第124話 ニンジャ・サクリファイス

「では、時折師匠が見せる冷徹な顔は……?」

「かつて忍者として活動していた時の意識を取り戻す場合もある。けどあれは、単にトランス状態になっただけで、過去とは繋がりのない行動だ」

「だったら……記憶の一部がなくなってるって、信じていいんだね、フォン?」


 到底信じられないだろうとは思っていたが、フォンはまた、頷くしかなかった。


「生きるのに支障はきたさなかった、だからずっと話していなかった。でも、僕には僕も知らない記憶がある……思い出せないけど、あるのは確かなんだ」


 クロエ達にそう説明しながら、今度は全く納得していないアンジェラに彼が告げる。


「アンジー、リヴォルは妹の人生と人格を乗っ取り、僕を狙っている。絶対に諦めないし、連れ去るか殺すまで僕を追い続ける。僕から君に言えるのはこれだけだ」


 沈黙が流れた。

 アンジェラは、フォンの言葉をどこまで信じるべきか、迷っているようだった。クロエやサーシャ、カレンとは違い、女騎士はフォンが復讐の邪魔をしているのではないかと、心のどこかでそんな疑心を隠し切れなかった。

 じっと彼の瞳を見つめ、アンジェラは心の底を掬い取ろうとした。フォンもまた彼女を見つめ返し、記憶はリヴォルを倒す為に必要な情報ではないと目で伝えた。

 ほんの少しだけの沈黙だったはずなのに、フォンとアンジェラの間には、互いの心臓の裏側までも見透かそうとするような長い時間に感じられた。やがて、これ見よがしに大袈裟なため息をついて、アンジェラの方が折れた。


「……『傀儡の術』について、教えてちょうだい。それで今回は、納得してあげるわ」


 この返答が、アンジェラにできる最大の譲歩であった。

 忍者についての全てを知るのが家族の復讐を果たす近道になると考えていたし、フォンがもしも自分に明け透けでないのなら、なるべく情報を引き出したかった。

 しかし、フォンの顔を見ていると、どうにもこれ以上言及する気にはなれなかった。ベンの面影がそうさせたのだろうが、フォンとしてはそれでもありがたかった。


「……ありがとう。それじゃあ、リヴォルの術と対策について話すよ」


 彼が少しだけテーブルの中央に顔を寄せると、一同は夕飯も忘れて集中した。


「まず、前提としてレヴォル……妹の方は人形だ。だから致命傷を与えても動くし、武器を持っていないように見えても体に仕込んである。動きを止めるには体のどこかに埋め込まれた核を破壊するか、操っているリヴォルを殺すしかない」


 殺す。人を殺さないフォンが放つ死の意味の重みを感じ取り、一層空気は重くなる。


「刃物に鎖付分銅、毒ガス、恐らく他にも大量の武器を内蔵してる。しかも姉のリヴォルも忍者として最高レベルの身体能力を持っているから、二対一じゃ確実に不利だ」

「……なら、人数で上回ればいい」

「サーシャの言う通りだ。常に人数で上回る状態を作り、リヴォルとレヴォルを正面に見据えた状態で戦う。そしてどちらかを破壊するのが、攻略法としては最善だと思う」

「でも、敵は双子なんでしょ? 同じ格好をしてたらどちらが姉か分からないよ」

「よく見れば分かる。人形の方は肌に生気がなくて、目も虚ろだ」

「それに、隠し武器を使って攻撃を仕掛けてくるのは必ず人形の方よ。不意打ちさえ許さなければ、攪乱されることはないと思うわ」

「つまり、師匠を守るように、常に一緒に行動していれば問題ないでござるな!」


 勢いよく立ち上がったカレンの宣言に、四人は思わず吹き出しかけた。


「何でござるか? 拙者は変なことを言ったつもりはないでござるが……」


 小馬鹿にされたのかと思ったカレンが口を尖らせるが、フォン達は笑ったのは真逆の意味だ。彼女の純粋な意志に場を和まされ、勇気も貰えたのだ。


「いいや、嬉しいんだ、守ると言ってもらえたのが。頼りにしてるよ、カレン」

「……そういうことなら、拙者に任せるでござるよ! 師匠には指一本触れさせないでござる、クロエもサーシャも同じ気持ちでござる!」


 カレンに同調するように、クロエはサムズアップして、サーシャは小さく頷いた。二人とも――サーシャはよく見ないと分からないが――フォンに笑顔を向けた。


「そうね、まずは彼を守りましょう。それが街にこれ以上被害を及ぼさないことにもつながるはずよ。狙われているなら猶更だし、彼をターゲットに絞っているなら、一緒にいる方がこちらも都合がいいわ」


