第210話 反発と忍者

 彼は肩あたりまで伸ばした両親譲りの銀髪と、いかにも名家の出身といった雰囲気と、世の女性が容易く口説き落とされそうな整った顔立ちと共に、一歩前に進み出た。


「父上、母上。いくらアンジェラの提言といえども、俺は納得いきません」


 じろりと冒険者を睨む目に対し、クロエとサーシャ、カレンは睨み返した。

 フォンとアンジェラはというと、彼の発言がいたって当然だと言いたげな態度で体と顔を彼に向けた。アルフレッドは高い鼻を鳴らし、忍者の態度にどうにも我慢ならないようだ。


「四騎士がいない今こそ王都守護の義務があるというのに、長くネリオスを空け、挙句の果てには冒険者をあの四人の代わりに守護の任に就かせると?」


 軽くアンジェラが頷くと、後ろに立ち並ぶ兵士達を含め、王子は酷く落胆したようだった。


「君にはがっかりしたぞ、アンジェラ。同胞が討たれたのがショックだと言うのなら、生誕祭の間はどこか遠くの海辺で休養でも取るがいい」

「よくぞ言ってくださいました、アルフレッド王子!」

「私どもも、まったく同感でございます!」


 どうやら、アルフレッドは四騎士の死すらも大きく受け止めてはいないらしい。

 大臣達はそんな彼の言いぶりに感銘を受けたかの如く、席を立って拍手した。まるで魔法学校の生徒が簡単な毒薬の作り方を言い当ててちやほやされるかのようなさまは、クロエからすると、それこそ滑稽にしか見えない。

 だが、いつもは相手が誰であろうと自分の発言を貫き通すアンジェラが無言を貫いている様子から、相手がただのお馬鹿さんではなく、相応の立場を持っていて――もしくは考えなしの間抜けではない可能性も、無きにしも非ずだ。


「……言いたい放題言われてるけど、あんたが反論しないなんて珍しいわね」

「アルフレッド王子の言い分は真っ当よ。私たち四騎士に比肩する魔法剣術の使い手であり、しかも第一王子ともあろうお方にこんな提案をすれば断られるのは当然ってところよ」

「それほどの実力者でござるか、あやつは」


 アンジェラの話が正しいなら、アルフレッドの場合は後者である。つまり、まぎれもない実力者であり、尚且つ現実主義である。失ったものを嘆くよりも、今あるものを守る男だ。

 立派な考えには違いないが、忍者の存在を無視する理由にはならないだろう。


「ですが、王子。四騎士がいない今、間違いなくやってきます。強力で、影のような敵が」


 警告するように言ったアンジェラだが、王子はまたか、といった調子で答えた。


「『忍者』、だったか。君がいつまでも追いかけている妄言の話だろう」

「実在します。ここにいるフォンこそが、その忍者の最後の生き残りです」

「なんだと?」


 ようやく、アルフレッドは顔つきを変えた。


「アンジェラ、そんな人をここに連れてきたというの?」


 王妃も流石に危険因子を連れてきたと思ったのか、アンジェラに問いかけた。


「王妃、彼は忍者ですが、正しい心の持ち主であり、ギルディアにおける勇者の暴動を止めた張本人です。彼は、フォンは正義の意志のもとに忍術を用います。そしてその力は――私など到底及びません」


 彼女がそう説明すると、大臣達や護衛兵の間にもざわめきが伝播した。


「なんと……!?」

「四騎士を倒したのは、牢獄を破壊した連中とばかり……!?」


 一同が戸惑うのも当然だ。彼女と肩を並べる冒険者など、いるはずがないからだ。

 橙色の髪を靡かせて蛇腹剣を振るう、恐らく国内最強の女騎士。そんな彼女をして、自分よりも強い男性だと言わしめたのが、まさか、どこかとぼけた表情にも見えるくらい落ち着いた年頃の少年だとは思うはずがない。

 そして、やっとアンジェラの真面目極まりない表情に彼らも気づいたようだ。彼女としては、いたって真剣に事情を話していたのだが、ようやくと言うべきか。

 悍ましき敵の存在に、国王と王妃の顔にも陰りが見える。


「……そのような敵が狙っていると言うのか、私と妻を」

「ご安心ください。だからこそ、彼らを連れてきたのです。相手が忍者であるのなら、こちらも忍者を用いるべきです。幸いにも彼と、隣の青毛は忍者の師弟です。しかもフォンは、忍者の里を単身で滅ぼしたほどの……」

「ちょっと、アンジェラ」


 クロエが金色の髪を撫でつけながら、褒めつつもけなす彼女の発言を遮ろうとした。

 だが、彼女よりも先に、我慢できない顔つきで声を張り上げた者がいた。


「忍者、忍者と! いつまで居もしない敵を見据えているつもりだ!」


 アルフレッドだ。

 両親がくだらない妄想紛いの話に踊らされているのが我慢ならないのか、それとも国に迫りくる危機をふざけた話に昇華しようとしているアンジェラの態度が許せなかったのか、今や彼の青い目は爛々と輝いていた。

 彼が叫ぶと、疑いの目を向けていた大臣達はたちまち委縮し、国王と王妃は静かにアルフレッドを見つめた。彼は彼なりに、真剣に国の危機に立ち向かおうとしていると知っているからだろうか、それとも親では止められないからだろうか。


「今回の敵はただの悪賊だ、騎士達は残念だが油断の末に死んだ! 百歩譲って勇者の脱走を手引きした者が企んでいるのだとしても、君の復讐にかこつけて物事を大げさにするんじゃあない!」


 王子の考えでは、敵は悪党に過ぎない。

 そんな相手なら履いて捨てるほどいる。四騎士が拷問されたのも、蛇の目が残されていたのも、勇者パーティが脱走したのも、等しく偶然であるとしか考えていない。

 現実的思考もここまでくるのかと、アンジェラはいよいよ呆れつつあった。いくらアルフレッドが、外見と口調通りの正義感の持ち主であったとしても、迫りつつあるかもしれない問題に少しは関心を持ってほしいのだ。


「……敵は実在します。王子、未知の脅威に立ち向かわなければならないのです」


 仮に全てがアンジェラの妄執の思い込みと作りこみだとしても、彼女ははっきりと言った。苛立ちにも似た声が広間に響き、沈黙だけが返ってきた。

 誰も、何も言わない中、アルフレッドだけが呟いた。


「…………なら、証明してみろ。今ここで」


 彼は何を告げるでもなく、ゆっくりと腰に提げていた鈍色の剣を抜いた。


「俺を伏せてみろ、忍者。できなければ、嘯いた代償はその命だ」


 そして、その切っ先をフォンに突き付けた。

 本当に忍者であり、四騎士を殺すだけの実力――アンジェラが認めるだけの力があるかを、彼は真剣での殺し合いを以って確かめるつもりだ。

 クロエ達が目を細める中、フォンは彼の意図を悟り、アンジェラより前に出た。


「分かった。それで、アンジーの話に納得してくれるなら、いくらでも」


 フォンはおかしなくらい平静で、感情の揺らぎなど微塵もないようだった。

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