第235話 ヒーロー・コンフューズ

 フォンの苦無と鍔迫り合うクラークの剣。双方の筋力は拮抗していた。

 忍者と同等の力を手に入れたのは、やはり間違いないようだ。ついでに言うなら、相変わらずクラークの目の中には、ハンゾーに操られた証である蛇の文様が浮かんでいる。


「この腕力……さっきもそうだったけど、ハンゾーに強くしてもらったようだね!」

「知ったこっちゃねえ! これは俺の強さだ、勇者の本当の力だァ!」

「違う、偽りの強さだッ!」


 右手だけでなく、左手でも苦無を持ち、フォンはクラークの攻撃を弾く。

 二、三度斬撃を交えた二人は、打ち合わせしたかのように距離を取り、叫んだ。


「マリィ、火だ!」

「クロエ、矢を!」


 ともに求めたのは、後方でそれぞれの武器を構え、バックアップに徹する仲間の名だ。

 マリィが構えた杖の先端から、太陽の如き巨大な火球が膨れ上がる。クロエが番えた矢の先端に、槍を模した鋭い炎のエネルギーが発現する。

 互いに補助を頼んだタイミングが同じであるように、彼女達の攻撃の瞬間も同じだった。


「『爆炎球フレイムスフィア』!」

「『忍魔法矢シノビショット』――『猛火槍バーンランス』!」


 二人の背後から放たれた火球と炎の槍が、双方の眼前で激突した。

 近づくだけで肌を焼くような力は、最初はぶつかり合っていたが、たちまちクロエの炎がマリィの日を上回り、クラーク達を貫かんと襲い掛かった。


「そんな、私の炎が……きゃあぁ!」


 元勇者パーティのコンビは辛うじてかわしたが、クラークの頬には何かが掠めたような跡がついていた。クロエの矢ではなく、マリィが放った火球が彼に近すぎたのだ。


「何やってやがる、マリィ! 俺まで巻き込みかけやがって、この無能が!」

「……次、私を無能扱いしたら、本当に巻き込んでやるわよ……」


 ぎゃあぎゃあと怒鳴り散らすクラークに対し、マリィは軽い舌打ちと共に殺意を露にする。こんな二人が、息の合ったフォンとクロエに敵うはずがないだろう。


「はっ、そんなコンビネーションであたしとフォンに勝とうだなんて、百万年早いね!」


 クロエが次の矢を構え、風の力を纏わせる。


「フォン、マリィの動きはこっちで止める! クラークを倒すのに集中して!」


 彼女に全幅の信頼を寄せるフォンが、仲間を疑う理由はなかった。マリィの妨害を完全に阻止してくれると判断したフォンは、豪快な攻撃で敵を鎮める戦法を選んだ。

 苦無を仕舞い、これまたどこからともなく取り出したのは、『王来の間』で勇者パーティとリヴォルを吹き飛ばした、巨大な鉄の扇。勢いよく開いたそのさまは、これまでのフォンと違う、忍ばない意志の体現だ。

 変化を察したクラークが、口喧嘩をやめて突撃してくるが、今のフォンにはいい的だ。


「ありがとう、クロエ! ならこっちも……秘伝忍術『剛壊ごうかい』ッ!」


 バチン、と勢いよく音を立てて閉じた扇を持ち上げ、フォンは刃を振りかざすクラークめがけて、鋼の武器を振り下ろした。

 いかにクラークの剣が勇者のオーラに纏われているとしても、忍者秘伝の武器を斬り裂けない。しかも、質量と腕力の差で、攻撃を仕掛けた方が圧倒される始末だ。


「なんだ、俺の斬撃諸共圧し潰して、う、ぐわああぁぁッ!?」


 あっさりと吹き飛ばされ、マリィの足元まで転がったクラークに、フォンが告げた。


「忍者の力を甘く見ない方がいい。腕力も、技術も、僕の方が君より上だ」

「な……め、んじゃねえええ!」


 勝利など凡そ遠いと警告しても、クラークも、マリィも聞く耳を持たなかった。

 剣を携えた彼が突進を仕掛け、マリィが炎や突風の魔法を放っても、フォンにはまるで届かない。斬撃は悉く弾かれ、魔法は悉く撃ち落とされるからだ。

 互いにフォンを倒すことにしか固執していないコンビでは、とてもではないがフォンとクロエの絆を打ち破れないだろう。どちらがどう動くかを完全に把握した二人は、的確に相手の攻撃手段を打ち砕いてゆく。

