第217話 祝祭と忍者⑤

 だとしても、アルフレッドが臆する理由にはならなかった。


「俺を仕留めるとぬかすか、笑止! 俺をミルドレリア王国の騎士にして第一王子、アルフレッド・バルデューレ・ミルドレリアと知って挑むとは! 父上でなく、母上でもなく俺を狙うなど、己の力を過信しすぎたな、忍者!」


 彼が大袈裟なほど力強く振るう剣に、次第に銀色の光が迸り始める。

 何が起きているのかと、下らない大道芸を見るかのような目で見つめるリヴォルの前で、剣が太陽の如く輝き始めた。

 まさに王の威光、血を受け継ぐ者にのみ許された能力。かの勇者クラークが用いた勇者の波動にも似た力を手にしたアルフレッドは自慢げに刃を突き付けるが、それを見つめるリヴォルはやや冷めた調子だった。


「…なにそれ、魔法?」

「わが王族にのみ流れる魔力の血筋にだけ許された秘剣、魔力を込めた『白銀の剣』だ! 勇者に匹敵する斬撃魔法の力、とくと思い知るがいい!」


 反応が薄ければ、裂いた肉の痛みで思い知らせてやると言わんばかりに、アルフレッドは剣を両手で構えて斬りかかった。

 アンジェラをして相当な腕前だと言わしめる剣術は、確かに忍者であるリヴォルの目の動きを一瞬だけ惑わせた。前方から突っ込むと見せかけ、刃の放つ光で目を眩ませて別方向から攻撃を仕掛けるのだ。

 亜人や国に仇成す者を何人も肉塊に変えてきた必殺剣、そう避けられる技ではない。


「うーん、脅威かって言われるとそうでもないかも?」


 尤も、相手が忍者であるなら、話は別だが。

 リヴォルは指の動きでレヴォルを引き寄せ、アルフレッドの大ぶりな一撃を防御させた。


「ぐッ!?」


 まさかあっさり防がれると思っていなかったのか、つんのめるようにしてアルフレッドがレヴォルの空虚な顔に頬を寄せる。人に近く、しかし人の顔をしていない奇怪な人形に思わず冷や汗を流すと、恐怖を察したリヴォルが笑った。


「剣術と魔法の切れ味は確かにいい筋してるけど、直線すぎるよね。そんなのじゃあ、私とレヴォルのコンビネーションは破れないよ!」

「ぬ、このぉッ!」


 煽られた王子は恐れを怒りに変え、猛攻を仕掛ける。上下左右、様々な方向から振り放たれる魔法の剣は、一般的な兵士程度であれば逃れられない死そのものだ。

 だが、相手は忍者である。レヴォルが離れようとも、リヴォルだけでも簡単に避けて見せる。何度刃が振り下ろされても、何度突きを放たれても、結果は変わらない。

 大臣やアンジェラにも尊敬された攻撃が当たらない事象が、アルフレッドを焦らせる。

 そして彼の焦りは、明確なリヴォルによる反撃の機会となった。


「ついでに言うなら、私だけに気をとられてると……ほらッ!」


 リヴォルと目が合い、アルフレッドが危険だと悟った時には、遅かった。

 背後から迫りくるレヴォルを操っていたと知った瞬間、アルフレッドの剣を握った手が突如として自由を失った。何が起きたのかと自分の手を見つめた彼は、後ろから延びている無数の白い紐に、前腕と剣が雁字搦めになっているのに気付いた。

 解かねば、と考えるよりも先に、今度はもう片方の腕に紐が絡みつく。

 逃れなければ、と考えるよりも早く、両脚にも紐が巻き付く。


「ぐあああぁ!?」


 武器を奪われたアルフレッドは、容易く地にへばりついてしまった。床に強く顔を打ち付けた彼が、鼻血を拭くよりも先に後ろに顔を向けると、レヴォルの口から出てきた何本もの紐が自分の動きを封じていた。

 人型のそれが口から紐を放つなど奇妙な話だが、今重要なのは、体力にも剣技にも自信があったアルフレッドが手も足も出なかったことだ。しかも、彼を簡単に圧倒したリヴォルは、まだ余裕を二十分に残しているようである。


「はい、あっさり捕縛完了。お兄ちゃんを捕まえるより百倍は簡単だったね、レヴォル?」

「なんだこの紐は……体に絡みついて、離れない……!?」

「凶暴なヒトクイゴケグモ二百匹分の糸を編んだ紐だからね、鎧より硬いんだ。あんまり動くと肉が食い込んで千切れちゃうから、大人しくしておいた方がいいよ。少なくとも、私が貴方を連れて行くまではね」


 カタカタと口を揺らして嗤うレヴォルの前で、アルフレッドは芋虫のようにうねるのをやめた。

 下賤な侵入者の発言を、どうにも無視できなかったからだ。


「……俺を、だと?」


 フォンと同じことを言っている。

 国王でも、王妃でもなく、王子を狙ってやってきたのだと。

 そんなはずはない。悪党の狙いは生誕祭で守りが手薄になる国王で、自分はあくまで王の護衛としての責務を果たすだけの存在だと、彼は信じて疑わなかったが、リヴォルはけろっとした表情であっさりと彼の話を肯定した。


「うん、王子様をだよ。さっきから父上とか母上とか言ってるけど、あんなビビりの老い耄れ二人を攫っても意味ないじゃん」


 果たして、彼女にとって国王の価値は低かった。

 臆病なくせに虚勢を張り、自分の意見がなく大臣と王子任せ。自分の命が奪われないかと不安視するわりにはバルコニーに出てくる間抜けさ。いずれも、誘拐してどうにかしても重役や国民に影響を与えられる要素とは思えない。

 半面、王子ならどうだろうか。大臣達に信頼され、騎士の注目を浴び、勇敢で正義感に溢れている。ネリオスだけでなく他の都市でも名が轟く――使いやすい道具。

 そんな男が、誰も知らない避難場所に逃げたのではなく、まさか表舞台にのこのこ現れてくれるとは。リヴォルにとっては、願ってもない事態だ。


「でもアルフレッド王子なら別だよね。大臣や兵士、騎士からの信頼も厚くて、国民も次の王様だなんて噂してる。そんな奴を洗脳してあげて、私達の思い通りに動く人形にすれば、ネリオスだけじゃなくて方々の都市の支配も簡単になるって、そう思わない?」

「まさか……四騎士を殺したのも、俺が表立って警備に出るようにする為か!?」

「そうだね、腕の立つ奴を先に始末して様子を窺うのも目的だったけど、王子様の予想も半分くらい当たってるよ。今回は王子様があんまりにも無防備だったから身柄の拘束を優先したってだけ」


 アルフレッドは、完全に彼女の思い通りに、忍者の思い通りに動かされたのだ。

 いや、動いていたと言った方がいいのかもしれない。リヴォル達が特に何もせずとも、アルフレッドは慢心と溢れかえる正義感、フォンの助言に耳を傾けない傲慢さを有していた時点で、こうなる未来を確定させていた。

 もがき、必死に紐を解こうと暴れても、後の祭り。残ったのは、無抵抗の王子だけ。

 このままレヴォルに連れて行かせて、てきとうに処理すれば、ミルドレリア王国は内部から崩れ落ちる。こちらの作戦が成功すれば、無為に亡ぼしてやる必要もない。


「さて、長話はおしまい。さっさとハンゾーのところにつれてこっか」


 ――或いは、我らが長の妄執が、滅びを求めるかもしれないが。

 そうなったなら、兵団の力を以て破壊を尽くすだけだ。

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