【第二章 事件と猫】03

「ありがとうございました。近いうちにまた尋ねるかもしれないのでその時はまたよろしくお願いいたしますね」

「分かりました」

 昨日とほぼ同じ要件を男性警官から聞かれただけで今日のところはそれだけで帰っていいとの事になった。

 事情聴取を終えて車外に出る頃には本格的に夜になり、パトカーの台数が増え、現場は被害者を囲うようにブルーシートで覆われており橋の出入り口では交通規制が敷かれていた。

 多数の照明器具によって光が確保された場所で考え込んでいた母さんは僕が出ると同時にこちらに気がついて近づいてきた。

「ごめんねはくこんな事に巻き込んじゃって、それに今から帰りでしょ?もう辺りも暗くなってるし奏に送らせようか?」

「母さんが謝ることはないよ。それに今日は自転車だし、仕事中の奏さんには申し訳ないよ」

 さっきからブルブルとスマホが振動しているし、どうせ生姫だと思うから自転車で離れてからすぐに電話しないといけないし。

「そう言えばあの自転車私のでしょ?はくの新品の自転車はどうしちゃったの?」

 うわ、流石にバレるよな――ここで霧縫さんがパンクさせたって言ったらあいつが可哀想だし

「前の下校中に小石に車輪を乗っけちゃって、運悪く着地地点に凸凹の車止めがあってそこに挟まっちゃった勢いでパンクしちゃったんだよね、あはは~~」

 苦し紛れではあるが以前あった実体験に基づいてのでっち上げを述べると母さんは呆れながらも笑って

「そっか、そりゃ不運だったね。時間も遅いし気をつけて帰るんだよ」

「あ、うん、分かった」

 呆気なく信用したようで話し終わると母さんはブルーシートの中へ入っていった。

 自転車をブルーシートが掛かっている場所を避ける様に車道側に移動させてから自転車を跨いで走らせ始めた。

 遠のいていく事件現場を背に僕は自転車を1キロ程走らせてから丁度現場と自宅マンションの中間辺りで自転車を降り、人通りの少ない道に入ってスマホを取り出した。

 本当にこいつどんだけ電話してくるだよ······

 通知欄いっぱいに生姫と書かれた名前が表示されていてこの瞬間にもまた電話がかかってきた。

「うっせえんだよ!どんだけ電話してくるんだよ!ちょっとは自重しろ!」

 電話に出て第一声にそう言うと電話越しにヒィ!とビックリした声を出しながら生姫が出た。

『しょうがないだろ!大城があんなのを僕に送りつけるからだ!あんなの見たら誰だって怖くて電話するさね!』

「送れって指示した張本人が何を言うか?!今度会ったら覚えとけよ――」

『忘れちった!それで?何だっけ、あぁそうそう!大城はつくづく運がないな〜、どうしたらそんな能力が手に入るのかな~いやあ凄い!』

 急に声色かえてしらばっくれやがって······それと褒めてんのか貶してんのかどっちなんだよ、ってか全面的にお前のせいだろうが!

