第86話 王の剣と忍者

 一方その頃、自警団の倉庫から少し離れた通りに面した万屋。

 多くの冒険者が日用品や冒険の必需品を買い揃える人気の万屋の隣にある小さな店で、フォン達は買い物をしていた。

 店は本当に狭く、年老いた店主が座るカウンターと店内を一周する細い通路以外は、アイテムがこれでもかと積まれている。天井から吊り下げられたロープや山積みのズボンなどがごちゃごちゃと押し込められた光景は、まるで埃っぽい物置のようだ。

 それでも、アンジェラと同じ空間にいるよりはクロエ達にとっては居心地が良いようで、話も案内所にいる時よりはずっと弾んでいた。


「今更だけど、サーシャがフォンを悪く言われて怒るのも慣れちゃったよね」


 こんな調子でサーシャをからかえるくらいの余裕は、三人に戻ってきていた。


「サーシャも、トレイル一族も、偉大なる戦士に敬意、払う。こいつ、サーシャと同じくらい強い、戦士。戦士を侮辱する、サーシャ、許さない」

「戦士じゃなくて忍者なんだけどね……でも、気持ちは嬉しいよ。ありがとう」

「…………フン」


 少し間を開けて、サーシャはそっぽを向いた。背の高い彼女だから誰も気づかなかったが、どうしてか微かに赤く染まった頬を、フォンに見せない為だろう。

 ポニーテールを揺らし、鼻を鳴らすサーシャの隣でカレンが思い出したように言った。


「それにしても、あのアンジェラとは何者でござるか? 組合長がやけに媚びていたでござるが、それほど偉い人物でござるか?」


 カレンの問いに、クロエは顎に指をあてがいながら答えた。


「偉いかどうかで言うなら、偉い部類に入るだろうね。なんせ頭数の少ない王都騎士団の中でも、国王が認めた五人……そのうちの一人だから」

「ふむ、騎士団を名乗るのに少数とはおかしなものでござるな」


 確かにカレンの言う通り、少数でなければわざわざ自警団を街に設置する必要もなくなるだろう。犯罪者を捕えれば引き取りにも来てくれるし、絶対数を増やせば良いだろうというカレンの素朴な疑問は、クロエによって解決された。


「王都騎士団は、表向きには国を警護する役目だって言われてるけど、実態は王都とそこに住んでる貴族を守護する組織なの。彼らを支援してる貴族としては数よりも質を重視してるみたいで、志願者は多いけど、相当な数が篩にかけられるんだよね」

「成程。ギルディアでアンジェラと同じ鎧を着けた騎士がいないのは、それが理由か」

「鋭いね、フォン。ギルディアには王都騎士はいないから、自警団がいるんだよ」


 国を守る騎士が選別されるのは仕方ないとして、貴族を守る為だけに数を減らされれば、周辺の街も住民もたまったものではないだろう。


「全員エリートだから所属してる騎士は大体有名だけど、特にあのアンジェラはかなり名が知れてるね。騎士団の中で平民から騎士になって、しかも国王直属の騎士『王の剣』の中で唯一の女性だって有名だから、あたしも小耳には挟んでたんだ」


 凄まじい倍率の中で成り上がるだけの実力を持つ、国王直属の騎士。どう考えても暇ではないだろうし、冒険者ばかりの物騒な街に来る理由も思い当たりがない。


「そんな騎士が、どうして一人でギルディアに――」


 謎について、ふむ、とフォンは思案しようとしたが、回答は直ぐに返ってきた。


「――さっきも言った通りよ。シャドウ・タイガーを探しに来たの」


 背後から音もなく、ぬっと現れたアンジェラ本人の声によって。


「なッ!?」


 狭い店内、カウンターに座る店主の反応すらすり抜け、彼女は最初からそこにいたかのように背後に立っていたのだ。積み重なった商品が崩れるのも構わず、クロエ達は思わず飛び退いてしまった。

 フォンも驚いたようだったが、飛び退きまではしなかった。唐突な事態にも挙動自体を乱さないフォンを一層気に入ったのか、アンジェラは橙の瞳を輝かせる。


「探したわよ、フォン! まさかこんな古びた万屋にいるなんて!」

「アンジェラ……!」

「しかも、私の気配を察して袖の武器を取り出そうとしたわね! 相手が誰かより、殺せるか否かを判断するなんて、ますます気に入っちゃった!」


 しかもその瞳で、彼女はフォンがパーカーの袖に隠し持ち、掌に滑らせていた黒い刃の武器、苦無の存在まで見抜いていた。掌の内側で、彼女からは見えないはずなのに、だ。

気分が高揚すると二又の眉毛が跳ねるように動くようで、ただでさえミステリアスなフォンへの関心が一層強まっているのが、アンジェラの感情の起伏からもよく分かる。

そんな彼女は、崩落した商品の山も、落ち着いたクロエ達の視線も構いはしなかった。


「フォン、改めて口説かせてもらうわね。やっぱりパートナーには、貴方が適任よ」


 当たり前のように、アンジェラはフォンの空いた手を握り、にっこりと微笑んだ。

 謎の多い女性ではあるが、笑顔は屈託のない子供のようで、高い背や成熟した彼女の顔立ちとのギャップに心奪われてしまう男は必ずいるだろう。

 そう思ったが、フォンは苦無を前腕に仕舞い込み、静かに聞いた。


「どうして僕なんだ? 他にも精鋭の冒険者はいくらでもいるはずだよ?」


 単に目を気に入っただけではなく、アンジェラにも彼を選ぶ理由はあった。


「私が追っている悪党は、ただの剣士じゃないのよ――忍者っていう、危険な相手なの」


 フォンは思わず、苦無を袖から落としてしまいそうになった。

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