第110話 解決と忍者

「――いやあ、本当に大手柄だよ、君達! 前々からやり手の冒険者だと思ってはいたが、まさかこんな難事件を解決してくれるなんて!」

「ど、どうも……」

「こいつ、調子いい」

「しっ、思ってても言っちゃ駄目だよ、サーシャ」


 翌日、冒険者組合の総合案内所ではウォンディ組合長がフォン達の前で何度も頭を下げながら、貼り付けたような笑顔で一同に感謝を述べていた。

 理由は当然、街を賑わせていたカルト集団による殺人事件を解決に導いたからだ。

 あの後、クロエ達によって雑兵は全滅し、アンジェラが戦意を喪失したカゲミツを騎士団へと引き渡したことで、カルト集団は壊滅した。クラーク達も無事に救出され、事情聴取を含めて、次の日ギルディアに戻ってきた一行は感謝され、今に至るのだ。

 受付嬢達からも尊敬の視線を浴びる、案内所の中央に立つフォン達は、正直に言うとあまり嬉しそうな顔ではなかった。寧ろ、慣れない状況に困ってすらいるようだった。

 なんせ、彼らに注目しているのは掌を返したウォンディを含むスタッフだけでない。他の冒険者達も、ギルディアを救った彼らを見つめているのだ。


「というか、感謝してるなら報酬の少しでも貰えれば嬉しいんだけど」

「えっ?」


 クロエがさらりと提案すると、ウォンディの表情が一変した。

 どうやら感謝をしておけば、今回の意見に関する報酬云々の話は流れると思っていたようだ。


「あたし達、組合長さんが用意したパーティよりずっと活躍したと思うんだけどなー。あんまり業突く張りなことは言わないけど、ちょっとくらいあれば嬉しいなー」

「……既に業突く張りだろうが」

「何か言った?」

「な、なんでもないよ! 分かった、報酬は手配しておくよ、それじゃあ!」


 クロエと話すのは不利だと判断したのか、ウォンディはそそくさと立ち去った。それでも、周囲の視線はまだ残っていて、フォン達を羨望や嫉妬の混じった目で見つめていた。

 はっきり言うと、サーシャは心底どうでも良さそうだったし、クロエも一安心はしたようだったが、そう嬉しそうでもなかった。寧ろ、妙な注目を集めてしまったのは良くないとすら思っているようだった。なんせ、事件が事件なのだから。


「とにもかくにも、事件は無事解決して何よりでござるな」

「サーシャ、興味ない」

「……ねえ、僕は先に宿に戻ってもいいかな」


 カレンやサーシャ達はともかく、フォンは注目を浴びるのが特に苦手なようだ。

 生来の忍者としての控えめな性格か、影を好む性質か。手を握り媚びる態度を示していたウォンディが苦手なのも原因の一つだろうが、いずれにせよ、早々に離れたいと顔に出ていて、隠そうともしていない。


「だね。同じことばっかり聞かれたりしても疲れるし、今日は宿に……」


 可愛い弟分がこういうならば、クロエとしては早急に悪列な環境から離してやらなければならない。

 彼女がややげんなりしたフォンを宿に帰すべく、踵を返そうとした時だった。


「――フォン、ちょっといいかしら?」


 案内所の扉をこれまた乱暴に開き、仕事を終えた様子のアンジェラがやってきた。


「アンジー……」


 名を呼ばれたフォンは、少し戸惑っているようだった。

 というのも、龍の刺青の忍者の話をしてから二人はちっとも会話を交わしていなかったのだ。もっと話すべき内容はあったはずなのに、互いの口に帳を下ろしたかのように、街に戻っても沈黙を貫いていた。

 クロエ達も何かあった様子のフォンを心配していたが、彼は事情を話そうとはしなかった。忍者の里とアンジェラの過去、矛盾した一年間の話をしても意味がないどころか、余計なトラブルに巻き込みかねないと彼が思ったからだ。

 そんな彼とは裏腹に、アンジェラは今日も快活な様子だった。


「ちょっと話があるの。ついてきてくれる?」


 しかし、彼女がフォンを呼んだ理由は、昨日の一件に関連していた。

 こんな人だかりの中で話す事柄ではないとすれば、間違いなく龍の刺青の忍者の件だろう。


「フォン……」


 クロエのみならず、カレンやサーシャまでもが心配そうだったが、フォンは意を決した様子で小さく頷いた。


「分かった、行くよ。皆はここにいてくれるかな、直ぐに戻ってくるから」

「師匠、もしなにかあればいつでもお呼び下され。このカレン、師匠の弟子としていつどこでも何度でも馳せ参じるでござる」

「サーシャも。お前、別の奴にやられる、嫌だ。サーシャ、お前と決着付けるまで、守る」

「大丈夫だよ、そこまで物騒な話にはならないと思う。ありがとうね、皆」

「……気を付けてね」

「……ありがとう、クロエ」


 フォンは何を話すのかと何となくではあるが察しながら、彼女について行き、案内所の外に出た。

 残されたクロエ達は、彼を追おうともしなかった。いつものクロエ達なら尾行でもしそうなものだったが、アンジェラ相手では間違いなくばれてしまいそうだったし、フォンにとって足を踏み入れられたくない、闇の部分だとも知っていたのだろう。

 こちら側の深い問題に首を突っ込まれないのは、ありがたい気づかいだと彼が思っていると、通りに出て直ぐに、アンジェラが歩きながら口を開いた。


「……昨日の話、まだ覚えてる?」


 昨日の話。復讐と、矛盾の話だ。

 フォンは頷いた。


「うん、龍の刺青の忍者の話だね。あの後、何度も思い返したけど、やっぱり僕は殺してる。心臓を突いて、宿舎諸共燃やしたから間違いない」

「実は生きていた、とすれば?」

「だとしても、他人の介護なしに生きてはいけない。かつての忍者としての技術を活かしながら人殺しをできるほど回復するなんて、考えられないよ」

「けど、私の家族は死んだわ。だとすればまだ、私の目的は終わっていない」

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