第139話 ニンジャ・キルボックス⑦

 激突する三人と一つ。二対二の戦いの火蓋は、切って落とされた。


「うおらあああぁぁッ!」

「キャハハハハアアァ――ッ!」


 うち一人は岩に何度も激突して体中に傷跡が残り、腹に穴が開き、もう一人は鎧を貫くほどの針で胸を穿たれている。片や人形を操る少女は、痛みをまるで意に介していない。

 なのに、フォンとアンジェラは一瞬たりとも引けを取らず、五感と四肢のありとあらゆる機能を稼働させる、人間離れした戦いぶりを披露していた。

 傍から見れば、橙と黒、二つの白い影が旋風の如くぶつかり合っているようにしか見えないほど動きが速く、いずれかがぶつかり合う度に地面が抉れ、水が跳びはね、岩や木々が抉れてゆく。時折血が舞い、黒焦げの欠片も宙に飛び散る。


「目障りな首、落とさせてもらうわよ!」

「首が落ちるのはそっちだよ!」


 蛇腹剣の白銀の刃がリヴォルの首を狙えば、レヴォルが楯となって刃物で反撃を試みる。


「させるかッ!」

「邪魔者を消そうとしてるんだから、お兄ちゃんは割って入らないでッ!」


 人形の拳がアンジェラの喉を潰そうとすれば、フォンの苦無が遮り、弾き返す。

 忍者と人形、騎士が織りなす、剣、拳、刃の応酬。恐らく、速度を十分の一、二十分の一に落としたところで、常人には目視すら難しいだろう。トランス状態に入ったフォンと怒りに駆られるアンジェラ、狂人リヴォルと人形レヴォルの挙動は、最早達人の域である。

 特にフォンの動きは、腹に鎖鎌を突き刺され、滝から落とされた人間とは思えないほどだ。黄金獅子を倒した時と同じトランス状態に入ることで、彼は一時的に痛覚を遮断している。人に見られたくない姿ではあるが、贅沢は言っていられない。

 尤も、彼とアンジェラを相手にして五分に立ち回るリヴォルも、怪物と呼んで差し支えないだろう。レヴォルを動かしながら自分も戦うなど、本来なら百年修業を積んでも能わない芸当だ。それを僅か二年ほどでものにしたのだから、彼女も天才である。

 ただ、人形を武器として換算するなら、数にはフォン達に利がある。

 それを指し示すように、リヴォルは少しずつ、少しずつ圧され始めていた。


「うう、このぉ……!」


 レヴォルがまともな状態であればまだ勝機はあったかもしれないが、彼女の妹は首から上がなくなり、全身が真っ黒に焦げたせいで動きがどうにも覚束ない。

武器も爆発に巻き込まれた際に機能不全となったのか、使っているのは腕に備え付けられた細長い刃と、首から生えていた鎖鎌だけだ。何より、両手に持った凶器を振るわせるリヴォルの操作が、思考から遅れ始めているのだ。

これはつまり、リヴォルが自身の防御と回避、攻撃に集中している証拠であり、即ちレヴォルに構っている余裕がない確証でもある。これまで一度だって見せたことのないリヴォルの焦りを目の当たりにして、フォン達は今こそが攻め時だと睨んだ。


「フォン……!」

「分かってる、リヴォルは明らかに弱っている! 今がチャンスだ!」


 仕留めるならばここだ。ギミックブレイドと苦無がレヴォルの鎖鎌を弾き、ようやく双方が距離を取ったが、リヴォルが微かにぐらついた。やはり、疲弊しているのだ。


「僕が敵の気を引く、その間にアンジーが……」


 ――ただし、動きの鈍りは、リヴォルだけに言えた状態ではなかった。


「……アンジー?」


 フォンに声をかけられても、隣の彼女は返事をしなかった。


「……フー……フー……!」


 というより、正確には返事をしたくても、舌先が動かないようだった。ぱくぱくと呼吸ができない魚のように、息がか細くなり、蛇腹剣を装備した両手にも力が入らないようだ。

 顔色もよくよく見てみれば、朝顔のように青くなっている。戦いの最中で顔を見る余裕すらなかったからフォンは気づけなかったが、これでは死人同然だ。


「アンジー、どうしたんだ、アンジー!?」

「……ハァ、ゲホ……ッ!」


 フォンが必死に問いかけると、彼女はせき込む。眼前の敵を見据えるのに必死で、それ以外に力を使えば今にも倒れてしまいそうなのだろう。外傷は見たところほぼないが、フォンは忍者が、ほんの少しの傷で人を殺める術を持っていたのを思い出した。


「毒か……滝の上で放った針に、リヴォル、やはりお前が毒を!」


 そう、毒だ。

 アンジェラが唯一目立った傷を負ったのは、リヴォルが死んだふりをしている時に不意打ちで射出した針の一撃だけだ。追撃の蹴りで毒を注入できなかったとするなら、針にそれを仕込んでいたとしか思えない。

 そして彼の予想は、見事に的中していた。


「うん、結構強めの痺れ毒を塗ってあったんだけど、そこの女騎士は普段から毒に対抗する訓練でもしてたのかな? 効き始めるのにかなり時間がかかっちゃった」


 ここまで毒の発生を遅らせたのは、アンジェラの体質か、訓練の賜物か。しかし、今回の場合は、遅延させてしまったことでアンジェラに毒だと気づかせなかった。


「リヴォル……!」

「無事に毒が効いてきてよかったよ。これでもう、そいつは邪魔できなくなるもんね」


 そして息を荒げてはいるが、リヴォルからして、ようやく状況は好転したようである。


「でも、まだ戦おうなんて目をしてるのがなんだか嫌だなあ……だったら、今度こそ本気でそいつの息の根を止めて、お兄ちゃんと私だけで戦えるようにしよっか!」


 しかもどうやら、リヴォルはまだ奥の手を隠し持っていたようだ。

 おのずと鼓動が早くなるフォンの前で、リヴォルは自分の指に嵌っていた、レヴォルを操る為の指輪を全て外す。それらを全部中指に纏めて嵌め直すと、指輪が禍々しい紫色の光を解き放った。


「何をするつもりだ……!?」


 フォンが問うのに呼応するかの如く、レヴォルの体が大きく震え、項垂れる。


「……今まで制御していた、レヴォルの力を解き放つの。私の命令もあんまり聞けなくなっちゃうけど、体内に閉じ込めた『魔宝玉』のエネルギーが枯渇するまで、今までとは比べ物にならない力と速さを得るんだ」


 彼女が操っていた時点で、フォンですら早いと認識できるほどの速度で動いていた。それが、リヴォルの拘束から解き放たれれば更に強く、速くなるというのか。ハッタリでないとすれば、アンジェラの弱体化も加えて、最悪の事態といっても過言ではない。


「制御……今まで、レヴォルの力を制限してたのか……!?」

「そうだよ? 忍者の里でも教わったでしょ、実力の全てを表に出すなって。今はそう言ってられないから、お兄ちゃんに見せてあげるね……これが、レヴォルの真の姿だよ!」


 我慢できないように、リヴォルが高らかに叫ぶのと同時に、レヴォルが体を仰け反らせた。


『――ギイィィィガアアアアァァァ――――ッ!』


 紫に染まった体をこれでもかと震わせたレヴォルは、首のない体で雄叫びを上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る