第65話 ニンジャ・フラッシュ


 もしかすると、マッツォ卿が雇った者達はこの魔物の群れに蹂躙されてしまったのかもしれない。そう思えるほど、魔物の質と勢いは軽視できなかった。

 ただし、フォン達もあっさりやられるほど甘くない。


「獣にはうってつけの術があるでござる! 忍法・火遁『鬼火の術』!」


 カレンが白い鞄から取り出し、枯草を固めた物体を爪で擦ると、固形物はめらめらと燃え出した。彼女は勢いよく炎の玉を投げ、直撃した魔物はたちまち燃え始める。


「ガガアアァァ!?」


 一匹が燃え、近くにいたキバコウモリや斑猪に引火する。火を恐れる魔物の動きが鈍ったのを見たカレンは、ガッツポーズをしてフォンに振り向く。


「魔物といっても野生生物、火を嫌うのは自明の理! どうでござるか、師匠、拙者の火遁の術の切れ味は……っと!?」


 彼の評価を貰うより先に、フォンはカレンの背後から迫ってきていた巨大な蛇の頭を鎖で縛ると、地面に叩きつけ、思い切り踏みつけた。彼がそうしていなければ、きっとカレンの頭を丸呑みにしていただろう。

 自分の有り得た末路にぞっとしていると、フォンが鎖鎌を回しながら彼女の隣に立つ。


「術のキレはいいね、成長してる。けど詰めが甘い、忍者なら油断しないようにね」


「は、はいでござる!」


 そうして弟子の気を引き締めさせ、師匠は迫る二頭の斑猪を攻撃する。

 二人の様子を見ているクロエには、少なくとも多くの魔物を相手にしながらサーシャと話すだけの余裕があった。サーシャも同様で、元はソロで活動している彼女達にとっては、まだまだ余裕なのだろう。


「あの二人、すっかり師匠と弟子って感じだね!」


 大きな岩の間を飛び交い、身の丈ほどの弓で矢を放ち、魔物を貫く。


「フォン、師匠になって強くなる! サーシャ、強くなったフォン、倒すッ!」


 爪や牙の攻撃を素手で受け止め、身の丈以上のメイスを振るい、魔物の頭を潰す。

 四人が四人、持ち前の技術をフル活用して魔物を撃退していく。しかし、相当な数を倒し、殺しているはずなのに、魔物の数が減る様子がない。


「これで十匹目……敵が退く様子がないな」


 寧ろ、種族が増えている。顔が二つある牛や、今度は赤いハイエナまで混じっている。


「やっぱりおかしいよ、フォン。これだけ種類の違う魔物が一つの群れになって、しかもあたし達を始末するって一つの目的で動いてる。これじゃあまるで……でりゃあッ!」


 矢筒の中身を気にするクロエの言葉を聞いて、フォンの脳裏に、ある仮説が浮かんだ。


「……まさか、誰かの命令で動いてる……?」


 彼らは群れ――種族を越えた群れだ。ならば、頭がいる。

 だとすれば、頭を守る命令を受けているのだとすれば彼らは忠実に従う。部下が枯渇するまで続くならば不利であると判断したフォンは、魔物を分銅で殴りながら叫んだ。


「皆、一旦退こう!」


「撤退するのでござるか!? この程度なら、師匠が全力を出せば余裕でござるよ!?」


「全力を出して彼らを倒したところで、次の魔物が来るだけだ! カレン、撒菱を修行で教えた通り、敵を囲むように撒くんだ! クロエとサーシャは目と耳を閉じて、僕が合図するまで目を開けちゃ駄目だよ!」


「うん、分かった!」


 クロエとサーシャが敵と距離を取り、武器を仕舞って目を閉じて耳を塞ぐ。

 魔物達が好機とばかりに二人目掛けて襲おうとしたが、カレンが鞄から取り出し、敵の足元に投げつけた鉄製の小さな菱状の道具を踏みつけ、唸り声をあげて足を止めた。『撒菱』と呼ばれる、忍者が逃げる時に使う忍具である。

 それだけでも効果はあるが、フォンはカーゴパンツのポケットから二つの布で包まれた掌サイズの球を取り出すと、追い打ちとばかりに地面に叩きつけた。


「忍法・雷遁『閃光玉』、プラス『炸裂玉』さくれつだま!」


 その途端、暗い木々の隙間を白く染める閃光と、鼓膜を劈く音が辺りを埋め尽くした。


「ギギャウ!?」「グゴオォ!」


 耳と目を封じたクロエ達は大丈夫だったが、何の対策もとっていない魔物達からすれば、攻撃以上の脅威だ。音で物体を探知するとされるキバコウモリですら、耳が破壊されてしまったようで、地面に突っ伏してのたうち回っている。

 ちなみにフォンはというと、目を開けているし、耳も塞いでいない。感覚を破壊されかねない訓練を受け続けた彼にとっては、日光、大声と大差ないのだ。


「カレン、二人とも、目を開けて僕についてきて!」


 ほぼ全ての魔物がもんどりうっているのを見たフォンが三人にそう言うと、仲間達は耳から手を離し、ぱっと目を開いた。そして小さく頷くと、踵を返すようにして魔物に背を向けたフォンについて行き、山頂へと走り出した。

 背後から魔物の呻き声が聞こえてくるし、しとしと、ざあざあと雨が降ってくる。フードを被り、出来る限り魔物達から距離を取るべく、切り立った岩の間を駆け抜ける。


「光と炸裂音、撒菱で足止めは出来たから、このまま距離を取ろう! 雨も降ってきたし、匂いはどうにか誤魔化せるはずだ!」


「サーシャ、逃げるの、屈辱!」


「今は我慢して、サーシャ! 後で好きなだけ戦えるから……多分!」


 蹂躙を邪魔され、不貞腐れるサーシャをクロエが宥める。

 フォンとしては、正直なところ、魔物が一層犇めく可能性もある中では撤退も視野に入れていた。今回は依頼達成を考慮して上を目指したが、吉と出るか、凶と出るか。


 ――少なくとも、空を飛ぶ三匹のドレイクに乗った連中にとっては、彼らの行動は吉として動いていた。


「……あの光、フォン達だな」


 何者かといえば誰であろう、クラーク率いる勇者パーティだ。

 雨の中、マントも羽織らないでひたすらフォン達を追うことだけに集中していた彼らは、その成果もあって、鬱蒼とした山の中で目立つ光を見つけられた。


「近くにドレイクを降ろしましょう。魔物がいる方角と逆側から、彼を追うわ」


 クラークの呟きに、別のドレイクに乗ったマリィが同意した。馬車と違い、ドレイクはマリィが首から吊るした笛を吹けばすぐにやって来る利点を活かすのだ。

 光が見えた方角から山頂に向かうべく、三匹のドレイクは山に飛んでいった。

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