 アンジェラもまた、復讐の為でもあるが、フォンを守る方向性を認めたようだ。


「ああ、僕達で街を守ろう。案内所や集会所のような被害は出させない」

「自分が危ないって時に、街の心配なんて……ま、そこがフォンの良さなんだけどね。安心して、あたし達もギルディアに被害が出ないように目を見張らせておくから」


 目的は多々あれど、これでひとまず、今後の方針は決まった。フォンと共に行動し、必ずこちらに来るリヴォル達姉妹を迎え撃ち、彼と街を守り抜くのだ。


「とりあえず、今日は宿に戻ろうか。皆も疲れただろうしね」


 フォンの提案に応えるかのように、サーシャはまたサンドイッチを頬張り始める。


「その前に、サーシャ、夕飯、食う」


 彼女に触発され、一同にも食欲が戻ってくる。他愛のない話をする気力も湧いてくる。


「あたしも食べとこっと。折角出してもらったし、昼から何も食べてないし!」

「食べて寝て、気力回復! 忍者にとって大事でござる!」

「忍者じゃなくても大事よ、体力回復はね。というか、部屋が爆発してから、新しい宿は取れたの? そんな不審な面子に部屋を貸してくれるところなんてないと思うけど?」

「そこは心配無用だよ。自分で言うのも何だけど、あたしは結構宿屋周りに顔が通ってるから、街の西側にある『鳥狩り亭』って宿で部屋は取っておいたよ」

「うん、楽しみだね。今度は吹き飛ばされないように、対策を練っておかないと……」


 夕暮れが夜になり、死闘などなかったかのように会話は続く。

 人の死の上に成り立つのだから決して弾んではいないが、それでも無言が続くよりはずっとましで、戦いに備えようという気持ちにもなれる。

 これ以上被害を出さない為にも、今日は休み、英気を養い、明日戦う準備をする。

 冒険者のみならず、忍者も女騎士も同じ気持ちだった。しかし、サンドイッチをすっかり平らげて、敵を警戒しながら宿に戻り、新しい宿で眠るまで気を緩めたつもりはなかった。

 ――だから、あくまで警戒している気になっただけなどと、考えもしなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 その日の夜、ギルディアの街は恐怖に震えた。

 南東の住宅街に並び建つ家が、軒並み燃やされたのだ。

 ただ燃えただけではない。まるで雷を何度も落とされたかのように爆炎が広がり、地獄絵図の如く辺り一帯を炎が舐め回した。

 逃げ惑う人々。

逃げ遅れた女性や子供。

終の棲家を失い叫ぶ老人。

 この世の終わりは一晩経ってようやく終息したが、死者や負傷者多数。延焼範囲も広く、短期間では到底修復できないほどの惨状が、ギルディアの一部に誕生した。

 人為的な犯行だという証拠はあった。ここまで凄絶な放火をする者からのメッセージは、果たして燃え盛る家屋の炎に照らされ、地面を削るようにして大きく彫られていた。

 普通の人には読めない、苦無で刻まれた棒状の文字の意味は、こうだ。


『仲間を連れず、一人で街から南東に出た先にある谷に来い』

『来なければ街を滅ぼす――フォンへ』


 訂正しておくと、この行為は数の不利を埋めるわけでも、力を誇示するわけでもない。

 リヴォルは、ただ楽しんでいるのだ。最愛の彼がどこまで自分に怒りを宿し、本性を露にし、人形との戦いに臨めるのかを。

 残虐な行いや人々の悲鳴も、ゲームを盛り上げる要素に過ぎなかった。

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