第116話 ニンジャ・テロ

「――いない?」

「ああ、バルバロッサならついさっき、朝食のサンドイッチを買いに行ったよ。散歩も兼ねて、この時間はいつも外に出ているんだ」

「爆発事件があったってのに、呑気な騎士だね……」


 一室が吹き飛んだ宿から大分歩いたところに、自警団の集会所がある。

 別段寝泊まりする場所ではなく、ボランティアとして活動する自警団が集まる施設なので、赤い屋根の下には椅子やテーブルが幾つか並べられているだけ。外には訓練用の広い芝生の庭があるが、使用する者はあまりいない。

 そんなところに、フォン達は自警団の面々によって連れて来られ、奥のテーブルに座らされていた。当然、彼らを連れてきた男達が囲うようにして立っている。

 といっても、単に連行されただけではない。事情聴取も兼ねて、彼らは王都騎士であるアンジェラに相談を持ち掛けに来たのだ。彼女が普段は集会所に滞在しているのは知っていたし、事情聴取の件がなくてもここに来るつもりだった。

 彼女は忍者についても、こういったトラブルについても頼れる女性だ。王都ネリオスでも五本の指に入る実力者だし、フォン達とも交友関係にあると言える。相手が忍者である以上、半端に自警団や冒険者組合に声をかけるよりはずっと適役である。

 ただ、まさか肝心のアンジェラがいないとは、フォンも思っていなかった。宿が爆破されたというのに朝食を優先するとは、随分とマイペースなものである。


「仕方ない、この手の事件は自警団の管轄だと、彼女は普段から言ってるから。自分が気になった事件にしか首を突っ込まないけど実力はあるから、困ったもので……」

「本音が漏れる気持ちも分かるよ。それで、いつ頃には帰ってくるの?」

「さあ、直ぐに帰って来る日もあれば、昼間まで戻ってこない日もある。この時間には帰ってくるとは保証しきれないし、我々としては、先に君達から話を聞きたいんだが」


 自警団の男達がそう言うが、フォン達は顔を見合わせた。


「拙者達はもう、経緯を話したでござるよ。部屋に入ろうとしたら爆発したと」

「ああ、そうは聞いた。けど、納得できると思うか?」


 カレンの後ろの男が、にらみを利かせたような声で威圧する。


「ドアを開けたら爆発しました、犯人に覚えはありません、と。あのな、普通は恨みでも買わなければ部屋を粉微塵にされないんだよ」

「サーシャも、こいつらも、恨み、買ってない」

「勇者パーティはどうだ? あいつらともめていただろう?」

「あの連中に、こんな大事を仕掛ける勇気はないよ。というか、そう思ってるならそいつらを呼んで来たら? あたし達を殺そうとしてないか、って」

「近頃はともかく、勇者パーティはまだまだギルディアで権威を持っている。いくら自警団とはいえ、証拠もないのにここまで引きずっては来られないんでな」

「あたし達になら、言えるってわけ? 面の皮が厚すぎない?」


 未だに勇者の権力なるものが街に存在しているのに、一行は驚きを隠せなかった。

 殺人未遂にデマの流布、聞くところによると方々にツケを溜めているし、気に入らない冒険者を決闘という名義で叩きのめしているらしい。そんな連中が根深く権力を持っているとすれば、やはり冒険者組合長のウォンディと深い仲だからだろう。

 アンジェラのパートナーにクラーク達を推薦するくらいだし、癒着も専らの噂となっている。自警団としても手が出せないのは、ある意味仕方ないのかもしれない。


「……とにかく、君達には暫くここにいてもらう。重要参考人だからな」

「重要参考人? 被害者の間違いじゃないの?」


 クロエの問いかけを無視する様子を見る辺り、彼らでは話にならなさそうだ。


「サーシャ、無視されるの、嫌い」

「落ち着いて、サーシャ」


 思わず彼らに掴みかかろうとしたサーシャを、フォンが制した。


「アンジェラが帰ってくるまでの辛抱だ。今はここで――」


 自分達の理解者が戻ってくるまで耐えるべきだと、フォンが言おうとした時だった。


「……おい、誰だ?」


 フォン達を囲んでいる連中とは別の男の声が、集会所に響いた。

 何があったのかと全員が声のした方を振り向くと、誰かに話しかけた男の視線は、集会の所の入口に向いていた。門から一直線に開けられ、陽の逆光が差し込んでいる。

 そこに、誰かがいた。

 いや、正確には誰かと誰か。上から下まで真っ黒なコートに身を包んだ二人が、陽の光を背中に浴びながら、ゆっくりと集会所に入ってきたのだ。

 一言も話さず、足音すら立てず、俯いたまま歩いてくる。頭部をすっぽりと覆うフードのせいで、顔が黒く塗り潰されてしまったかのようである。


「なに、あれ?」

「なんだか嫌な予感がするでござるよ、師匠」


 クロエとカレンが警戒する中、屋内にいる十人以上の自警団の団員達は、異様な雰囲気を醸し出す二人にわらわらと近寄ってゆく。いずれも手に武器を持ち、どう見ても怪しい不審者をしょっ引く気なのは明白である。


「誰だと聞いたんだ。怪しいな、フードを脱げ」


 凄みの利いた声を聞き、手前にいた人物が、静かに被っていたフードを脱いだ。

 その瞬間、集会所にいた全員が、我が目を疑った。


「……な、に?」


 フードの中から現れたのは、フォンの顔だった。

 彼も、彼の仲間ですらフォンだと認識できるくらい、その顔は完全にフォンだった。離れたところに座っている彼女達ですらそう認識したのだから、近くに立つ者からすれば、どうして彼が二人もいるのか、脳が理解を拒むだろう。

 だから、彼らは息を呑み、指差しながら上ずった声で慄くしかなかった。


「お、お前――」


 そんな面々に対して、コートを纏ったフォンは、にやりと笑った。フォンとは似ても似つかない、邪悪を腹の底に溜め込んだ笑顔を浮かべたのを見て、本物は咄嗟に叫んだ。


「皆、逃げろ!」


 彼が声を張り上げ、仲間達の体を掴んでテーブルの下に引きずり込んだのは、笑顔の裏にとてつもない危険性を感じ取ったからだけではない。

 近くの自警団よりも、一行を見張っていた者達よりも真っ先に、もう一人のフォンがコートをはだけて自身の体を露出させたのに気付いたからだ。そしてその中身が、人間のような肌色ではなく、まるで操り人形のような無機質な木々の構築物だとも。

 大小様々な木材、鋼材、その他諸々を複雑に組み合わせて作られた、人間の紛い物。

 入り組んだ体の奥に煌めくのは、白銀の刃。


「なんだ、これ、は――」


 自警団の誰もが危険だと判断し、逃げようとした時には、遅かった。

 偽物の体から弓矢のように放たれた無数の刃物が、集まった男達の体を貫いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る