第81話 女騎士と忍者

 その女騎士は、美しい顔立ちをしているのに、随分とおかしな風体だった。

 橙の髪をショートのウルフカットにして、髪の横、一部だけは首筋まで伸びている。瞳はやや黒点の細い紫色で、橙色の眉毛は尻の部分だけが二又。一見するとドレスのような、金の刺繍が施された薄い白銀の鎧と、深紅の腰布を装備している。

 歳は見たところクロエと同じくらいで、身長はフォンよりは高いが、サーシャほどではない。細身ではあるがしっかり鍛えられているのを、フォンは見抜いた。ちなみに、胸は控えめなスレンダー体型であるのも見抜いた。

 しかし、何よりも異様だったのは、両手に備え付けられた一対の白銀の盾と、そこに内蔵された幾つもの刃に分割された剣。あんな武器は、フォンも見たことがない。

 そんな女性が、屈託のない顔で、からからと笑いながら、同じ発言を繰り返す。


「……あら? 皆、遠慮しなくていいのよ! シャドウ・タイガーについて教えて欲しいの、どんな小さな目撃証言でも大歓迎よ!」


 冒険者達が呆然と彼女を眺めていると、カウンターから二人の受付嬢がやって来た。どちらも相当慌てている様子で、且つ相手に敬意を払っている態度で。


「ちょ、ちょっと、アンジェラさん!」

「その名前はあまり出さないでください、組合長が待ってますので、こちらでどうぞ!」


 やはり、シャドウ・タイガーの名前はあまり公にして良いものではないらしい。


「ふーん? まあいいわ、それじゃあ案内をよろしくね、お嬢さん!」


 受付嬢に連れられて、カウンターの奥へと歩き去っていった。

 台風の如く登場した謎の女性が従業員専用の部屋へと消えていくと、冒険者達のざわめきが戻ってきた。クロエ達も周りの人々と同じく、話題をシャドウ・タイガーの件から、いきなり現れた女性のことへとシフトさせた。


「見たところ、騎士のようでござるな。おまけに落ち着きのない女でござる」


 腕を組んで椅子にもたれるカレンに、フォンとサーシャが発言そのものを彼女に重ねる一方で、クロエは何かを思い出すように、皿の上にフォークを置いた。


「……あの鎧って、たしか……」

「クロエ、知ってるの?」


 フォンが聞くと、クロエは自信なさげに答えた。


「んー、誰かはあんまり知らないかも。間違いないのは、あの人が着てた鎧は、王都ネリオスの騎士団が使ってる鎧だよ。厳格で屈強な騎士団がね」


 ギルディアから遠くない王都ネリオスには、都、ひいては国を守る騎士団が存在する。精鋭が名を連ねるこの騎士団は少数ながら、単身でならず者や盗賊団を殲滅するほどの力があると、フォンは里にいた頃に聞きかじっていた。


「王都からわざわざギルディアまで……彼女の言う通り、シャドウ・タイガーの事件を解決する為に派遣されたんだろうね。彼女一人だけでここに来たのなら、相当腕に自信があるか、王都側に余裕がないかのどちらかだ」

「あたしは後者だと思うよ。王都は選民思想が蔓延ってて、ギルディアや他の街の連中なんてミソッカス以下にしか思ってない奴らばかりだもん」

「クロエ、王都に詳しい。なんでだ?」

「パーティ唯一の常識人を舐めてもらっちゃ困るよ。さしずめ組合側から王都に助けてもらうよう申請を出したら、あっちはてきとうに騎士を投げてきたってとこかな」

「世知辛い話でござるなあ……」


 冒険者としては恐ろしい思いをしているのに、王都からは何とも真面目ではなさそうな騎士がやって来たのだから、ずっこけたい気分だっただろう。クロエの言う選民思想が真実であれば、向こうは事件を軽く捉えているに違いない。

 カレンが大きく伸びをすると、案内所の奥から再びアンジェラが出てきた。

 しかも今度は、後ろに媚び諂った顔を浮かべる男まで連れていた。

 中肉中背、常に輝く禿げ頭と大きな丸眼鏡以外は特徴のない平凡な男で、赤い林檎柄のシャツとよれよれの赤い長ズボンを着用している彼については、フォンも知っている。組合のリーダーで、国と組織と利用者の間でいつも板挟みになっている男、ウォンディだ。


「――いやあ、いやいや! まさか王都騎士団から『王の剣』が来てくださるなんて本当に助かります! これでもう、事件は解決したも同然ですねぇ!」


 手を擦りながら使う彼のおべっかを、アンジェラはそのまま受け取る。


「あら、随分高く評価してくれるのね! 俄然やる気が出るわね、ハゲ!」

「は、ハゲじゃなくて、ウォンディなんですけど……組合長なんですけど……」


 ウォンディが訂正もせずにへりくだった一方、クロエは思わず声を上げた。


「『王の剣』!? まさか王族直属の騎士が、こんなところに!?」


 立ち上がりまでしたクロエの挙動に三人は驚いた。アンジェラの耳にも声は届いたのか、引き留めようとするウォンディを無視して、彼女は四人のテーブルまでやって来た。


「私のことを知ってくれてるなんて、嬉しいわね。お嬢さん達、お名前は?」


 そう聞かれ、冷静さを取り戻したクロエが、関心のなさそうな声で問いに答える。


「……お嬢さんって歳じゃないけど、あたしはクロエ・ディフォーレン。こっちはサーシャとカレン、それからフォン。ただの冒険者だよ」

「ただの冒険者、ねえ……少なくとも、貴方はそうじゃないわね」


 アンジェラの興味は、自分を知っているクロエではなく、いつもの表情で椅子に座っているフォンに向いていた。視線に気づいたフォンは目を逸らそうとするが、彼女はどかどかと近寄ってきて、じっと彼を見つめる。

 フォンには分かる。彼女の目は、ただの騎士のそれではない。

 目を合わせずとも、彼の全てを見抜こうとしている。


「目の奥がとても暗くて、光でどうにか誤魔化そうとしてるけど、ちっとも隠し切れてない。負の感情が渦巻いてて、どす黒くて……うん、決めたわ」


 彼女はにかっと笑うと、フォンにとある頼みをした。


「貴方、私のサポーターになってくれないかしら?」


 中身も何もかも予想できる、嫌な予感しかしない頼みを。

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