迷宮変化②

「へ、陛下! 陛下ァァァァ! た、大変です! 大変です‼︎」


 叫び声を上げ、血相を変えた内務大臣スカーリが執務室に飛び込んでくる。


 全く。食事中だというのに、今度はなんだ。

 そう大変な事が起こってたまるものか。


「血相を変えてどうした。今度はなんだ? 国民達に外門でも突破されたか?」


 スカーリはポカーンとした表情を浮かべると首をカクカクと前に倒した。


 何やってるんだコイツ?

 ちょっとしたジョークに決まっているだろ。

 それにあの門は防御のために厳重な築造がされている。

 内通者でもいない限り、あの門が突破される事はあり得ない。


「それで? それより早くその大変な事とやらを報告しろ」


 俺がそう言うとスカーリはポカーンとした表情を浮かべる。


 なんだ?

 コイツ、私を馬鹿にしているのか?


「おい。いい加減にしろよ。私は忙しいのだ。早く、大変な事とやらを話せ」


 私がパンに齧り付きながらそう呟くと、スカーリは何かを思い出したかの様に血相を変え呟く。


「……外門が……ました」

「あっ? 聞こえない。もっとハッキリものを言え」

「で、ですから、外門が……ました」

「だから、ハッキリ言えと言っているであろう!」

「で、ですから! 外門が消えてしまいました‼︎」

「はぁ?」


 あまりに荒唐無稽な事を言うから逆に驚いてしまった。


 何を言っているんだコイツ?

 外門が消えた⁇

 消える訳ないだろ、外門だぞ?


 お前分かっているのか?

 今お前が言っているのは『王都が一瞬にして消失しました』と言っているのと同じ位、あり得ない事なんだぞ?


「お前なぁ、冗談を言うならもっと他にあるだろ?」

「い、いえ、ですから、外門が消失して……!」


 全く強情な奴だ。

 そんなすぐ分かる嘘をついて何がしたいんだ?

 私を怒らせていい事なんて何もないぞ?


「全く見ればすぐ分かる様な嘘を……」


 窓から外門に向かって視線を向けると、そこには外門が消失し、王城に暴徒と化した国民達が流れ込んでいる光景が目に飛び込んでくる。

 私はゆっくりとした所作で窓から視線を外すと、微笑を浮かべたまま内務大臣、スカーリの袖と襟に手を伸ばす。


「へ、陛下?」

「黙ってろ……。舌噛むぞ」

「えっ、陛下っ! 何をっ!」


 そして懐に入り込むと、袖を握り思い切り上にあげスカーリを投げ飛ばした。

 綺麗な背負い投げが決まり、思いきり背中から落ちたスカーリは悶絶している。


 悶絶しているスカーリにゴミを見るかの様な視線を向けると、私はその場から走り出した。


「クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがぁぁぁぁ! 何が外門が消えてしまいましただぁ? もっと先に伝えるべき事があるだろうがぁぁぁぁ!」


 国民達が王城に侵入してきた事など私は聞いていない。

 私は自室飛び込むと扉に鍵を掛け、王城に敵が入り込んだ時用に造られた引き上げ式の階段を駆け上がり、必死に階段を引き上げ蓋をする。

 そして息を整えると壁に拳を打ち付けた。


 壁に拳を打ち付けると共に、『ボキッ』という嫌な音が鳴り響く。

 私は手の骨を折った私は悶絶しながらも、そこに用意されていたポーションを口にする。


「あ、危なかった。短気は良くないな……」


 手をグーパーさせながら、そう呟くと王の間が騒がしい事に気付く。


「おいっ! 国王はどこだっ!」

「食糧庫に、食糧が残されていないぞっ!」

「どうするのよっ! 王都のフェリーはあの馬鹿の命令で運航停止しているのよ⁉」

「あの馬鹿国王……! いい加減にしろよっ!」

「ユートピア商会の土地を接収した揚句、王都だけフェリーの運航を停止するだなんて何を考えているのっ!」

「商業ギルドも王都から逃げ出すかもしれない……。ああ、なんて私達は不幸なの……」


 聞き耳を立てて見ると、その殆どが私に対する罵倒の数々であった。


「そ、そんな……いや、違う! 私は、私はこの国の事を思って……」


 すると、私の発した声に国民達が反応を見せる。


「うん? なんか声が聞こえなかったか?」

「きっと、国王だ! アイツこの辺りに隠れているのかもしれない」

「徹底的に探せっ! 国務大臣には逃げられたが、アイツさえ捕えられればフェリーの運航停止を解除する事ができる!」


 私はハッとしながらも手で口を塞ぎ、怯えながら私の事を探す国民達の姿を見る事しかできなかった。


 幸いな事に、ここには食糧品の備蓄が整えられている。

 それにこの場所は王族関係者しか知らない。


 王城はいつの間にか占拠されてしまった様だが、まだ希望はある。

 どちらにせよ国王の選出は領主会議により行われる。

 領主会議までに、大臣達が領主達の過半数をこちら側に引き摺り込む事さえできれば私の勝ちだ。


 王城を国民達に占拠されようが、領主会議の決定は絶対。

 それに国民達が占拠した王城も領主達が集まれば流石に引かざる負えないだろう。

 そうなった時が私の勝負時。


 幸いな事に、ティンドホルマー魔法学園の理事と学園長は内務大臣であるスカーリが懐柔している。

 それにスカーリの奴は上手い事逃げる事に成功した様だ。これならまだ勝ち目はある。

 アイツもまだ内務大臣という地位を失いたくはない筈。


 内務大臣という地位を失ってしまえば、ただの糖尿病で痛風持ちの太ったおじさんに成り下がってしまう。

 あいつも自分の立場を守る為に必死な筈だ。

 それならばまだ手の打ち様はある。


 領主会議の開催が何時になるのか、既に私にも分からない。

 とはいえ、領主会談が行われる際には必ず動きがある筈だ。

 私はそれに備え、機微を見極めよう。


 私はそう考えると、潤沢な食糧品に囲まれながら領主会議の行われる日を心待ちにするのであった。

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