第212話 事情と忍者

 立ち上がるのも忘れて、汗を拭うのも忘れて、アルフレッドは聞いた。


「……知っているのか、今度の襲撃者と、正体を……!」

「知っているよ。どれだけ強いか――どれほど邪悪かもね」


 フォンの静かな言葉を聞いて、大臣達にも再びどよめきが到来した。


「まさか……」

「あの忍者とやらより、強いだと……!?」


 広間を支配する圧倒さを見せつけられても、自分の喉を狙う恐るべき忍者の同類を見ても、国王は眉一つ動かさなかった。ただ、静かに息子とフォンに忠告した。


「実力を知れて満足だろう、アルフレッド。冒険者フォン、其方も武器を収めるのだ」

「分かりました、国王陛下」


 苦無を仕舞ったフォンは、静かにアルフレッドに手を差し伸べた。


「どうぞ、王子。無礼をお許しください」

「……いや、詫びる必要はない。俺こそ、少し血が上ったようだ」


 王子は特に撥ね退ける様子もなく、素直に彼の手を掴み、起き上がった。剣を手渡しても、やはり王子はフォンの実力に関してだけは認めたようで、抵抗を示さなかった。

 それはまた、大臣達や護衛にとっても同様だった。今ここで迂闊に感情を逆なですれば、自分にも危機が及ぶかと思うと、ひとまず黙っていようという気持ちが勝ったのだ――どうせまた、直ぐに傲慢さが勝るだろうが。

 アルフレッドは鎧についた汚れを軽く取り払いながら、少し頷いた。


「……確かに、アンジェラの言う通りの実力者ではあるようだな。他の三人も試したいところだが、リーダーだけで十分だろう」

「サーシャ達に負けるの、怖いだけ」

「しっ。思ってても言っちゃダメでござる」


 カレン達のひそひそ話が聞こえていないのか、それとも気に留める必要すらないのか、アルフレッドは彼女達の失礼な発言には言及しなかった。

 代わりに、剣を鞘にしまった彼は、アンジェラを見つめた。


「俺達の指示通りに動けるのであれば、君達が護衛任務に就くことは許そう。だが、生誕祭は予定通り執り行う。アンジェラ、君の意見について、そこだけは却下する」


 彼もやはり、生誕祭には積極的な姿勢を示していた。

 着席した大臣達と同じ意見を聞いて、アンジェラはいよいよ憤慨しそうになっていた。それさえ耐えれば、我慢すれば命は助かるはずなのにと思うと、政治が分からない彼女には命知らずにしか見えなかった。


「……それさけなければ危機は及びません。王子、どうして……」


 アルフレッドは、半ば諦めてくれと言わんばかりに首を横に振った。


「俺の意見も、父上と同じだ。他国に父上と母上の権威を示し、周辺国の亜人連中に、そう簡単に人の国に踏み入らせないよう警戒させる。必要なことだ」


 そして彼女に、ほんの少しだけ根深い他国との繋がりを再確認させた。


「……亜人……?」


 亜人。エルフ。ケンタウロス。獣人。人と似た姿でありながら、人に非ざる存在。

 この世界において、さほど珍しい連中ではない。

 知ってはいるが、フォンですらあまり見たことのない相手がどうして会話に出てきたのか、四人には――少なくとも、目を背けたアンジェラ以外には分からなかった。


「アルフレッド、その話は……」

「いいえ、母上。今は話さなくてはなりません」


 どうにも世の外に出したくない話を制そうとする王妃、無言の国王、事情も知らないのかと呆れる大臣達のそばで、アルフレッドが言った。


「この国はもともと、亜人達の生活区域だった。そこを俺達の先祖が開拓し、人の住む国として成り立たせたのだ。亜人達は今や国の外に追いやられ、人間に報復する時を虎視眈々と待っている……そうさせない為には、王の存在を知らしめるのが最適だ」

