第15話 ニンジャ・ヒートアップ


「僕が、失敗、させた?」


 フォンは、クラーク達の言っている意味が理解できなかった。依頼に失敗したのは、自分のせいだと。自分の不在ではなく、そうなるよう仕組んだからだと。


「そうだよ、お前がいなくなった途端にこれだ! お前、俺達に隠れて何か細工をしてたんだろ! 依頼が失敗するように、俺達への腹いせに!」


「荒れ地で何度も迷ったのも、あんたのせいでしょ! 何をしたのか、言いなさいよ!」


「やっぱり……やっぱり、そこのクズが邪魔してたんだ! 私、そんな気がしてたんだよね! 兄ちゃんと私達の邪魔ばっかりしてるね!」


 クラークが、サラが、更にはジャスミンまでもが罵倒する。疲労困憊の様子のパトリスと、彼に対して後ろめたさがあるようなマリィは、何も言わない。ただ、何もしないだけで、助けてもくれない。

 じりじりと怒りを孕んで怒鳴り、詰め寄る三人に、困惑するフォンが言った。


「ま、待って! 僕は何もしてない、失敗したのは多分、注意力と準備の……」


 しかし、クラーク達は自分が実力者だと確信している。フォンが至極真っ当なことを言っているとしても、絶対に認めないし、他の二人だって――四人とも、そうだ。


「そんなわけねえだろうが! 俺は勇者、俺達は最強のパーティなんだぞ!? 新人のパトリスをこんな目に遭わせやがって、人間のクズが!」


「彼女の才能を見初めたのは分かる、だったらもっと簡単な依頼から……」


「この期に及んで言い訳すんな! 人でなし、ゴミ、最低野郎!」


 ジャスミンが手を振って喚き、フォンの悪口をぶつけていると、遂にクロエが切れた。


「――最低でゴミで人でなしで屑なのは、そっちでしょ」


 ずい、とフォンの前に立った彼女は、例え目の前の相手が怪我人であろうとも、発言によっては弓を構えかねないほどの怒りに満ちていた。

 何者だ、とクラークが問う前に、クロエが口を開いた。


「あたしはクロエ、フォンとパーティを組んでる。彼と組んでまだ二日だけどさ、はっきり言って、彼の実力は並じゃない。あんた達が雑務で使い潰していいものじゃない。フォンが何かを仕組んだって? 単純に、あんた達の実力が低いだけでしょ」


「何を言って……」


「大方、あんた達はフォンの恩恵に気付けなかっただけじゃないの? フォンがどれだけ無能のサポートをしてくれてたか、覚えてる奴はいるの?」


 誰も答えない。フォンが何をしてくれていたかなど、誰も、何も。


「……やっぱり。貢献してくれたのも知らないんじゃ、悪口を言う資格なんてないね」


「フォンは、その……」


 唯一、彼が何をしてくれていたかをある程度――それでもある程度覚えてくれていたマリィが反論しようとしたが、先にクラークが怒鳴り散らした。


「こいつは荷物持ち以外何もしてねえよ! だから無能なんだよ!」


「あっそ。じゃあ、勇者様一行は無能を通り越して肥溜めの糞だね。フォンが今までどれだけ頑張ってきてくれたのかにも気づけない連中だもんね」


 クロエが煽ると、傷だらけなのにも関わらず、サラとジャスミンが躍り出た。拳を握り、剣の柄に手をかけているのを見ると、どう考えても戦いを始めるつもりだ。


「弓使い風情が、調子に乗りやがって……武闘家に逆らうとどうなるか教えてやる!」


「私もやってやる! 何でもいいから切り刻みたい気分なの!」


 クロエはともかく、目を血走らせて、何でもいいから怒りをぶつけたいと言わんばかりの態度の勇者パーティを見る周囲の目は、奇異に満ちている。

 勇者と言えば、いつも冷静で、仲間達とは和気藹々としていて、それでいて仕事は確実にこなす。ここに来てからずっとそんな勇者しか見て来なかった、総合案内所にいる全ての人々は、彼女達の豹変ぶりに、こそこそと違和感を話し合う。


「おいおい、あれが勇者パーティかよ。荒れすぎだろ」


「いくら苛立ってるって言ったって、ありゃあなあ……」


 明らかに、マイナスイメージを齎している。マリィはパトリスを近くの椅子に座らせて、慌ててクラークを含めた三人を抑える。フォンも同様に、クロエを制する。


「やめて、サラ、ジャスミン! 喧嘩するより先に、皆の治療を……」


「クロエもよして、僕は気にしてない、気にしてないから!」


「フォンが良くても、あたしは良くない。勇者パーティだなんてふんぞり返って、フォンをこんな奴らが無能扱いしてたのが!」


「お前、俺達勇者に向かってそんなことを言って、タダで済むと思うなよ!」


「無能に無能って言って何が悪いんだよ、あぁ!?」


 とうとう、サラが近くのテーブルを蹴り上げた。

 人が座っていたテーブルは、がたん、と倒れて、乗っていたスープが椀ごと零れ落ちた。騒然とする案内所の中で、とある人の食事が一つ、ふいになった。

 マントを羽織って、フードを被ったその人物は、ゆっくりと立ち上がり、サラの肩に手をかけた。そして、低いが確かに女性の声だと分かる声で、底から響くように言った。


「……お前、サーシャの食事、壊したな」


 サラは振り返り、拳を構え、必要なら殴ってやるつもりでいた。


「は? 何だよあんたは、邪魔すんぶごッ」


 彼女の顔面に、フードを被った女性の拳が突き刺さるまでは。

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