07 いもうと
わたしは……、わたしは……。
「……最低」
お兄ちゃんが軋む扉の向こうに消えて、わたしはつぶやいた。
八つ当たり、じゃあないのかもしれない。きっとお兄ちゃんは、今のわたしの言葉をきちんと受け止めようとした。だって、わたしが言ったことは、半分は本当のことだから。
お兄ちゃんのせいで、わたしはこうなった。お兄ちゃんが魔法を使えないせいで。
でも、それは本当にお兄ちゃんのせいなの? お父様がわたしたちを殺そうとしたのは? お兄ちゃんがもっと努力をしていれば魔法を使えるようになったの? お父様を止められたの?
――違う。
お兄ちゃんは悪くない。
お父様がわたしたちを殺そうとした、その理由はお兄ちゃんなのかもしれない。けど、悪いのはお兄ちゃんじゃない。いま、こんな生活を送っているのもお兄ちゃんのせいじゃない。わたしが選んで、お兄ちゃんについて行ったんだもの。
ごめんなさい。
ごめんなさい、お兄ちゃん。
お兄ちゃんはこう言えば、きっと許してくれる。だって優しいから。
目が合った時のお兄ちゃんお顔を思い出す。とても悲しそうだった。けれど、微笑んでいた。そんな顔で、「ごめんな」なんて言うんだもの。
わたしは、自分がどれだけ子供なのか、お兄ちゃんがどれだけ私のことを思ってくれているか、なんとなくだけどわかってしまった。
謝りたい。
でも、当たり前に許されるのが怖い。
私がお兄ちゃんに言った言葉は、簡単に許されていい言葉じゃないのに、それでもお兄ちゃんは簡単に許すのだろう。
わたしの言葉一つで簡単に、許すのだろう。
目の前にあるパンを、冷めたスープに浸して一口食べる。
おいしくはない。今まで食べてきたものと比べれば、絶望的なまでにおいしくない。
でも私は覚えている。このスラムに来て初めて食べた草の味を、初めてすすった泥水の味を。料理なんて一度もしたことのないお兄ちゃんが、一生懸命に作ったスープの味を。
気が付けば、お皿は空になっていた。
わたしには何ができるだろう。この生活を続けるため、この生活から抜け出すために。
そう考えて、私は針と糸を手に取った。編む柄は、リリーにしよう。
お母様の名前の由来なんだって、お兄ちゃんに教えてもらった。汚れた糸じゃあ真っ白な花は作れないけど、でも……。
汚れていったって、花はきれいに咲いているのだから。
帰ってきたら、お兄ちゃんにきれいなリリーを見せよう。そして謝ろう。ごめんなさいと、ちゃんと謝って、ちゃんと二人で生きていくんだ。
――軋むドアが開く――。
◇
家を出て、あてもなくスラムをさまよっていた。時間を持て余すなんて、ここに来てから初めてのことだ。少しでもお金になるものを集めて、少しでも食べ物を集めて、そうしてこの一か月を過ごしてきた。
ただただ時間が過ぎるのを待つためにこうして歩いているのが、ひどく久しぶりだった。
メイアに、なんて謝ればいいのだろう。
頭の中にずっと同じ疑問が浮かび上がって、答えなんて出ないとわかっているのに、考えることを止めてくれない。
そう、答えなんてないのだ。だって、俺がメイアにしたことは許されることではないから。彼女の人生を、俺という無能が台無しにしたんだ。謝って、ごめんなさいして許されるレベルはとうに超えている。
でも、許されないなら謝らなくてもいいのか? 断じて違う。許されないからこそ、俺は謝らなくちゃいけない。償わなければならない。俺の一生をかけて、メイアに謝り、償い続けなければならないのだ。言葉でも、行動でも。
メイアを幸せにすることでしか俺の罪は注がれない。ただの謝罪で注がれてたまるか。
「でもそれって、最初に考えていたことと何も変わらないんだよなぁ」
盛大な独り言がため息とともにあふれた。
マクレイン家を出た時に決意したことと何も変わらない。変わったとすれば、今のままじゃダメなんだと現状を認識したくらい。どうにかしてこの気持ちを伝えないと、俺はメイアの待つ家に帰ることすらできない。何も変わらないまま帰っても、それでは何の解決にもならない。またいつか
、今日のように感情を暴れさせて終わるだけだ。
そうならないための誓いを、メイアを幸せにするという誓いを俺は立てたい。メイアと、俺自身のために。
「こんな時、母さまならどうするのかな」
優しくも厳しかった母なら、こんなときどうするのだろう。どうやって謝って、どうやって前に進むのだろう。
「母さま……。……そうか、母さまだ」
俺が自分自身に誓っても、それはただの自己満足だ。なら、
「亡き母さまに誓おう。俺は一生をかけて、メイアを幸せにすると」
自己満足には変わりないのかもしれない。でも、メイアならわかってくれると思う。
母さまの生き様を見た、俺とメイアだから。
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