異端審問官④
異端審問の決行は昼。時間はあまり残されていない。
異端審問官たちは、異端審問官長ドミニカの命令に従い、異端審問の説教時に異端信仰者の拠点であるユートピア商会の破却を行うべくユートピア商会の外壁に沿って爆発物を仕掛けてまわっていた。
しかし、ここで予定外の出来事が起こる。
「くそっ、ここもか……。」
ユートピア商会の外壁はいい、問題は建物に爆発物を仕掛ける事ができない点だ。
建物に爆発物を仕掛ける為に、ユートピア商会の敷地内に入ろうとすると見えない壁に遮られてしまい敷地内に入る所か爆発物を仕掛ける事もできない。
異端審問官は知らない事だが、ユートピア商会は、
当然、爆発物などという悪意の塊のような物を設置するために敷地内に入ろうとする異端審問官たちが入れる訳もない。
「仕方がない……。」
外から入れないなら中から入ればいい。
ユートピア商会には、多くの人が出入りしている。
外の守りは完璧だったとしても、中から入られてはどうしようもあるまい。
「異端信仰者が、面倒をかけさせやがって!」
仕方がなく、異端審問官アンドリューは黒を基調に十字架が描かれた服を脱ぎ、王国民と同じような服装に着替えると、ユートピア商会の正面入り口に向かって歩き始める。
ユートピア商会の入り口に視線を向けると今も多くの人が出入りしている事を確認することができた。
異端審問官アンドリューは、ニヤリとほくそ笑むと、素知らぬ顔で正面入り口の扉を潜ろうとする。
「なぁっ!?」
そして見えない壁に阻まれてしまった。
ユートピア商会内からその姿を見ると、まるでパントマイムをやっているような光景に見える事だろう。
異端審問官アンドリューはしばらく見えない壁を摩り、手で打ち付けるも諦めてへたり込む。
「外だけではなく中までもとは……。な、何故この私が扉を潜る事ができない!」
扉の前で声を荒げると、ユートピア商会常連の冒険者の一人が異端審問官アンドリューに声をかける。
「兄ちゃんよ。変な事を考えながらここを潜ろうとしたろ? ここは悪意や害意を持って入ろうとする者は入れないんだよ。前に俺も同じような事をしちまってよ。お目当ての魔剣を買いに並んだら、先にそれを買われちまったのさ、悔しくて仕方がなかった俺はそれを暴力を持って奪い取ろうとしたんだ。そうしたらどうなったと思う? いつの間にかユートピア商会の外にいたんだよ。まあ悪意や害意がなければ普通に入れるからよ。まあめげずに落ち着いてからまたこいや。」
悪意や害意? なんだそれは?
私は異端信仰者の集まる拠点を破却する為に、態々こんな事をしているんだぞ!
どこに悪意がある。どこに害意がある。
これは異端信仰者を正統側へと導く為に必要な措置だ。正義の行いだ。
私は悪意や害意など持っていない。
「そ、そうか。いい情報を貰った。ありがとう。」
とはいえ、入れないのであれば仕方がない。
方法を変えよう。
さっきの奴は、悪意や害意を持つ者は入れないと言っていた。
では、物ならどうだ? 例えば外から物を投げ入れる。
これなら悪意や害意を持つも持たぬも関係ない。
アンドリューは早速自分の考えを実行する為に行動に移す。
「ふむ、これなんて良さそうだな。よっと!」
アンドリューはユートピア商会に隣接している路地裏に入ると、手ごろな石を拾いユートピア商会の敷地に軽く投げ入れた。
すると、見えない壁に阻まれる事なく、すんなり石が商会の敷地内に入り込む。
「よし。やはり悪意も害意も持たない物であれば問題ないようだな……。」
すんなり石がユートピア商会の敷地内に落ちた事に安堵すると、ニヤリと口を歪める。
散々手を妬かせやがって……しかし、攻略方法さえ分かればこっちのものだ。
アンドリューは、通信用の魔石で他の異端審問官たちに連絡を取ると、一つ一つを数珠繫ぎにした爆発物を次々とユートピア商会の建物に向けて投げ入れていく。
異端審問官長ドミニカ様による説教までもう時間がない。
アンドリューは、ドミニカ様の説教に合わせユートピア商会を破却出来る様に形振り構わず爆発物を投げ入れる。同様の事を異端審問官たちも行っているはずだ。
一頻り爆発物を投げ入れる事に成功したアンドリューは、頬を伝う汗を拭う。
見えない壁に遮られ最初はどうなるかと思ったが、攻略法さえ見つけてしまえば簡単なものだ。
やり切った表情のまま、アンドリューがその場を立ち去ろうとすると、突然後ろから声がかかる。
「あなたが投げ入れたのは設置型の爆発物ですか? それとも起動型の爆発物ですか?」
アンドリューが後ろを振り向くと、先ほど投げ込んだ筈の爆発物を抱えたメイドの姿が目に映る。
「はぁ?」
裏路地に大量の爆発物を抱えたメイドが立ち微笑みを浮かべている。
余りにありえないその光景につい「はぁ?」と口にしてしまった。
そして、そのメイドはユートピア商会を破却する為に用意した爆発物を抱えたままの姿勢で、私の目の前まで来ると、見えない速度で私に足払いを仕掛けてきた。
足の骨がボキッと折れる音がする。
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
余りに突然の出来事につい悲鳴を上げてしまう。
そして、そのメイドは足が折れのた打ち回る私の両腕にそっと手刀を切ると、腕の骨の折れる音が聞こえてきた。あまりの痛みに悲鳴どころか涙しか出てこない。
揚句の果てには、両腕両足の骨を砕かれ動けない私に、先ほど投げ入れた爆発物を丁寧に床に敷き詰め、そこに一枚の板を乗せると、その上に私を放り投げた。
そして、私の周りに筒状の壁を築くと、「良い花火を打ち上げて下さいね。私は次の方の元に行かなければなりませんので……。」と呟き、笑顔のままそのメイドは去って行った。
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