第4話 再会は危険な香りの苛性ソーダ風②


 大会議室で『大学生とは』という漠然と壮大感のある講義の後、小会議室に移動し各クラスでのホームルームが始まった。

ホームルームの内容は親睦会という名の自己紹介タイムだった。


 三人掛けの長机に一席開けて出席番号順に座る。春乃はサ行なので、クラスのちょうど真ん中くらいの位置に座った。


 春乃は、前日光輝の『友達の輪を広げる作戦』を断ったため、クラスメイトの大半の顔をよく見たのはこれが初めてだった。


 女の子達は薄い濃いの差はあれ、全員がメイクをし、中にはやたらと目元がはっきりしている子や、唇が真っ赤な子、頬がやたらとピンク色をした子。


そして、もれなく全員髪の毛が茶色に染められている。春乃からすれば、みんな似たような顔に見え区別がつかない。


 男の子の方はというと、ピアスを開けていたり、髪を染めていたり、セットに時間のかかりそうな髪形をしていたが、こちらもクローン人間でもいるのではないかと思う程に見分けがつかない。


春乃は一生懸命名前と顔を一致させようと試みたが、途中で虚無感に襲われ諦めた。


男の子に関して言えば、みんな光輝でいいような気さえしたが、だからと言ってみんな光輝のように友達になれる気もしなかった。


春乃は自分の自己紹介を無難に終え、目立たないようにひっそりと影を潜めていようと心に誓った。が、光輝によってその計画は崩された。


春乃の名前が呼ばれた瞬間、光輝が「よ!有名人!」と声を上げ、クスクスと笑いが起きたのだ。


春乃は思いっきり光輝を睨みつけたが、光輝に春乃の気持ちが伝わることはない。


もはや、こちらを見て親指を立てウインクをして見せたくらいだった。渋々春乃は立ち上がる。


「櫻木春乃です。よろしくお願いします」


春乃は簡潔に名前と一言を付け加えただけで席に着いた。「それだけかよー」と光輝のヤジが聞こえてきたが無視することにした。これ以上目立つのは得策ではない。


 一通りクラス全員の自己紹介が終わると、担任教員は「あとは各々自由に交流を深めてください」と無責任に小会議室を出て行った。


すると、光輝がニヤニヤしながら春乃のところにやってきた。


「せっかくのチャンスだったのに自己紹介あれだけはないわー」


「なんのチャンスなんだよ」


春乃は不貞腐れて光輝の顔を睨む。


「もうちょっとアピールポイントあっただろー。テニス部のエースでしたーとかさ」


「エースってわけではなかったし、あの状況で何か他のことを言う気にもならなかったよ」


春乃はため息をついた。そこへ、奈緒が一人の女の子を連れて春乃と光輝のところへやってきた。


「櫻木君テニス部のエースだったのー?高校って光輝君と一緒なんだよねー?」


一度に質問を投げかけられ困惑する春乃は「いやいや」とか「まぁ」とかそんな曖昧な返事をするだけだった。それに対し、光輝はいとも簡単に回答していく。


「ハルとオレは高校が一緒で、オレは野球部だったけど、ハルは硬式テニス部だったんだよ。オレ達の高校部活に結構力入れててさ、その中でもハルはエースって呼ばれるくらいの腕前なんだよー!すげぇだろ!」


そう言ってまた春乃の肩を組もうとしたので、春乃は「大げさ」と言いながらそれを避けた。


「春乃って高校でもテニス部だったんだね!中学でもテニスやってたもんね!」


奈緒がやたらと嬉しそうに話してくる。


 そして、質問を投げかけてきた女の子はさっきも奈緒と一緒にいた女の子と同一人物だということに気が付いた。奈緒の腕に絡みついてもたれかかっている。身長は奈緒と同じくらい。


