ケァルソイ迷宮②

 ケァルソイ迷宮第7階層。

 第6階層と同じ果樹が広がっている。


 しかし、第6階層とは明確に違う点があった。

 それは、果樹の樹液に幻覚効果がある事。


 俺は〔状態異常無効の指輪〕を付けていた為、幻覚の状態異常を受けなかったが、従業員達には効果抜群だ。万能薬を飲む事で、状態異常は解消されたものの、またいつ発症するか分かったもんじゃない。


 ここで撤退してもいいけど、まだ第6階層しか攻略してないし、できれば第10階層位まで行ってみたい。


 俺が「うーん。うーん。」唸っていると、従業員達が収納指輪から飴玉の様なものを取り出した。


「すっかり忘れていました。悠斗様もこちらをどうぞ」


「ありがとう。これは?」


「はい。これは幻覚や酩酊等の状態異常を防ぐ効果のある丸薬です。これを舐めている間、それらの状態異常を防ぐ事ができます。なんでもケァルソイ迷宮の第7階層から第10階層の果樹には幻覚や酩酊効果のある物質が含まれているらしく。それによってエライ目にあった冒険者が後を立たないらしいですよ」


 つまり準備を怠り、第7階層に足を踏み入れると、先程の様に痛い目にあうと……。


 従業員から貰った丸薬を口に含むと、スパイシーな刺激が口の中一杯に広がる。

 なるほど、これは効きそうだ。


 しかし、なんでそんな重要な事を忘れていたんだろう。対策が必要と感じたからこれを用意していたんだろうし……。もしかして、俺と迷宮に入るから浮かれていた?

 いや、流石にそんな事はないか……。


「いや~、久しぶりに悠斗様と迷宮に入ったのが嬉しくて忘れてました! さあ、悠斗様、次の階層に向かいましょう!」


「う、うん……。そうだね……」


 本当に俺と迷宮に入るから浮かれていた様だ。

 従業員が普段俺をどんな目で見ているかを知りたい……。


 そこからのケァルソイ迷宮攻略は楽だった。

 果樹の樹液に幻覚、酩酊効果がある為か第7階層から第9階層迄の間、モンスターは一切現れず、ひたすら果樹の中を歩く事になった。


 モンスターが現れなかった為、魔石や素材などの収穫こそ少ないものの、第7階層から第9階層では様々な果実を手に入れる事ができた。種も入手したし、ぜひ俺の迷宮でも育てたい。


「さあ悠斗様、いよいよ第10階層……。ボス部屋です。準備はよろしいですか?」


 従業員達は剣やナイフを構えると、ボス部屋へと続く扉に手をかける。

 俺は念の為、物理攻撃と魔法攻撃を無効化する〔影纏ウェア〕を従業員達に纏わせると、扉を開ける様にと視線で合図する。


 第10階層のボス部屋の扉を開けると、ボス部屋の中央にある魔方陣が光りだす。

 そこにはアゾレス王国のアンドラ迷宮第30階層にいたボスモンスター、コカトリスが現れた。


 あの時はコカトリスの価値をあまりよく理解していなかったが今なら理解できる。

 コカトリスは口から石化効果のある煙を吐き出すその一方で、コカトリスの血には石化を解除する効果がある。

 教会が万能薬を無償配布している今、石化を解除する効果のある血を手に入れるメリットは少ないが、大量の喜捨をしなければ万能薬を手に入れる事が難しかったあの頃、石化の状態異常を受けてしまった人達からしてみたらコカトリスの素材は喉から手が出る程欲しかった事だろう。


 俺は〔影縛バインド〕でコカトリスの動きを封じると、従業員達がコカトリスに止めを刺す。

 そして収納指輪にコカトリスを収納すると、次の階層へと続く扉が開きだした。


「いや~、悠斗様のお陰で難なくコカトリスを倒す事ができました」


「そんな事ないよ。俺はただ〔影縛バインド〕でコカトリスの動きを封じただけだからね。ラオスさんだってコカトリスを一撃で仕留めたじゃん」


「いえいえ、悠斗様であればコカトリスを〔影収納ストレージ〕に収納する事でもっとスマートに倒すではありませんか。私などまだまだです」


 前々から思っていた事だけど、ラオスさんを始め、従業員達は謙遜が過ぎる気がする。

 今のラオスさんを始めとする従業員達のレベルは80超。

 どこの国の騎士達よりも強い。しかも全員Aランク冒険者のギルドカードを持っている。


 それにAランク冒険者ともなれば、冒険者ギルドから専属契約を持ち出されるし、迷宮で今の給料以上のお金を稼ぐ事もできる。


 あれ? コレやばくない??

 そういえば以前、冒険者ギルドから専属契約を持ち出されていると聞いた事がある様な……。


「そうかな? そういえばラオスさん達、冒険者ギルドから専属契約の話が出ているみたいだけど、あれどうしたの?」


 ラオスさん達が顔を見合わせると、首を振って答える。


「ああ、その件ですか。そりゃあもちろん断りましたよ?」


「あの条件じゃ専属契約を結ぶのはちょっとな……」


「全くだぜ。副業禁止とか自由を求める冒険者に一番課しちゃならない事だろ」


「違いない」


 どうやらラオスさん達は冒険者ギルドの専属契約を断った様だ。

 絶対にそっちの方が給料が高いだろうに勿体無い……。


 それに自由を求める冒険者に副業禁止を課すとか何を考えているんだろう?

 それさえなければ、専属契約を結んでくれたかもしれないのに……。いや、逆か?


 副業禁止を課してくれたからこそ、ユートピア商会に残ってくれたのかもしれない。

 だとしたら冒険者ギルドに感謝しなくては……。


 ラオスさん達は、今やユートピア商会の主力メンバーだ。

 既に無くてはならない存在になっている。


 俺が思い更けている間も話が続いていた様だ。

 ラオスさん達が俺に視線を向けてくる。


「居心地もいいし、こっちには悠斗様がいるからな」


「ああ、ギルドの専属契約よりもこっちの仕事の方が断然良い」


「遣り甲斐もあってちゃんと評価してくれる。報酬の中抜きもないしな」


「全くだ」


 冒険者ギルドの専属契約を蹴ってでも、こちらの方がいいと言ってくれるのはとても嬉しい。


「そっか……。これからもよろしくね。さあ、次の階層はどんなフィールドかな?」


「あ、待って下さいよ。悠斗様!」


 俺は少し照れながらラオスさん達にお礼を言うと、次の階層へ続く扉へと足早に掛けていくのだった。

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