第205話 回想と忍者②

 ――ことの始まりは、五年に一度王都ネリオスで執り行われる、国王の生誕祭よ。


「生誕祭?」


 そう、ミルドレリア国王の誕生を祝う大きな祭りね。聞いたことはない?


「僕はギルディアにきて間もないから……」

「あたしは冒険一筋だったし」

「興味ない」

「右に同じでござる」


 ……ま、そういう祝祭があるのよ。

 王都は普段、そう簡単に人が立ち入られないようにしてあるわ。王族が住まう宮殿があるから、都で暮らせる人間は厳重に身辺調査が行われるし、ある程度の身分がないと長居すらできない。そんなだから、選ばれた人間だけが入られるなんて言われてるわね。

 壁で覆われ、ギルディアのように四つある門は全て寝ずの番によって守られているから、碌に犯罪者や悪党が立ち入る隙はない。仮に誰かが入ってくれば王都騎士団が即座に捕らえて身分を明かし、犯罪者なら即座に投獄されるわ。

 けど、ここ最近だけは別なの。

 生誕祭当日を含めた数日間だけは、自由な交通や商売が許されるのよ。


「お祭りっていうくらいだから、それくらいはするよね」


 確かに大きな利益を生み出し、多くの文化を取り入れる機会にしているのも事実よ。だけど、本当の目的は別にあるわ。普段は表に出てこない国王が存命だと、国内外にアピールするのが真の目的なの。


「……リスクも大きそうだね」


 流石、そこに目を付けたわね、フォン。

 貴方の言う通りよ。この生誕祭がある数日間は、ネリオス内で犯罪が起きる数少ない期間なのよ。国王を狙う暗殺者や商人を装った強盗集団、種類を挙げればきりがないわ。


「もしや、そういった輩を捕らえろと?」

「だったら拍子抜けだね。何の為に騎士団がいるのさ」


 早とちりしないで頂戴。こっちだって、そのつもりよ。

 実際、王都騎士団はここ最近の生誕祭で一度も犯罪を許容していないわ。暗殺を未然に食い止め、強盗団を一斉検挙したし、自分で言うのもなんだけど相当優秀なつもりよ。

 特に私の同僚『王の剣』はたいしたものよ。国王直属としてあらゆる剣技に優れ、知略に長け、騎士や兵士の人望を集めるの。悪党連中の中には、彼らが警護についていると聞いただけで計画を諦めて自首した奴らもいるくらいよ。

 二刀流剣士のドミニク、大剣使いのバリー、ナイフの達人ジョナサン、槍の神童アレン。そこに紅一点の私を足して『王の剣』なんて呼ばれているけど、正直なところ、私は添え物って感じよ。この四人が、王都ネリオスの警護を完璧なものにしていたわ。


「……その四人が、殺されたと?」


 ……そうね。

 自分で言っておいてなんだけど、到底信じられない話よ。

 一日につき一人、騎士が廃屋で死んでいるのを発見された。彼らほどの騎士が死ぬなんて考えられなかったけど、死体は全て確認したわ。結果として、原形を留めていない者もあったけど、ドミニク、バリー、ジョナサン、アレンだったわ。

 幸い、国王陛下は彼らが死んでからすぐに警備を強化したわ。皮肉な話だけど、犯罪者はより入りづらくなったというわけね。それでも不安だからという意味で、私はネリオスに呼び戻されたのよ――弔うためじゃなくてね。

 言っておくけど、私が死んでいないのは、運よくギルディアの担当騎士としてここにいたからに過ぎないわ。復讐を果たすまで死ぬわけにはいけないと心に誓っているけど、あの四人を容易く始末できる組織があるとするなら、不利どころの話じゃないわね。

 でも、矛盾するけど、国王陛下は四人が死ぬ前に私を呼び出すべきだったわ。『王の剣』の数が半分以下に減ったのを対外的に知らせたくないって気持ちは分かるけど、せめて一人だけでも助けられたかもしれないと思うと、やりきれないわね。

 ――そして、彼らが死ぬ少し前に、勇者一味が脱走したのよ。


「四人の死が、クラーク達の脱走と関係しているってわけ?」


 私はそう睨んでいるわ。

 悪事を重ねた犯罪者集団の脱走と、ネリオスでの犯罪。動機は全く見えてこないけど、関与性がないと考えるには無理があるんじゃないかしら。


「拙者には、こじつけのようにも見えるでござるな」

「うん……仮にクラーク達がネリオスで何かの犯罪を行うとして、わざわざ『王の剣』を殺すメリットがない。彼らの実力は確かだけど、アンジーが認めるほどの騎士を殺めるほどの力はないよ」

「ま、二人に賛成だね。アンジェラも、直哲的な関与とは思ってないんでしょ?」


 ええ。最初に言ったでしょう、忍者が犯行に及んだって。


「サーシャ、分からない。忍者がやった、どうしてわかる?」


 手口よ。四人とも、ただナイフで刺されたり、矢で射られたりって死に方じゃなかった。


「つまり?」


 ――拷問よ。

 四人とも、発見されたときには拷問の跡が残っていたの。


「拷問……! 何を聞き出すつもりで……!?」


 そりゃあ、彼らから聞き出せる事柄はいくらでもあるわ。

 王族の直接的な警護についていた面々よ、警備状況や入室の為の暗号、変装に用いる仕草や挙動の真似に必要な情報……何でもあるし、その全てが警備の危険性を高めるには十分すぎるほどの重要さを持っているわ。

 拷問の痕跡は凄まじかったわ。見つかった死体が彼らだと分かったのは、顔が辛うじて残っていたからよ。肌は殆どが剥がれ、骨はほぼ砕かれ、臓器の奥が引きずり出されていたわ。全員が同じやり方で拷問されていたから、犯人は恐らく同一人物ね。


「……なら、犯人は忍者じゃない」


 どうして?


「忍者なら拷問した死体を処理する。人になんか見せつけない。確実に処理して、痕跡を残さないようにする。大方、過激思想のテロ組織による犯行じゃないかな」


 ……ま、私も同じ意見だったわ。

 死体に、ある痕跡が残されているのを見るまではね。


「……その紙は?」


 亡骸にあった傷痕をスケッチさせたものよ。どれも普通の斬撃痕じゃないけど、特にこれだけはおかしかったの。楕円形の傷痕の中で、肉を丸く抉っているわ。貴方達には、傷痕が何に見える?


「何かの……目?」


 そうよ。

 これは『蛇の目』。

 とある忍者の一団が、しきたりを破った忍者への見せしめとして彫り込んだ傷痕よ。

 私が忍者について調べた結果、彼らが用いるルールだということは分かったけど、どこのだれが使っていたかは不明なの。

 いったい誰のものか、フォン、分かるかしら?


「……師匠、ご存じで?」

「フォン……?」


 その表情、知っているようね。


「まさか……ハンゾー……!」


 ――やっぱり、貴方に相談して正解だったわ。

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