第51話 踊り子と忍者


「――だから、踊り子なんて呼んでねえっつってんだろ! とっとと帰れ!」


 フォンがカレンを地下で救出している頃、けたたましい声がとある屋敷に響いた。

 ギルディアの街から少し離れたところにぽつんと建つ一軒家。緑色の武骨な屋根が目立つ、木造りの少し大きな屋敷は、誰あろうマルモ一家のアジトだ。誰も立ち寄ろうとはしない。何が起きても誰も助けてくれない、暗い夜なら猶更だ。

 ところが、今は違う。屋敷の入り口で強面の悪い男が怒鳴っている相手は、当たり前のように一家のアジトに入り込もうとしていたのだ。


「そう言わないでよ。あたし達みたいな美人が無料で踊ってあげるんだからさー?」


「うふん、あはん」


 それは紛れもなく、クロエとサーシャだった。

 ただし、格好だけはいつもと違う。まるで下着のような肌面積の、服というよりは下着に近い衣服しか身に纏っておらず、口元は薄手の布で隠している。どちらも紫色で、男性の劣情を催すには十分過ぎるくらいきわどい衣装だ。

 そんな格好をしていれば、普通の男性なら鼻の下を伸ばして部屋に連れ込むだろう。しかし、問題があるとすれば、その人選だった。


「美人って、そうでもねえじゃねえか! 一人は乳のちっせえ芋女、もう一人は筋肉ダルマ、どこをどう見りゃあ美人に見えるんだ! 鏡見て出直せ!」


 二人の体つきは、お世辞にもナイスバディで、踊り子に向いているとは言えなかった。

 クロエは可愛らしい顔つきと体躯だが、裏を返せば豊満であるとも妖艶であるとも言えない。サーシャは確かに引き締まっているが、体の至る所に傷がつき、腹筋はしっかりと割れて筋骨隆々。入り口の男も、屋敷の中の連中も、魅力的には思っていない。


「芋……そ、そう言わないで、ね?」


 田舎臭いと暗に言われて顔を引き攣らせるクロエだが、どうにか話を続ける。


「あたし達踊り子見習いなの、ちょっとは功績を上げないとクビにされちゃうし、天下のマルモ一家で躍らせてもらえたら拍がつくだろうし、だからいいでしょ、一回だけ!」


「うふーん、あはーん」


「知らねえよ、クビにでもなんでもなっちまえ! ほら、出てけ出てけ!」


 苛立ちが限界を超えた男が、半ば乱暴に二人を追い出そうとした。

 それでも二人が(正確にはクロエだけが)どうにかと説得しようとすると、家の奥の一番大きな椅子にふんぞり返った白髪の男、マルモの親分が酒瓶をテーブルに置いた。


「待て、今日は良い獲物が手に入ったんだ。祝いも兼ねて、躍らせてやろうじゃねえか」


 マルモの命令で、子分は納得いかない表情のまま、舌打ちして入り口からどいた。


「やったー、ありがとうございますぅー!」


「うふんあはーん」


 二人は踊り子らしからぬ調子でどたばたとアジトの中に入ると、早速中央に躍り出て、へばりつけたような奇怪な笑みを浮かべたまま仁王立ちした。


「では早速、踊らせていただきますね、親分!」


 そして、沢山の男達が見守る中、二人は艶めかしい踊りを、無音で始めた。

 酒が入った悪漢達の中心で、二人の踊り子が舞う。普通ならへべれけの連中が手を出しかねないほど艶めかしい光景のはずだが、マルモ一家は誰も手を出さなかった。

 なぜなら、クロエもサーシャも、踊りが壊滅的に下手なのだ。

 演舞、舞踊の素人であるはずの子分達の目で見ても、二人の動きは踊りというよりは死人の蠢きにしか見えなかった。にやにや笑っている顔も、異様さを煽り立てる。手をうねらせ、足をくねらせる死霊の盆踊りを見せつけられる男達は、一様に顔を顰める。


(……下手、だよな。色気もねえし、気味悪りいよ)


(踊りですらねえよ。筋肉を見せつけられてるみてえで、吐きそうだ……)


 何人かが目を逸らし、げんなりした表情になり始めた頃、とうとう我慢できないと言わんばかりにマルモが立ち上がり、静かに、且つきっぱりと言い放った。


「……もういい、見るに堪えねえ。帰れ」


「えぇー、そんなこと言わずにぃ……」


 しかし、クロエの視線はマルモではなく、その少し奥に向いていた。


(フォンだ、それにカレンも。うまく脱出できたみたいだし、ここらが引き際かな)


 マルモ一家が誰も気づいていない、地下に通じる階段からこっそりと出てきているのは、フォンとカレンだった。そしてこの状況こそが、クロエの作戦だった。

 二人の踊りで周囲の気を引いている間に、フォンが地下に忍び込んでカレンを救出する。頃合いを見て二人が脱出すれば作戦成功、という予定であったが、この調子だと何もせずとも帰してもらえそうだ。

 まともにダンスを見せたつもりだが、とんとん拍子で作戦がこなせたものだと、周囲からひそひそと罵声を浴びるクロエは内心安堵した。


「――フォン、お前、何してる?」


 さも当然であるかのように、フォンに声をかけるサーシャの存在がなければ。


「サーシャ!?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまったクロエもそうだが、カレンを担いで歩くフォンも驚いたようだ。彼らでそうなのだから、マルモ一家の視線が注がれるのは当然である。


「あんた、なんでフォンを呼んじゃうのよ!? あたしとあんたの二人で連中の気を引いてるうちに、フォンがカレンを地下から助け出す作戦でいくって、ここに来る途中で何回も説明してたじゃない! もしかして聞いてなかった……」


 加えて、サーシャの両肩を掴み、ぶんぶんと振りながら怒鳴るクロエの説明が追い打ちをかけた。作戦を理解していなかったサーシャを叱りつけるが、後の祭り。

 声を上げながら、クロエは気づいた。一家全員の視線が、自分達を睨んでいるのに。


「……あ、あはは……あたし達、言われた通りに帰るね、はは……」


 サーシャを引きずって入り口まで戻ろうとしたが、扉が閉まる音がした。


「……そうはいかねえな。マルモ一家を騙そうとしたんだ、ただでは返さねえぞ」


 マルモとその子分が、クロエ達を取り囲んでいた。しかも、フォンとカレンも逃すまいとガンを飛ばしながら、壁に追いつめるように近寄っているのだ。

 つまり、フォン達は袋の鼠。男達を統べるマルモは、コソ泥達に死刑宣告を下した。


「お前ら、こいつらに教えてやれ。俺を敵に回すとどうなるか、死を以ってな」


「「おうっ!」」


 マルモは椅子にどっかりと座り、子分達に始末を任せた。

 じりじりと距離を詰めてくる敵を見て、クロエは覚悟を決めて叫ぶ。


「仕方ない、フォン、作戦変更! 忍ばないでぶっ飛ばすよっ!」


 それを聞いて、フォンの目つきも変わった。クロエの指示は、つまり、一つの結論。


「分かった――忍び忍ばず、いざ参る!」


 忍者らしく忍ぶのは終わり――敵を全員、叩きのめしてやれという号令である。

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