15 囚われ


 地下深く、罪人をとらえ留置する場所に、一人の女性が拘束されていた。


 名をクイナ・キャバディーニ。完全適正者のアイーダと近衛騎士のジョシュア、その実の母である。


 罪状は反逆罪となっているが、それは彼女が留置されている理由の半分でしかない。クイナが禁呪指定の自爆魔法『爆界』を使用したことにより、謁見の間は半壊。アイーダも兄ジョシュアとともに行方不明となった。その場にいて無傷だったのは王と王妃の二人だけ。クイナを取り囲んでいた近衛騎士も傷を負い、当然、クイナ自身も瀕死の重傷を負っていた。


 そんな状態にもかかわらず彼女が今生きているのは、そして未だ処刑されていないのは、一人の男の進言によるものだった。


「やあ、気分はどうですか。クイナ・キャバディーニ公爵夫人」


 ニタニタとした気分の悪い笑みを浮かべながら彼女に話しかけるのは、壮年の男。


 ジョエル・マクレイン。


 二年前、から家族全員を失った哀れな男だ。


「……ジョエル」


 クイナは掠れる声を振り絞り男の名前を呼ぶ。彼女にとっても、この男の存在は無視できないものであった。


「こうして話すのは久しぶりですね、キャバディーニ夫人。まったく、あなたも大したお方だ。娘の為、国王を敵に回すのだから。流石、魔法の権威と言われただけのことはある。王宮内にも、未だあなたに酔心するものは多い。おおかた、昨夜行われたあの儀式の情報もそこから手に入れたのでしょう」


「……腐敗した貴族の見本が、反逆者に何の御用でしょうか」


 長ったらしい口上を無視して、クイナはジョエルを睨みながら端的に返す。


「ははは、まだそんな皮肉を言う元気があるとは、さすがは公爵夫人ですな」


 お互いに一歩も譲らない、憎まれ口の応酬だった。


「まったく、度し難い。あなたほどの方が、自分の娘だから、という程度の理由で命を懸けるのだから」


 心底あきれ果てたと言わんばかりに、ジョエルが首を振る。その芝居がかった動作にクイナは言いようのない嫌悪感を覚える。


「あなたには分からないでしょう。家族を、道具としか見ていないあなたには」


 精一杯の虚勢とともに睨みつける。が、そんなものは屁でもないとばかりにジョエルはいやらしい笑みを深くした。


「まだまだご壮健であるのはわかりました。しかし、よいのですかな?」


「なにが……?」


「命の恩人に対して、そのような態度をとっても」


 怖気が立つような笑みを浮かべ、ジョエルは言う。クイナは目を見開いた。


 クイナ自身、どこかおかしいと感じていた。自爆魔法を使ったはずなのに生きている自分。致命傷どころか、こうして会話さえできている。そして、未だに生かされている自分の命。


「っくくっくくくくく、っふっぬははははは……」


 堪えきれぬというように、嘲笑をまき散らすジョエル。


「なんです、私が生きていることが、そんなにおかしいか!」


 たまらず怒声を浴びせたクイナに、ジョエルは親切にも答えた。自分がわざわざ、王に進言してまで彼女を生かしている、その訳を。


「あなたは、愛しい娘を、アイーダを、自らの手で救い、逃がしたつもりでいらっしゃるようだ」


 ジョエルの言う意味が分からない。確かに自分は、かつての部下から国王についてのよからぬ噂を聞き、アイーダを救うためにこの身を犠牲にした。現に、アイーダは王宮から逃れ、自分は囚われている。クイナは心の内で首を傾げた。


 その心の疑問をあざ笑うかのように、ジョエルは心底楽しそうに告げるのだった。


「だぁからですよ、キャバディーニ。命を懸けて救ってくれた、その母を! あの! 出来損ないにすら同情する心優しいアイーダ様がお見捨てになるはずがないでしょう? あの程度で娘を守った気になっている! ああ愉快でたまりませんよ!」


「――っ!」


 死ねば、餌にもならない。


 その言葉に、クイナは理解した。己がどれだけ浅はかだったのか。そして、目の前の男がいかにこれまで、卑劣な選択をしてきたのかを。


「娘をどうするつもり!? まさかまた、国王の怪しげな儀式に……!」


「……さあ? そんなことは知りません。私はただ、この身が王にとって有用であることを示すのみ。そのために、あらゆるものを使ってきたのだから」


「下衆が」


「っはは、そうかね?」


 心底から吐き出した侮蔑の言葉を、ジョエルは嗤って受け入れる。この男にはもう、人の情というものが残っていない。


 クイナにはもう、祈ることしかできなかった。どうか、どうかアイーダが、愛しい娘が、




 ――我が身を、見捨ててくれるように、と。



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