第29話 復興支援の旅のために私に予算をください(1枚目15日目・7月4日)

いよいよこのマスクとも半月を共にしたこととなる。

休前日ということで強かに飲んだ後なのであるが、だからこそマスク洗いが殊に心地よい。

平和に在る水の有難みというのを噛みしめる災害も起きてしまった。

だからこそ、この平穏の中で思考を留めるわけにはいくまい。


本日は朝起きてから痛ましい情報の津波に呑まれた。

夜半の豪雨というのがいかに難しく、また容易く人を弄ぶものだと痛感させられた。

そして、現実として災害が起きてしまった以上はどのような支援が行えるかを考える必要がある。

そうした際、個人的に行う安易な安否確認だけは避けるべきであるというのが持論であるのだが、これは熊本地震での私自身の体験による。

出てくる情報を元に安否を祈るというのは心を割かれる思いがするが、それによって被災者自身の非難が遅れれば元も子もない。

また、避難中に連絡をされるというのは行動に遅滞を生じさせ、身の危険を高めることとなる。

一方、ソーシャルメディアを利用した被災者からの安否情報の発信が最も有効であるというのもこの時に感じた。

こちらは一方的に、つまりは被災者の都合の良いタイミングで情報を出すことができ、一定の危険を配したうえで動くことができるので安全性が高い。

故に、知り合いの無事はまずSNSでの動きの有無を見ることとしている。


一方、現地へ乗り込んでのボランティア活動については、まとまった休みが取れない限りはあまり考えないようにしている。

元々から土地勘がない場所で活動が苦手ですぐに迷ってしまうような人間が、道路などの寸断が予想される場所に行けばどうなるかなどお察しである。

加えて、体自体がそう強い方ではないため、水害などの型付けの協力をしてたちまちのうちに病んでしまえば迷惑をかけるだけとなってしまう。

それならばまずは金を出す、物を出すといった支援を優先する方が効率的と考えてしまうのだ。

また、一時避難してから被災地に戻る人々に物資を配る方々もあるが、長持ちするものであれば非常にありがたい。

人によって状況が違うため、そうしたものの不足する人々に再度配布することも可能だからである。

逆に、戻る当人たちはそれなりの準備をして戻る場合が多いので、さほどに物資の緊急性は高くないことが多いのではなかろうか。


そして、何よりも私が重視するのは落ち着いた後にその地を訪ねて観光することである。

こうした時に私の稼ぎが多ければ、と悔やまずにはいられないが、とにかくその地で金を使うことに意識の第一を置く。

初期段階の募金でそれだけの金を出せばよいではないかと言われそうであるが、人には生業が必要であり、その生業を維持するには客が必要であり、その客を外からも集める必要がある。

ここに楔が打たれてしまえば再建しようとした生活の回転が止まり、やがてはその地域の死に至る。

独り身の気楽さで飛び込んでしまえるからこその活動であり、こうした時の迷子は新たな出会いを生むから大歓迎である。

いずれ球磨川もと思うが、焦っては迷惑をかけるばかりである。

今はこれ以上の犠牲が出ないことを祈るばかりである。


昨日とはうって変わってしまった状況にも、干されたマスクの姿は変わらない。

日常が変わらぬ以上、明日もまた共に過ごすばかりである。

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