(閑話)ルチアの一日
私は聖モンテ教会、フェロー王国王都支部の司教ルチアです。
先日、大司教……いえ、今はサンミニアート・アルモンテ聖国の教皇となったソテル様により司教の階位に任命され、教区教会でスラムの方に生活魔法を授けたり、怪我をした方に万能薬を配付したり、孤児の世話等をしたりしています。
しかし、最近悩みがあります。
「ルチア様! 見て下さい。今日もこんなに……」
そう、私が若くして司教になったからでしょうか?
教会で万能薬の配布を行う様になってからというもの、聞いた事もない土地の王族を名乗る方やこの国の貴族の方からこんなに沢山のお手紙が届く様になりました。
ああ、手紙を持ってきてくれた彼は、ソテル様に酷い目に合された可哀相な司祭マリオさんです。
ソテル様に酷い目に合されて以降、いつも何かに怯えている本当に可哀そうな司祭様です。
「またですか……」
無下にお断りするのも角が立つし困ったものです。
万能薬の仕入こそ私が行っていますが、万能薬に関する決定権はすべて教皇ソテル様にあります。
先日など、この国の男爵様が教区教会に乗り込んできて、白昼堂々と私を攫おうとしたのです。
本当に信じられません。
この国の治安は一体どうなっているのでしょうか?
まあ私の精霊達が影から支えてくれたので大事に至りませんでしたが、フェロー王国は女性にとって住みにくい所です。
こうしている今も、私の精霊達が悠斗様から頂いた
まあ、精霊は気まぐれな性格をしているので仕方がありません。
「その手紙は後ほど返信しておきますので、机に置いておいて下さい」。
「はい。承知致しました。ああ、ルチア様……」
マリオが沢山の手紙が入った箱を机に置くと、話しかけてきました。
「はい。なんでしょうか?」
「最近夜はどこにお泊りになっているのですか? 修道士達が毎夜ルチア様のお姿が見えないと心配しておりましたが……」。
私は上目遣いでマリオに視線を向けると、こう呟きます。
「……い、言わなくてはいけませんか?」
「い、いえ、問題ありません。失礼いたしました」
風精霊のシュンカとスズカから教えられた事ですが、答えづらい質問はこうする事で、高い確率で回避する事ができるそうです。
私が思うにこれは精霊魔法。きっと相手の判断能力を一瞬だけ鈍くする効果があるのでしょう。
しかし、そのおかげで効果は抜群。
マリオは顔を赤らめて部屋を出て行ってしまいました。
教区教会にも睡眠を摂る場所はあります。
しかし、一度この国の貴族に攫われかけてからというものの、教区教会では安眠する事ができなくなってしまいました。
そんな時、悠斗様に声をかけて頂きました。
おそらく、ユートピア商会に万能薬の仕入れに行った時、余りの眠気に倒れてしまった事で心配をかけてしまったのでしょう。
神様の守護する悠斗様の邸宅であれば、安心して睡眠をとる事ができます。
「さてと、今日も万能薬を仕入れに行きましょう」
万能薬の支払いは聖国が纏めて行って下さるので、私はユートピア商会に向かうだけで必要な本数を手に入れる事ができます。
ユートピア商会に向かう仕度をしていると、シュンカとスズカが私の周りを飛び回ります。
これは、悠斗様からお菓子を貰ってきてほしいの合図……。
流石に、万能薬を貰いに行く度、お菓子をねだるのはあまりよろしくない様な気がします。
「シュンカ、スズカ。最近、悠斗様からお菓子を貰い過ぎですよ」
とはいえ、悠斗様の事です。
今の所ほぼ100%の確率で、
今回もおそらく用意して下さっている事でしょう。
「じゃあ、皆さん。ユートピア商会に行ってまいりますね」
「ルチア様、お気をつけて」
「行ってらっしゃい。お姉ちゃん!」
修道士の皆さんと孤児院の子供たちが門の近くまで送ってくれました。
ユートピア商会に着くなり、
「ルチア様お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
バックヤードでは、いつも通り悠斗様が聖属性を付与する魔道具と万能薬を作成しています。
最近、新たに万能薬を作る部門を立ち上げたようで、その部門の従業員の皆さん全員が聖属性魔法を使える様に悠斗様に付与して頂いたそうです。
