王は必要なさそうですね。しかし、あなたには必要そうです」
ソテル様がスカーリに視線を向ける。
そして、手を叩くと、祭服を纏った教会の人間が数名扉から入ってきた。
「この者を連れて行きなさい」
「「「はい。教皇ソテル様……」」」
「えっ⁉ い、嫌だ……私をどこに連れて行こうというのです⁉」
「勿論、他の大臣達共々、洗礼を受けて貰いに行くのですよ。彼等もあなたが来る事を心待ちにしている事でしょう」
「さあ、立ち上がりなさい」
「い、嫌だ! ノルマン様! ノルマン様お助け下さいっ! ムグッ……」
教会の人間達がスカーリを無理矢理立ち上がらせ口を塞ぐと、扉の向こうに連れて行ってしまった。
無理矢理連れて行かれるスカーリの姿に、汗が頬を伝う。
「ソ、ソテル様。スカーリは……いえ、洗礼とは何をするのでしょうか?」
「彼等の様な方々には、まずここでの生活に馴染んで頂く前に、洗礼を受けて頂いております。洗礼といっても、そんな大した事は致しません。丁度、これから洗礼が始まりますので見てみますか?」
あまり見たくはない。
しかし、他の大臣達の現状も気になる。
「はい。お願いします」
「それでは、私に付いて来て下さい」
扉を潜り、階段を上っていくと廻縁に出た、下を見てみると広場が見える。
「あれは、何をやっているのですか?」
そこには、箱に入った石を数えている大臣達の姿が見える。
久しぶりに見た大臣達の姿は少しだけ痩せこけ、表情を無くしていた。
無表情でひたすら石を数えている。
「彼等に受けて貰っているのは、通称『石の洗礼』です」
「い、石の洗礼?」
き、聞いた事のない洗礼だ。
私の知る教会の洗礼とは別物の様な気がしてならない。
「はい。石の洗礼です。といっても特別な事をしている訳ではありません。箱に入った石ころを数えさせた後、石ころを地面にばら撒き、それを彼等に拾わせる。ばら撒いた数と同じだけの石ころを箱に回収する迄、水や食事を与えず、それが終った後に大聖堂で神に祈りを捧げ食事を摂る……それを毎日毎日、期間を設けず繰り返し行わせるだけの簡単な洗礼です。この洗礼を毎日繰り返し行うとどうなると思います?」
「こ、この洗礼を繰り返し行うとですか……」
朝から晩まで毎日、生きる為だけに意味不明な事をさせ続けるという石の洗礼。
こんな意味のない事を、いつまで続くのか先が見えない絶望的な状況で行うと……。
「は、廃人になるのではないでしょうか……?」
こ、これは流刑の方がまだマシだったのではないだろうか?
私の回答に、ソテル様は表情を変える。
「違います。違います。石の洗礼を行う事により、彼等は神に盲目的となるのです! 毎日毎日、繰り返し『石の洗礼』を繰り返す事で、神に祈りを捧げる時間だけが彼等の心の支えとなります。一ヶ月もすれば、神に盲目的な門徒のでき上がりです! どうです? 神の事しか考える事ができなくなる素晴らしい洗礼でしょう?」
「そ、そうですね……」
ソテル様の言葉に私はそう呟く事しかできなかった。
それは洗脳というのではないだろうか?
教会がこんなにも恐ろしい所だったとは……。
シェトランドの奴、実は私の事を深く恨んでいたのではないかと疑ってしまう。
私が苦笑いを浮かべていると、ソテル様が声をかけてくる。
「さて、それはともかくあなたの新しい名前を決めましょう」
「新しい名前ですか?」
「そうです。その通りです! フェロー王国でのあなたの人生は終わりを迎えました。その為、新しい名前を考える必要があります。そうですね……あなたは今日からノルマンを改め、ノーマンと名乗りなさい」
「ノーマン……分かりました」
こうして私の新しい人生が幕を開けた。
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