 このままいけばいつかぼろが出て、マリィがクラークに魔法を当てるか、クラークの弾かれた剣がマリィを貫くだろう。だとしても、彼らは攻撃の手を緩めないのだ。

 ハンゾーの洗脳とはここまで強力なのかとフォンは思った。

 だが、そうではなかった。クラークが戦う理由は、別にあった。


「俺は、勇者だ! 英雄だ! ギルディア最強の冒険者なんだ! そうじゃねえと、俺は、俺は何の為に紋章まで刻み込んで、俺はああぁッ!」


 ――彼は、認めたくなかったのだ。

 ぶつかり合う彼の目をもう一度見据えたフォンは、蛇の文様の奥に、クラークの真意が隠れているのを悟った。彼の原動力は怒りではなく、悲しみと苦しみのるつぼなのだと。

 全てを知ったフォンの瞳から敵意が消え、代わりに憂いが生まれた。


「……そうか、そうだったのか」


 勇者の剣に鉄扇を激突させながら、フォンはクラークに問いかけた。


「クラーク――君は何になりたいんだ?」


 鉄同士が衝突する不快な音が、一歩退いた勇者の顔を歪ませた。


「なん、だ、と?」

「君は本当に勇者になりたいのか? ちやほやされる為に、偉ぶる為だけに勇者の道を選んだのか? 付き人だった頃から、ただそれだけの為に生きてきたのか?」

「てめぇが、決闘の時に言っただろうが! その通りだってなァ!」


 マリィの魔法も、クロエの矢も放たれなくなった。破壊された広間の中に、フォンとクラークの声だけが響き、忍者は静かに首を横に振った。


「いいや、違う。僕は、初めて会った時から、ずっと君を勘違いしていた」

「アァ!?」


 血管が浮き出るほど強く剣を握りしめたクラークを、フォンが見つめた。

 彼にとって、クラークとは野蛮で、危険な男だった。自分の利益と栄光の為であれば仲間すら犠牲にして、己だけが偉大に見え続ければいいと考えているのだと思っていた。

 しかし、そうではない。フォンはようやく、クラークの心に触れられたのだ。

 たとえ彼が望まずとも、フォンは気づけたのだ。


「傲慢で、人のことなんて微塵も考えない男だと思い込んでいた。だけど、勇者を目指す人間が邪な志しのまま、生きていけるはずがない。君の師匠も、君を見込むはずがない」

「何が言いてえんだ! はっきりと言いやがれ、フォン!」

「やっと分かったんだ。僕が君と決着をつけるのに必要なのは、命の奪い合いじゃないって。僕が僕を取り戻した時と同じなんだ」


 もう一度フォンを斬りつけようとしたクラークの前で、彼は予想外の行動を取った。


「クラーク、君が求めているのは勇者としての栄光じゃない。それを今、証明するよ」


 なんと、フォンは鉄扇を手放し、明後日の咆哮に投げてしまったのだ。

 苦無はまだ残っているが、圧倒的な有利を齎す武器を自ら捨ててしまったのは、この場においては異様極まる行為だ。クロエどころか、マリィですら意味が理解できていない。


「武器を捨てた!? フォン、どうしたの!?」

「なんだか知らないけど、好機ね……!」


 クラークはというと、舐められているとでも思ったのが、未だに動こうとしない。


「……フォン……!」


 鬼の形相で彼を睨むクラークに、フォンは言った。


「――僕を殺してみろ。己が犯した過ちに、永遠に呪われる覚悟があるなら」


 彼は、元勇者に賭けた。

 残虐に見える男の人間性と――その間に見出した真の意志に、賭けたのだ。


「クロエ、手出しは無用だ。勿論、マリィも」

「そんな……!」

「手出しなんてしないわ。自分から死んでくれるなんて、好都合だもの」


 いきなり降って湧いた絶好のチャンスを、クラークはともかく、マリィが逃すはずがない。

 フォンの指示に従って動かないクロエとは違い、彼女はクラークに歩み寄り、甘い言葉を囁いた。洗脳にも似た、勇者の心を乱す、惑いの言葉を。


「さあ、クラーク。愛しい私のクラーク。フォンを殺して、勇者になりましょう。私とサラとジャスミンと、もう一度全てをやり直しましょう」


 そして元勇者も、躊躇う理由はないと確信していた。


「……言われなくても、やってやるよ……!」


 剣がぎらりと光り、勇者の狂った瞳を映し出した。

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