第214話 祝祭と忍者②

 流石に今度ばかりは、アンジェラも呆れたようだった。


「貴方まで……確かに、アルフレッド王子は多くの人に敬愛されているわ」


 しかし、フォンの頼みならばと、彼女は渋々ながら教えてくれた。


「彼の剣の腕と、政治でのカリスマ性は確かよ。国王陛下の権威も健在だけど、将来王位を譲ったならば国は更に栄えるとまで言われているわ……事実、騎士や兵士、大臣からの人気は『王の剣』よりもずっと高いわね。ほら、あんな感じで」


 アンジェラが指さした先には、大臣がアルフレッドにゴマをするさまがあった。

 でっぷりと肥えた大臣達は国王のそばにいるよりも、王子がどれほど国防に努めているかを褒めるのに余念がないようだ。バルコニーにいる面々よりも王子を囲む者達の方が多いが、当のアルフレッドは面倒くさそうにしている。


「若さと強さを兼ね備えた王子、でござるか。そりゃあちやほやされるわけでござる」

「で、それがどうかしたの、フォン?」


 彼女が事情を伝えたのは、クロエ達のように反感で聞いたのではなく、何かしらの事情と考えがあるからだと確信していたからだ。

 そして、フォンには確かに、意図があった。


「……国王陛下を仕留めるつもりなら、忍者であればもう実行に移してる。なのに、まだ何の挙動も起きていない。もしかしたら、敵の目当ては別のところにあるのかもしれない」

「別のところ?」

「そう。例えば、次期国王と噂され、手駒にすれば臣下を王や王妃よりも簡単に操れる人材がいるなら……しかも自分が狙われていないと思っているなら?」


 ここまで言って、アンジェラが目を見開いた。

 バルコニーで弓の暗殺も考慮せず、のんきに手を振る国王。あれだけ心配しておきながら、数日何事もないと同じく呑気になる王妃。いずれも、殺そうと思えば造作ない。

 そうしないのは、機会を図るか、別の目的があるか。

 フォンが予想する忍者の目的、それが誰も予想とは違うところにあると気づいたのだ。


「まさか……忍者の狙いが国王陛下ではなく、王子だと?」


 アンジェラが絞り出すように言葉を紡ぐと、フォンが頷いた。

 あくまで彼の想像に過ぎないし、話を聞いているクロエ達も、アンジェラも信じられないと言いたげな顔をしている。他の騎士達が聞いても、同じ顔をするだろう。

 だが、フォンは忍者だ。忍者の作戦や行動を把握しているし、彼らがどんなタイミングで動くのか、何を狙いとしているのかを見定める力はある。そんな彼が結論として導き出したのは、かどわかされるのは、警護されている者ではなく、油断した者だ。

 保証なし、仮定のみ、しかしもしも全てが的中していれば敵の思うつぼだ。


「可能性はある。いずれにせよ、王子がここにいるのは危険だ」

「フォン、ちょっと待って!」


 いうが早いか、何かに突き動かされたかのように、フォンはアルフレッドに駆け寄った。

 四人が慌てて彼を引き留める間もなく、フォンは騎士達と宮殿内の巡回に向かおうとするアルフレッドの肩に手をかけ、名を呼んだ。


「王子、アルフレッド王子!」


 振り向いた彼は露骨に不快そうな顔をしていた。


「なんだ? 俺は忙しいんだ、それにお前にも、お前のやるべきことがあるはずだが?」

「ふん、まさか持ち場を忘れたとは言うまいな?」

「ぼさっと間抜け面をしおって……王子の貴重な時間を奪うとは!」


 大臣達も彼に便乗するように文句を垂れていたが、フォンの目には入ってこない。

 心配そうな顔の四人を引き連れたフォンが無言なのを見て、彼は一層苛立ちを募らせる。


「……いつまで黙っているつもりだ。話ならさっさとしろ」


 剣の柄をとうとう鳴らし始めたアルフレッドと目を合わせたフォンは、彼の機嫌をどれほど悪くするとしても、自分の意見を伝えるべきだと思った。


「単刀直入に言います。忍者の狙いは国王陛下ではなく、貴方かもしれません」

「……なんだと?」


 即座に実行した通り、アルフレッドの顔が歪んだ。


「失礼は承知ですが、もしも忍者が今の二人を狙っているのであれば、既に殺されています。仮に誘拐を狙っているとしても同じです。敵は四人の騎士を殺し、彼らが仕える相手を狙っていると思わせておいて、本来の目的を果たすかもしれないのです」

「それが、俺だと?」

「王子である保証はありません。ですが、そこの大臣や騎士、兵士、国民からの人望を考えれば、狙われないと考えない方が難しいかと」

「で、狙われているとして、俺にどうしろというんだ?」

「生誕祭の間、貴方を警護します」


 フォンがこう言った瞬間、彼の頬を銀色の刃が掠めた。

 アルフレッドが抜いた剣が、フォンの顔の直ぐ真横に突き付けられたのだ。


「王子!」


 思わずアンジェラが叫び、仲間達が武器に手をかけた。そんな様子すら一切目に入れないほど、アルフレッドは侮辱に対する怒りに満ちていた。


「……フォンとやら、随分な自信家だな。俺からすれば見当違いも甚だしいがな」

「お主、師匠に向かって無礼な!」


 カレンが爪を擦らせて吠えるが、王子は意に介さない。


「無礼はお前達の方だろう。俺を誰と心得ている?」

「誰であろうと、貴方に注がれる信頼は確かです。欠ければ、大きな損失となるほどに」

「俺をアルフレッド第一王子と知っておきながらなおもその言いぶりとはな。本来なら処罰してやりたいところだが、そこまで言い切るのであれば、理由位は教えておいてやる」


 剣を静かにフォンから離すと、クロエ達も警戒を解いた。

 周囲の騎士が武器を構えようとするのを制しながら、アルフレッドは口を開いた。


「どうして俺が、他の王子達のように王族しか知らない隠れ家に潜まず、宮殿で父上と母上を守っているか? 俺には責務があるからだ、第一王子として国を守る義務がな。王位継承に最も近い地位も、兵士や騎士からの信頼も、関係ない」


 誠実にして、自己犠牲を厭わない勇敢な人だと、フォンは思った。

 同時に、彼ほど忍者の策に嵌めやすい人間はいないとも察した。頭がよく、実直であればあるほど、忍者は簡単な策を使って相手を騙す。


「それに、忍者が父上でなく、俺を狙うだと? そちらの方がありがたい……連中を纏めて斬り払うには、都合がいいだろう!」


 加えて、自信家であれば猶更だ。


(……)


 フォンには、彼が葱を背負った鴨にしか見えなかった。

 少なくとも、忍者の視線で見れば、そうでしかなかった。

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