「昨日は櫻木君すぐ帰っちゃったから、お話しできなくて残念だなぁって思ってたのー」



「……はぁ」


特別残念に思っていない春乃は気のない返事をした。光輝の方は昨日のお友達作ろう作戦の時に顔を会わせていたのか、普通の顔をして会話に参加している。


「櫻木君は奈緒とどれくらいの幼馴染なのー?」


「幼稚園から中学までだよ。高校は別」


すると、その女の子は両手を口に当てて「わぁー!長い付き合いなんだねー!いいなぁー」っと言った。


春乃は何が『いいなぁ』なのかがさっぱりわからなかったが、深く追及するのはやめた。


「櫻木君、私の名前わかるー?さっきの自己紹介タイム、つまんなそうにしてたからー」


春乃はまさか自分が誰かに見られているとは思ってもみなかったので、覚えようとしていなかったことを後悔した。


確か奈緒の前に座っていたようだったが、思い出せない。


「あー、ごめん、北…なんとかさん?」


「惜しいー!北河紗友里きたがわさゆりだよー。紗友里でいいよー」


紗友里は両手を合わせて笑顔を見せる。


「紗友里さんね。覚えるわ」


「『さん』なんていらないよー」


ニコニコしながら春乃の肩を叩いた。


「わかった。紗友里ね」


「うんー!私も春乃って呼んでいいー?」


今度は可愛らしく小首をかしげる。


「いいよ」


「やったー!」


 最後には両手を上げて喜んでいる。動きがオーバーな子だなというのが春乃の印象だった。そんな二人のやり取りを奈緒は複雑そうな顔で見ていた。


「なんだよハルだけずるいじゃん!オレも紗友里って呼ぶわ」


春乃の肩をグイっと押し退けて光輝が出てくる。


「いいよー。じゃあ、私も光輝って呼ぶねー」


 その後も紗友里の質問攻めに春乃よりも光輝の方が答えるという状況が続き、四人で親睦を深めることとなった。


春乃にとっては光輝も奈緒もすでに知った仲なので、紗友里一人との親睦ということになるが、この際気にしない。


時間が経つにつれクラス全体が何となく各々の部屋に帰り始めたこともあり、四人も部屋に戻ることにした。


 男女で泊まる階が異なっており、男の子は六階、七階が教員で女の子は八階に部屋が取られている。四人でエレベーターに乗り込んだ。


「楽しかったねー」


「うん!春乃!明日は寝坊厳禁だよ!」


「わかってるって」


「オレが起こしに行ってやろうか?」


「いらねぇよ」


そんなやり取りをしている間に六階に到着した。誰ともなく「じゃあ、おやすみー」と言い合って女の子二人を見送ると、光輝が春乃を急に振り向いた。


「紗友里やばくね?可愛いし、胸こんなだし!」


そういって胸の膨らみを表現するジェスチャーをした。


「んー……あんまり覚えてないや」


「嘘だろ!?今の今まで一緒にいたじゃん!」


自分でも不思議なくらい、紗友里の顔もスタイルもぼんやりとしか思い出せない。


「ちょっと子供っぽい印象だったかなぁ……」


「そこも可愛いじゃんか!」


春乃は疑いの目を向ける。


「お前、女の子なら誰でも可愛いと思ってない?」


「そんな事はない!……と思う」


「俺には男女の見分けくらいしかつかなかったけどな」


クラス全員分の顔を思い浮かべてみるが、やはり印象に残るような顔はいない。


 各々の部屋にたどり着くまで、くだらないやり取りをしながら歩いていく。春乃は自分の部屋の前まで来ると光輝の背中をポンと叩いた。


「まぁ、浮かれすぎるなよ。おやすみ」


すると光輝は「うるせぇ」と言って手を挙げながら自分の部屋へ向かっていった。春乃は自分の部屋番号を確認し、ドアを開け中に入った。


 春乃は寝付くとき、もう一度紗友里の顔を思い出そうと試みたが、うまくはいかなかった。思いだせるのは見慣れた顔の光輝と、中学生の頃に比べメイクで少し大人びた顔になった奈緒の顔、そして昨日、散歩途中で出会った雪子の顔だった。

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