3. この何も見えていない馬鹿王子に! エミリーを任せるつもりですか!?

「わたくしは、やってもいないことを認めるつもりはありません」

「まだシラを切るか! エミリーが勇気を出して告白してくれたのだ。ここに証拠もあるのだぞ!」


 ダンッと王子は足を踏み鳴らす。

 地団駄って。その歳にもなってこの場で地団駄って!

 ……王子ともあろう方が何をしていらっしゃるのやら。


 そして、私はこの後出てくる証拠を知っている。

 なぜなら私が作ったものだから! お友達に協力をお願いして!


 馬鹿王子は、馬鹿だ。

 そして驚くほどに無能だった。

 こうして断罪の場を開く、というのに突きつける証拠を用意していないときた!



 ――何からなにまで世話が焼けますね!?

 私が、いずれは冒険者として庶民に下りたい、ということを知る令嬢は少なくない。

 婚約破棄を突き付けられるための証拠を作ってください、と頼み込んだら協力してくれる仲間はたくさんいたのだ。


 その後、どこからか流れだした非人道的な黒い噂に戦々恐々とし、「間違っても、処刑されない程度でお願いね!」と慌てて頼み込んだのは良い思い出だ(クギを刺したとも言う)



 あわよくば下克上を狙われていたんじゃないかしら……私たち、本当にお友達ですよね!?

 情報戦をすることになったら勝てる気がしない。

 貴族って怖い、早く庶民にならないと……。


 ヒロインのエミリーも、証拠づくりに協力してくれた1人だ。

 むしろ"告発"をしたのだ。立役者と言っても良い、一歩間違うと罪に問われかねないその行為にまで協力してくれて、エミリーには本当に頭が上がらない。


 エミリーとは、何度も何度も一緒にクエストを受けた冒険者の仲だからね。

 本当は冒険者になりたい! という私の願いを、誰よりも理解して……決断してくれたのだろう。


 こうして舞台は整った。

 エミリーはウソの告発を王子に、私の取り巻きたちとされていた仲間たちは"聖女に付く"と言って証拠を王子に持っていき。


 私が、私のために仕込んだ、断罪パーティーは開かれることになりました。





 ろくに証拠の確認もせず、私との婚約破棄に踏み切った王子の今後を考えると、少し不憫ではある。でも同情はしない。

 この人のためなら、王妃になっても良い。

 少しでもそう思わせてくれたなら、違った未来だってあったかもしれない。



 ――ここ最近はエスコートの一度もなかったし

 ――どれだけ心配して、声をかけてもうるさそうに遠ざけるだけで

 ――だいたい、人の言うことをうのみ鵜吞みにしてはいけません、そう何回忠告したことか…… 


 私は身勝手だ。


 今回の告発は事実無根のもの。

 貴族社会は火のない所でも煙が立つ場所ではあるが、そうなるよう誘導したのは私である。



 でも大丈夫。

 罪に問われても、全てが明るみに出るころには私は国外だ。冒険者は自由なのだから。




「あなたは、最後まで自分の目で物事を確かめるということを放棄されたのですね」

「ええい、貴様はいつもそうやって! これだけの証拠を前にして、まだ言い逃れできるとでも思っているのか! 小賢しいわ!」



 ――馬鹿王子は、最後まで馬鹿王子だったわね。

 すべてが計画どおり。

 嬉しいけど、どこか虚しさも残る。



「リリアンヌ、貴様には失望した!

 貴様のその振る舞い、公爵令嬢として到底受け入れられるものではないな。態度次第では減刑も考えてやろうと思っていたが――」


 わくわく!


「庶民へと降格としよう。二度とその顔を俺の前に見せるな」


 キターーー!


「かしこまりました。信じていただけないのは残念ですが……殿下の信用を得られなかったのは、わたくしの罪でございます。おっしゃる通りにいたします」


 表面上は、どこまでもおしとやかな令嬢を演じながら。


 よっしゃ~! ここまで、完全に計画どおり!

 見たか、婚約破棄RTA!!(バグあり、王子の思考ルーチンがあまりに単調)

 このまま立ち去ってこのまま冒険者ギルドにゴー!


 ついに成し遂げましたわ!

 あんまり使えるようにならなかったお嬢様言葉も、これから先は一生必要はありませんわね!!

 さようなら貴族社会!!


「……お世話になりました」


 内心ウッキウキだ。

 小躍りしそうになりながら、お世話になった人に会釈し謝意を伝える。

 このままパーティー会場から出ようという場面で





「――本当に行かれてしまうのですか?」


 とても心細そうな、無視して立ち去ることは到底できない声が聞こえた。

 声の主は乙女ゲームのヒロインことエミリー。

 捨てられた子犬のような目でこちらを見ていた。


「こんな終わり方、やっぱり納得行きません!」


 かと思えば、何かを決意したのだろう。

 こちらに駆け寄ってくると――



「私も連れていってください!」



 そう言って私の腕にすがりついて来た!?






「エ、エ、エミリー!? お、お、お、落ち着いて!?」


 すがるような目を向けられ、たじろぐ私。

 ここまで全て計算通りにいっていたのに、最後に思わぬ伏兵ね。


「落ち着けませんよ! あなた様が身を引く必要なんてありません!」


 何かを伝えようと必死にエミリーは口を開く。


 ん? 身を引く……?


「あなた様が、私の気持ちに気づいて、円満に私と王子が一緒になれる道を作ってくださったことには感謝しています! でも!

 やっぱり、こんなのは間違っていると思うんです!」


 んん……? なんのことだ?


「だから、冒険者になりたいなどという嘘とともに、全ての泥を被って立ち去る必要なんてないのですよ、リリアンヌ様!」

「そうですわ、リリアンヌ様!」

「庶民に下りるなどととんでもないことですわ!」


 口々に声を上げるのは私の仲間たち。


 ――なにか、とんでもない誤解をそのままにしてしまったようね。

 まったくもって、計画が破綻した瞬間である。


「何度も言うように、庶民として冒険者になるのは、わたくしの夢ですのよ?」

「そうやって自分の幸せを捨ててまで、すべてを丸く収めようとするのはリリアンヌ様の悪い癖ですわ」


 それに! と取り巻きと評される令嬢が続ける。


「本当に! この何も見えていない馬鹿王子に! エミリーを任せるつもりですか!?」


 ガーンと頭を撃ち抜かれるようだった。

 王子も巻き添えでダメージをもらっているが無視する。


 何度もクエストを一緒に受け、共に視線をくぐり抜けた仲。

 はじめ、エミリーは力の使い方を何も知らない素人だった。

 そのくせ報酬の高い危険な依頼を優先的に受けてしまう危なっかしい子で……。


 見ていられなくて、ついつい聖女の力についてアドバイスをすることもしばしば……そんなエミリーのことを、私はいつの間にか妹のように思っていたのだ。


「そ、それは……」


 エミリーと王子が結婚!?

 あの馬鹿王子と一緒になって幸せになれるの!?

 目を背けていた問題は、思いのほか深刻で。


「この馬鹿王子を支えられるのは、リリアンヌ様しか居ませんわ!」


 それは勘弁! まじで勘弁!




 私の心の声はどこにも届かない。


 エミリーの王子への密かな思いに気が付いた私は、無茶な理論を展開してでも王子とエミリーをくっつけようとした、とどうやら本気でそう思い込まれているらしい。



 ――そんなわけあるかーい!?


 ぼうぜん呆然とする私をよそに、令嬢たちは続ける。

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