「怒れる亜人達、ってとこかしら? あたし達は何度か依頼で国の外に出てるけど、そんな連中、一度だって見たことないわよ?」

「今は人の世だ、奴らは表立って姿を見せない。ただ一つ言えるのは、国に攻勢を仕掛けようとした亜人の集まりを俺や騎士団は何度か亡ぼしている。それだけだ」

「集まり?」

「かつて国を追われたエルフが恨みを募らせ、他の亜人どもを纏めて反逆しようとしたのだ。様々な武器を集め、エルフ一族にしか使えない特殊な魔法を共有し、国家を転覆しようとした。極秘裏に塵滅したから、事実を知る者は少ないがな」

「偶然、そこに暮らしていただけではないのでござるか?」

「十はくだらない亜人が、ありったけの武器を抱え、計画書まで見つかった。これでのんびり隠遁生活を送っていたと言う方が難しいだろう」

「ふうん。要は他国っていうよりは、そいつらが怖くて引き籠ってるのね」

「口の利き方には気をつけろ、冒険者」


 アルフレッドはクロエを睨んだが、生誕祭の動機や全く否定しない国王の様子からして、そう思われてもおかしくない。

 国の成り立ちまで話が遡るとは思わなかったが、事情はだいたい把握できた。

 まさか国から相当離れたところに亜人がまだ存在していて、しかも国に何かしらの危害を及ぼそうと策謀しているとは、ギルディアにいた頃は考えてもみなかった。実際、今こうして話を聞いても、唐突すぎて現実味がない。

 まるで、いつ来るかも分からない大災害を延々と恐れているようだ。備えを大事だと考えているのならば、今度は生誕祭という名の呪いを引きずっているのだから、矛盾のオンパレードと言っても過言ではない。

 こんな状況だからこそ、アルフレッドはある意味、できる範囲で守護を望むのだろう。


「彼らがそうだとして、反逆を窺っている証拠が?」

「そう思っていた方が、国を守るには良いのだ」


 フォンの問いに、アルフレッドはそれ以上、何も答えなかった。


「とにかく、生誕祭は二日後に執り行う。お前達は宮殿とその周辺の立地を頭に叩き込み、アンジェラに護衛の基礎を教えてもらえ。俺から話すことは以上だ」


 彼は言い切るだけ言い切って、広間を後にした。

 残されたフォン達は、ただ彼の後ろ姿を見つめていた。


 ◇◇◇◇◇◇


「……では、お主らに問おう」


 影の、闇の中で、彼は並び立つ面々に声をかける。

 いずれも人間ではない。被り物をしているが、体躯、肌の色、どれも人間ではない。

 白と黒の面の奥に見えるのは、悍ましいまでの怒りと、何かに駆られた感傷。まるで、己の意志とは裏腹に物事を成そうとしているかのような目をしている。

 そんな、百は下らない大小様々な二足歩行の集団に、黒いローブを羽織った男が言った。


「お主ら、誰に忠誠を誓う?」


 高いような、低いような、捉えどころのない声に、全員が口を揃えて答えた。


「レジェンダリー・ニンジャ、ハンゾーです」

「お主ら、何を成す?」

「我らの祖先から土地を奪った王族への復讐を」

「……誰の為に?」

「新たに世と国を統べる、忍者の為に」


 三つの質問を終え、男は満足げに頷いた。


「よしよし、心も頭も、完全に儂の道具となっておるのう」


 彼の後ろにいる真っ白な少女と、この場には不釣り合いな四人組の方を振り返った鉤鼻の男は、蛇のような目をぎらつかせて笑った。


「『忍者兵団』、ここに完成じゃ――あとは、フォンと「やつ」を連れ行くのみよ」


 彼の目に映る景色は、現在ではない。

 二日後に迫り、最もネリオスが警備を固める日。

 ――つまり、忍者にとって最も警備の緩い日となる、生誕祭。

 またの名を、王都が終わる日である。

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