「もういい、冷やかしなら切るぞ」

 そう言って電話を切ろうとすると

『ごめんなさい!本当に出来心だったんです!ですからどうかお話を~~』

 さっきまでの威勢はどこへやら、茶番はここいらで切り上げて話に入るか。

「分かった。それで?何が聞きたい?」

 僕がそう言うと電話越しにガサゴソと音を立ててからすぐに生姫が質問してきた。

『まず最初に被害者の発見時刻と場所を教えてくれるかい?』

 僕は出来る限り思い出しながら生姫の質問に答えていく。

「発見時刻は七時半過ぎかな、場所は学校から十五分程度離れた確か――皆野川橋」

『七時半に皆野川橋――オッケー、次に発見時の状況教えて』

 ノートにメモしているのか僕の言葉を復唱しながら質問してくる。

「橋の中心にあたるところの左手の手すりに太い麻縄が縛ってあって気になって下を覗いてみたら人が吊るされてたんだ」

『麻縄――吊るされてる――人や車は通らなかった?』

「車は指で数えられるくらい橋に向かうまでに会ったけど発見した時から母さんが来るまでは一台も通らなかったよ」

『一台も?』

「そう一台も」

『それじゃあ歩行者は?』

「1人だけ、反対側の歩道に人がいたんだけど暗くて姿は分からなかった」

『どんな人?』

「どんな人って――雰囲気で言えば不気味だったよ、僕が助けてくれって言ってもこっちを見たままでさ、挙句の果てには何も無かったかのようにどっか行っちまったし」

『――そうか』

 何やら引っ掛かることがあったのか少し唸り声を出しながらもそう言った。

『三奈木さんからは何か聞けた?』

「何にも教えてくれなかったよ、僕を事件に近づけたくないようだったね」

『そうか・・・・・・まあそうなるだろうね――』

「だけどまあ、他の警官に昨日の事件の事は少しだけだけど聞けたよ」

 僕がそう言うと『本当か!』と声音を上げて喜んでいる様だった。

「本当に少しだからそこまで期待されても困るぞ」

 生姫の声音の変化にちょっと期待させすぎたかなとか思いながらそう付け加えてから続けて分かった事を言っていく。

「最初の発見現場のマンションだけどあの近くには監視カメラが設置されていないらしくて一番近くの監視カメラでも道路近くらしい。指紋に関しても無かったって聞いた」

『道路近くね。もしかしたら大城が見たら意見が変わるかもしれないし今度調べてみるか』

「え?そんな事できるのか?」

『うちには秘密兵器がいるからなクク』

 秘密兵器······あぁ

「霧縫さんか」

『何で言っちゃうのさ!明日僕が堂々とした態度で君に向かって「秘密兵器とは夜靄の事さ!」と言って君が驚くまでがテンプレってもんだろ!』

「知るかよ!それにミステリー研究部の部員で考えたらすぐにわかるわ!」

『くっそ!憎い、己の弱さが、部員の少なさが無性に憎い!』

「勝手に言ってろ、じゃあ切るぞ!」

『そうだな、今回はありがとうな。また明日』

 茶番を少々織り交ぜながら生姫との電話は終わった。

 彼奴にも人並みの感情はあるもんだなと失礼なことを思いながらも生姫にお礼を言われて電話する前の鬱々としていた気持ちが少しだけ和らいだ気がした。

 僕は再度自転車にまたがり、自身の住むマンションへとペダルを漕ぎ始めた。 

 

 お?あれは!

「こんな所で会うとは、こんばんわ飯塚さん」

 タクシーの傍で一服吸いながらどこかしみじみとした雰囲気を醸し出している飯塚さんを見つけて何となく声をかけた。

「お、白野君じゃないか、こんばんわ今は帰りなのかな?」

 飯塚さんは僕の声を聞き、こちらを振り向いてタバコを吸い殻に入れてから僕の姿を見てそう言ってきた。

「はい、学校からの帰りです」

「随分と遅いんだね」

「まあ、転校そうそうで学校で色々とありましたからね」

 事件の事は口をつぐんで僕は何となくのでまかせを口にした。

「学生は大変だね······そうだ!ご飯まだだろ?一緒にどうかな?」

 なんて親戚のおじさんみたいな事を言いながら食事に誘ってきた。

 今日は家には誰も居ないし勿論

「はい、喜んで」

 と僕は返した。

「それじゃあここに集合ね、僕はタクシーを一度パーキングエリアに入れてくるから先に行っててくれるかい?」

 スマホの地図で僕に待ち合わせ場所を言ってから飯塚さんはタクシーに乗ってすぐさまパーキングエリアへはしらせて行った。

 場所はここからそこまで遠くない集合住宅が密集している場所だった。

 僕も目的の場所へ自転車を走らせて行くとそこにはラーメンの移動販売車があった。

「ここだよ、さぁ入ろうか」

 数分してから飯塚さんも来てそう言った後に僕の背中を押してその屋台へ一緒に入った。

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