かくいう私も聖属性魔法を付与して頂きました。何でも、聖属性魔法を人に付与した事がないそうで、その実験との事です。
「こんにちは、ルチアさん!」
「こんにちは、悠斗様。
そう言うと、恭しくお辞儀をして万能薬と共にお菓子を一緒に付けてくれる。
「いえいえ、粗末なものですが。今回のクッキーはフレーバーを変えてあります。ぜひ皆様とお試し下さい」
「ありがとうございます」
そうお礼を言って万能薬を受け取ると、ユートピア商会の正面入り口がガヤガヤと騒がしくなってきました。
「おいっ! 居るんだろルチアさんよ! さっさとそこから出て顔を見せろっ!」
どうやら私を攫おうとした男爵が、釈放されその足でここまで私をつけてきた様です。
このままでは、悠斗様にも商会やお客様にも迷惑をかけてしまう。
そう考えた私が外に出ようとすると、悠斗様は頭をかきながら「ちょっと行ってくるね。
悠斗様は男爵の目の前に立つと、毅然とした対応を取ります。
「当商会のお客様でしょうか? そうでない場合、大変ご迷惑になりますので、どうぞお引き取り下さい。」
「なんだと、クソガキ! 私が誰かわかっての事だろうなっ!」
「いえ、あなたの名前を聞いておりませんので、知る由もございません。」
男爵は青筋を浮かび上がらせると、声高に叫びました。
「ならば聞いて慄け! 私はニールセン商会のクローネ男爵だ!」
「ああ、万能薬を売れ売れと煩いニールセン商会の方でしたか、他の物は卸しているのに……本当にお客様ではないようですね。どうぞ、お帰り下さい。」
男爵はギリッと歯を噛むと、拳を振り上げる。
「ふ、ふざけるなぁぁぁぁ!」
すると、悠斗様はゆっくりとした足取りで、男爵のつま先を引っかけ転ばせると、黒い刃のような物を突き付けました。
「ふ、不敬……」
「不敬罪は、王族や領地を持つ一族に対し、その名誉や尊厳を害する等、不敬とされた行為の実行による犯罪らしいですよ? フェロー王国では、11の貴族がそれぞれの領を治めていると聞きますが、あなたのお名前は何でしたでしょうか?」
悠斗様の正論に男爵は声を上げる事もできないようです。
「それに、あなたは一度ルチアさんを誘拐しようとして捕まっています。まあ直ぐに出てこられたようですが、期間を置かない内に今度は業務威力妨害に暴行既遂を起こしました。いま私の商会の者があなたを捕まえる為、兵士を呼びに行っています。立て続けに、こうも犯罪行為を犯しては流石の男爵様でも出てくる事はできないでしょう。万が一、出てこられても困りますので、あなたの商会との取引を取り止めます。それでは、兵士が来るまでの間、ゆっくりしていって下さい。勿論、縛られたままの状態でではありますが……。」
流石の男爵もこれにはガックリきたようです。
思いっきり肩を落としています。
そして、暫くすると、兵士の方がやってきて男爵を連れて行きます。
もう二度と出てきてほしくありません。
「ルチアさん。これ肌身離さず持っていて、これを持っていれば大抵の事であれば影精霊が何とかしてくれるからさ。」
そう言って悠斗様がくれたのは指輪でした。
こ、これは! 動揺してはいけません。悠斗様の事です。きっと考えなしで渡したに決まっています。確か、売られている聖属性魔法を付与した魔道具も指輪タイプだったように記憶しています。
とはいえ、私ばかり動揺するのも面白くありません。
だから敢えて、悠斗様の目の前で左手の薬指に付けました。
「悠斗様、指輪ありがとうございます。……似合っていますか?」
すると悠斗様は顔を赤く染め、「似合っているよ。」とだけ呟いてバックヤードに戻ってしまいます。おそらく、指輪を嵌めてもその感想を述べる方はいなかったのでしょう。
それにしても、遣り過ぎたのかもしれません……。まあしかし、意趣返しができたからいいでしょう。
私を攫おうとした貴族は捕まった事だし、シュンカとスズカにお菓子のお土産も貰いました。
悠斗様から指輪を貰う事ができましたし、今日はとても良い一日を過ごす事が出来ました。
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