狂信のソテル③
大司教ソテルは、話しかけてきた少年に笑顔を向けると「あらあら」と呟き、修道士ルチアに伸ばしていた手を引っ込めると、しゃがんで、その少年と目線の高さを合わせる。
「あらあら、可愛い子が森に入ってきましたね。あの子の加勢でしょうか? いえ、もしかしたら迷子なのかもしれませんね。ボク、どこから来たの? お父さんやお母さんから逸れてしまったのでしょうか? こんな森深くに探検しに来ちゃダメでしょう?」
まさか視線を合わせた上で、迷子を見つけたかの様な事を言われると思わなかった悠斗は、少しだけ後ずさるも、足に怪我を負い血で地面を濡らしている女の子に指を向けて声を張る。
「いや、それどころじゃないでしょ。アレ、ヤバいですってアレ! 血流してるじゃないですか! 早く怪我を治してあげないと危険ですよ!」
悠斗は収納指輪から万能薬を取り出すと、ルチアに駆け寄ろうとする。
それを見たソテルは、深い笑みを浮かべ、ルチアの前に割って入る。
「あら、あらあら……あなた、それは?」
急に間に割って入られた悠斗は、驚きの表情を浮かべると口早に答える。
「これは万能薬ですよ。飲むことで体力回復と怪我の治療を同時に行う事ができます。そこをどいて下さい。手遅れになったらどうするんですか!」
「そうですか。そうですか。
ソテルは横目でルチアを見ると、手のひらを向け回復魔法を使用する。
「血を失い著しく体力を消耗しているので直ぐに動くことはできないでしょうが、これであの子の傷は完全に癒えたはずです。それより、あなた。なぜあなたがその万能薬を持っているのです? 貴族の子供……それとも教会に枢機卿クラスのお友達でもいるのでしょうか? いえ、いえいえ、違いますね。あなた……もしかして、ユートピア商会もしくは私の商会の関係者ですか? そうですか、そうですか。」
勝手に納得しては話を進めていくソテルに気味が悪いと思いながら後退ると、突然風が舞い深々と悠斗の腹に杭が突き刺さる。
「あら? あらあら? おかしいですね。確かに腹部を刺したと思ったのですが……あなた、何で生きているのですか?」
腹を杭で貫かれ茫然としている悠斗の目の前では、悠斗に突き刺さったままの杭をズルリと抜き取ったソテルが狂気的な笑みを浮かべている。
ソテルは「おかしいですね。おかしいですね。」と呟きながら、杭に手を当て刃に沿うように滑らせる。
「血は付いていませんし、刃から温度も感じません。まるで無機質な何かを通り抜けたかのよう……あなた、とても面白い身体の構造をしているのですね。いえ、もしかしてこれは何かのスキルでしょうか? しかし、杭で刺し貫いたにも関わらず、表情を変えないなんて驚きです。本当に不思議ですね……研究のし甲斐があります。ふふふっ……ああ、ああっ! あなたのおかげでとても楽しい時間が過ごせそうです! しかし、いけません。いけません。私には、神より与えられし使命があります。ああ、困りました。困りました! どうすればいいのでしょうか。神の使命と私に与えられた時間との板挟み……ふふっ、初めての経験です。そうです! 良い方法を思いつきました。」
ソテルは名案ですとでも言わんばかりの顔を悠斗に向けると、表情を火照らせ杭に舌を這わせながら呟く。
「ルチア共々、あなたも連れ帰りましょう。何故こんな簡単な事に気付かなかったのでしょうか……刃を通り抜け、血も滴らない……あなたの身体、とても素晴らしいです。血を失い憔悴しきったルチアの表情も素敵ですが、あなたのその身体も素敵です。彼は敬虔なる門徒である私に対するプレゼントなのでしょうか? 持ち帰った後はどのように実験を致しましょう……今から楽しみで仕方がありません。ああ、しかし扱い方に困ってしまいますね。死なずの身体など聞いた事がありません。どうしましょう。どうしましょう!」
そうソテルが呟くと、悠斗の視界からソテルが消える。
そして、次の瞬間には、背後から刺され腹部に深々と突き刺さる杭の先端が目の前にあった。
「ああっ! 考え事をしていたら深々と突き刺してしまいました……どうしましょう。どうしましょう。殺してしまいましたでしょうか? 困りました。困りましたね……あら? あらあら? 本当にあなたの身体はどうなっているのでしょうか? 深々と杭を差し込んだにも関わらず、血の温もりも、冷たくなる体温も感じることができません。ああ、残念です。とても残念です。」
ソテルはそう呟きながらも、杭をグリグリと悠斗の身体に貫通させる。
余りに抵抗がない事に疑問に思ったソテルが、身体に突き刺さったままの杭を横に払うと悠斗の身体は真っ二つに分断される。
「あら、あらあら?」
まさか真っ二つに分断されると思っていなかったソテルが、悠斗の手を掴むと「ああ、そう言うことですか……。」と呟いた。
「何らかのスキル……いえ、これはユニークスキルですね。逃げられてしまいましたか……。」
そう呟くと、手に取ったはずの悠斗の身体が黒く染まり空気中へと溶けていく。
「仕方がありませんね。ルチアを回収できるだけでよしと致しましょう。」
消えゆく悠斗の姿を目に焼き付けたソテルがルチアのいる方向に視線を向けると、血で黒く染まり、風で抉れた地表だけが残されていた。
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