第229話 パラディン・ヴェンジェンス①

 忍者パーティが屋根へと向かう一方、宮殿の中にはでは死闘が繰り広げられていた。


「死ねえ、人間共ッ!」

「忍者兵団、進軍せよ! 忌まわしき国王の首を取れ!」


 凄まじい勢いで襲撃してくる忍者と、宮殿と中にいる無力なお偉方を死守する人間達との、肉塊と血しぶきが舞い散る激闘だ。

 騎士や護衛の兵士達も奮戦するが、亜人の忍者はあらゆる点で彼らを上回っている。

 それこそ、容易く人間を肉の塊へと変えて、逃げ惑う肥えた大臣の喉元を掻き斬ろうとするくらいには。武力を持たない人間は、ただ泣き喚くばかりだ。


「ひいぃ、死にたくないぃ――っ!」


 ただ、彼らは運が良い。


「そうはさせないわよ、私の目が黒いうちはねッ!」


 宮殿の入り口から飛び出してきた増援の騎士と、蛇腹剣『ギミックブレイド』を振るうアンジェラ、そしてアルフレッド第一王子の攻撃が間に合ったからだ。

 他の騎士達はともかく、アンジェラの蛇腹剣は蛇どころか竜の首の如く、忍者の黒装束を鮮血で染め上げる。人の肌と違う色の腕を、足を斬り裂き、抉り取ってゆく。


「な、なんだ、この女はぎゃばらあぁ!?」


 最も近くにいたエルフの体に巻き付き、引き裂いた剣を手元に戻し、彼女は叫んだ。


「皆さん、通路へ! 急いでッ!」


 言われるまでもないとばかりに、護衛騎士と大臣達、そして国王と妻が宮殿の地下へと逃げてゆく。あれを獲物の群れだと判断した忍者兵団は追いかけようとしたが、鼻息を荒くしたアンジェラが単身立ちはだかり、刃を抉れた字面でかち鳴らした。


「言っておくけど、私を殺さないとこの先には行けないわよ。貴方達の一人でも通すつもりはないから、殺すつもりでかかってきなさい!」


 忍者に突撃する彼女の後ろから、アルフレッド達も追撃を仕掛ける。


「アンジェラ、無理をしてくれるな! お前達、通路への防衛線を死守しろ!」

「「うおおおおぉぉ――ッ!」」


 ならばとばかりに、忍者兵団も騎士の軍団へと突撃した。


「人間は皆殺しだ、忍者の力を見せてやれええぇッ!」


 果たして、王宮の広い中庭は、小さな戦場と化した。

 巨大な忍者が騎士を叩き潰し、複数の騎士がドワーフの忍者を左右から斬り倒す。血で血を洗う地獄の様相は、増え続ける双方の援軍のせいで、更に拡大する。

 そんな中、一人で複数の忍者を斬り払うアンジェラと、白銀の刃で堅牢な忍者の体を簡単に真っ二つにするアルフレッドの存在は、人間側に形勢を傾けるのに十分だった。

 背中合わせで忍者の返り血を浴びて戦う二人に、騎士が三人駆け寄ってくる。


「王子、大広場にいた忍者は全てこちらに向かっているとのこと! 街の人々への被害は今のところ抑えられていますが、その分こちらの敵の数が凄まじく……!」


 忍者の数と質に怯えている彼らを、二人は戦術の付与と共に鼓舞する。


「狼狽えるなっ! 敵の数は多く見えるが、総数ではこちらに利がある!」

「なるべく敵一人に対して、最低でも三人で戦って! 決して一対一の状況を作ってはダメよ! 相手は忍者の得意技、不意打ちを仕掛けてくるから、正面から攻撃しないようにしなさいッ!」


 まるで忍者と、或いは亜人と戦い慣れているかのようなアンジェラとアルフレッドの指摘――恐らく実際に戦った経験談を聞き、彼らは互いに顔を見合わせ、剣を強く握る。

 兜の奥は見えないが、この調子であれば忍者とも戦えるだろう。


「了解しました!」

「お前達、聞いたな――んがばッ」


 その勇気が、もう少し早く芽生えていれば、の話だが。

 己を奮い立たせた騎士達の背後に何者かが現れたかと思うと、それは踊るような動きで、掌から生えた刃で騎士を鎧諸共細切れにした。

 腕が、足が、頭が落ちるさまを見て、アルフレッドは目を見開いた。

 しかし、アンジェラはそれの到来を予期していたかのように、頬の血を拭って言った。


「……やっぱり、来たわね」


 彼女の眼前にいたのは、人形使いの忍者、リヴォル。そして彼女の人形のレヴォルだ。

 右目と右腕を失った少女の忍者だが、その実力は全く衰えていない。殺意の覇気を放つアンジェラを見ても、彼女は戦いと殺しを楽しむ狂気の表情を隠そうともしないのだ。


「久しぶり、女騎士さん。もう会いたくなかったけど、騎士を皆殺しにしろってハンゾーの命令だから、仕方なく来てあげたよ」


 けらけらと笑うリヴォルに、剣を構えたアルフレッドが吼える。


「貴様、人形使いの忍者だな! 俺をまた攫いに来たのか!?」

「ううん、違うよ。目的は武力による殲滅になったから、もう王子様は用済み。そこの女騎士と一緒にさっさと殺しちゃうだけだから、安心してね」


 指の動きに応じて動く人形に対し、アンジェラも蛇腹剣をだらりと垂らす。


「……その願いは叶わないわ。私が復讐を果たすのが先よ」


 逆恨みに近い形で家族を殺された以上、アンジェラはどうあっても彼女を許すつもりはなかったし、ここで決着をつけるつもりだった。

 さて、リヴォルはというと、アンジェラの話を聞いて心底呆れているようだった。

 まるで子供の我儘を何時間も聞かされたかのような顔で、彼女は口を尖らせる。


「そう、そこなの。あなたのことなんてどうでもいいのに、たかだか家族を殺したくらいでぎゃあぎゃあ喚いてキレるんだもの。私のレヴォルも、もう疲れちゃったんだよね」


 リヴォルにとって、そんな面倒な輩を黙らせる方法はただ一つ。


「だから、今日ここで家族の元へ送ってあげる! 死にたくないなんて喚いて、小便垂れ流して死んだ弟にもやっと会えるね、きゃははははッ!」


 自分が殺した有象無象と同じように、あの世に送ってやることだけだ。

 嘲笑も、レヴォルの嘲るような動きも、アンジェラの怒りを爆発させるには十分過ぎた。


「――王子、手出しは無用ですッ! 今ここで、こいつはブチ殺すッ!」


 怒りで唇を噛み切ったアンジェラが、『ギミックブレイド』を鞭の如く振り回しながらリヴォルへと突進した。

 リヴォルもまた、レヴォルを操って蛇腹剣を防ぐ。


「そうはいかん! 忍者と一対一で挑むなと言ったのは君だ、俺達も加勢する!」

「下っ端忍者達、手伝いなさい! 一人として逃がしちゃだめだよ!」


 アルフレッドや周囲の騎士が援護するのを見たリヴォルの命令で、近くの雑魚を今しがた殺した忍者の雑兵が、人間共を迎撃する。

 白い髪が、肌が有象無象の血で汚れるのを、彼女は心底喜んだ。

 これから始まる残虐絵巻に、アンジェラもアルフレッドも関係ない。復讐も敵意も関係ない。ただただここに存在するのは、自分が主役の殺人劇なのだから。


「それじゃあ、レヴォル! 手加減無用で楽しもう、殺戮と破壊をね!」


 頬まで避けた口をこれでもかと開き、リヴォルは心から笑った。

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