とあるギルドマスターの憂鬱

 ユートピア商会がオープンして1週間が経った。

 生鮮食品と雑貨の一部の商品価格を10倍に上げた影響で、生鮮食品と雑貨の売上は全くと言っていいほど上がっていない。

 その反面、インテリア用品や照明器具、冷蔵庫の売れ行きが好調で留まるところを知らない。

 ついには、フェロー王国の王族から照明器具と冷蔵庫の大量注文が入ったほどだ。


 建築資材やポーション、紙についても、【私の商会】やハメッドさんの力添えにより安定した収益を生んでいる。


 一方、大通りで営業している同業の商会も嬉しい悲鳴を上げていた。

 ユートピア商会が、同業の商会と被る一部の商品価格を10倍に引き上げたことで、商業ギルドから貰える支援金の金額も10倍になったためだ。


 同業の商会が嬉しい悲鳴を上げている一方、商業ギルドのギルドマスター、ミクロはギルドマスター室で頭を抱えていた。


「なんでこうなるの……。」


 そう、本当になんでこうなったんだろう。


 普通の商会が商業ギルドに敵対した場合、商業ギルドの支援金により同業の商会が商品の価格を下げだすと、商業ギルドと敵対している商会は、途端に商会経営が成り立たなくなり、頭を下げ『商業ギルドに加入させてください。』と懇願してくる。これが、今までの経験則パターンだったはず……。だからこそリマ様にも提案し、承認を貰った。


 それなのに……まさか、価格を10倍にしてくるとは思いもしなかった。

 これでは、無意味に通常より多くの金額を支援金としてばら撒くことになってしまう。

 それに、一度公表した以上支援金の支給を取りやめることもできない。


「普通、少しでも損失を減らすため価格を下げて販売するでしょ!!」


 シンッと静まり返ったギルドマスター室でミクロの独り言は続く。


「それに……ジュリア!! 何で契約を更新しないのよっ!!」


 そう、王都の商業ギルドはいま、深刻な人材不足に悩まされている。

 元々、50名いたはずのギルド職員のうち、20名もの職員が契約を更新することなく辞めてしまった。


 ジュリアが悠斗との会話に割り込んで来た時、嫌な予感はしていた。

 それもそのはず、明らかにユートピア商会の方が条件がいいのだ。

 商業ギルドの福利厚生や給与体系は他の商会で働くよりかは高給なものの、ユートピア商会の求人と違い、無給の休日出勤や時間外労働は当たり前、賞与もなければ退職金もなく固定給のみの支給。

 これでは、良い求人を見つけた瞬間、契約の更新などせず、そっちに行ってしまう。

 私もこの状況を改善しようと何度も要望書を提出したり、直談判した。

 しかし、フェロー王国統括の評議員リマ様は全く聞く耳を持ってくれない。


 私自身の給料もギルドマスターなのに、月当たり白金貨4枚(約40万円)。ギルドマスターなのに年収白金貨48枚(約480万円)なのである。全く責任と年棒が吊り合っていない。


 閑話休題。


 しかも、その元職員たちは現在、商業ギルドと敵対しているユートピア商会の従業員として働いているのも悩みのひとつだ。


 商業ギルドの掲示板には貼ってあるものの、元職員たちがユートピア商会の従業員となったことで、商業ギルドがユートピア商会に対して行っている妨害工作の内容が佐藤悠斗に筒抜けになってしまう。


 ミクロは椅子に深く腰掛けると宙を仰ぎ、ため息をつく。

 ことの始まりは元Aランク商人、佐藤悠斗が商業ギルドを辞めると言い出したことが切っ掛けだ。


 しかし、妨害工作をした結果がこれでは、独り言のひとつでも言いたくなる。

 元Aランク商人、佐藤悠斗がいつ戻ってきても良いように、ユートピア商会にとって致命的となるような悪いうわさ話は流さず、その代わりに、悪徳貴族や商人たちに、佐藤悠斗の情報を流すことで、いつ商業ギルドに縋り付いて来てもいいよう準備を進めているが、それも全く功を奏しない。


 商品の流通元を断とうにも、流通元が分からない。

 支援金を支給することで、周りの商会が値段を下げようにも、逆に上げてくる始末。

 今後の関係を考えると、悪い噂も流せない。

 リマ様の指示により、スラムの人々を従業員として送り込むもまさかの全員採用。

 そして、商業ギルドから送り出したスパイたちは全員不採用……。


 はっきり言ってお手上げである。

 なにより、数週間後に訪れる支援金の支給日が恐ろしい。


 商業ギルドでは、数日毎に、支援金の支給対象となる商会に対し、売上報告を義務付けている。

 今回、ユートピア商会の近くに出店している商会から大量の売上報告が届いたが、わずか数日でとんでもない支援金の額が積み上がっていた。


 その金額、白金貨10,000枚(約10億円)。


 それもこれも、ユートピア商会が一部の商品(特に剣や盾などの雑貨)の価格を10倍に設定したためである。


 また大通りで営業する一部同業の商会では、商会同士でどちらがどれだけ安く売るかという熾烈な価格競争が起きていた。

 それもこれも、商業ギルドの支援金があるからこそできることである。


 これには今回の件を取り仕切る評議員のリマや商業ギルド側としても頭を痛めていた。

『ユートピア商会で販売されている商品の価格との差額を商業ギルドが負担する』といった支援金の支援内容が派手に裏目に出た形である。


 これでは、支援金の手を引いた瞬間、大通りにあるユートピア商会と同業の商会が連鎖的に倒産してしまう。一度価格競争を展開してしまった結果、剣の価格は鉄貨1枚(約100円)といったような認識が客の中で定着してしまい、今後適正値に戻したところで割高に感じてしまう。しばらくの間、厳しい経営を迫られるだろう。


 かといって、支援金がなければ、近い将来、大通りにある商会は潰れ悠斗の運営するユートピア商会ひとつになることは目に見えている。


 ミクロは憂鬱な気分のまま、今日も徹夜で仕事に精を出すのであった。


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