第93話 真の帰還

 城庭からヴァールは見つめる。

 新魔王城のはるか高み、最上部の大窓に位置するベランダ。

 そこに並ぶ者たちの姿、そして中央に立つ女性の顔を。


 遠すぎてごく小さくしか見えない。

 いつもと違って眼鏡もかけていなければ、二房の三つ編み髪も解かれている。

 それでも見間違えようはない。

 エイダの顔を。


 そのエイダがエリカ・ルーンフォースを名乗り、人類滅亡を宣言した。


 ヴァールは懸命に考える。

「い、いったいどうしてしまったのじゃ、そうか、支配の術にかかっているのじゃな!」


 ヴァールの隣にズメイが並んだ。

「あの操術にかかった者は、あのように話したりはできません。陛下もご覧になったはず」

「し、しかし、あのような」


 あまりの事に足がくだけてヴァールは倒れそうになる。

 それをズメイの手が支え、さらに後ろからイスカが抱き留めた。


 クスミとビルダも集まってくる。

 二人は男爵ゴッドワルドを引きずってきていた。

 観念したのか男爵はおとなしい。


 ヴァリアの魔王と四天王がそろい、大魔王を見上げる。

 高みから大魔王と旧き四天王が見下ろす。


 大魔王を名乗る者はまた語り始めた。

 拡声の魔道具によって町中にその声は響き渡る。


「私、大魔王エリカは三百年前に世界を滅ぼそうと挑みました。勇者を騙り、まずは魔族を滅ぼすことにしたんです。しかし魔王ヴァールさ… 魔王ヴァールが立ちはだかりました。ヴァール……は大魔王から魔族と人間を守ろうとして、魔王国とウルスラ王個に同盟を結ばせようとしていました」


 ヴァールは眉根を寄せて、腑に落ちない顔をする。勇者エリカが大魔王だった? いや、確かに聖女神の力を持つ勇者だったし、そもそもあの昔、大魔王などと聞いたこともなかったが。


 エイダは語り続ける。

「人間と魔族に手を結ばれてはかないません。私、大魔王は人間をだましてヴァールを裏切らせ、魔王国を襲わせたのです。そこで私とヴァールさ…… ヴァールは一騎打ちとなり、相打ちで共に斃れました」


 城庭の皆は大魔王の話にざわめいている。

「魔王は人間の味方だった……?」

「勇者のふりをした大魔王?」

「大魔王が真の敵?」


 エイダの話は続く。

「私は三百年の時を超えて復活しました。今度こそ世界を滅ぼすために! でも魔王ヴァール……はその日に備えていました。いつか私を倒すために、最後の力で魔法を使って試練の迷宮を作っていたのです。力を使い果たしたヴァール自身は消えましたが、私の復活と共に魔法が起動してヴァリアには迷宮が現れました。その迷宮で鍛えられたのが皆さんです」


 城庭の冒険者たちがどよめいた。

「お、俺たちは、大魔王を倒すための戦士!」

「このの日のために魔王様は用意を!」

「魔王様の復活とは、魔法起動のことだったのか……」

「魔族と人間のために犠牲になっていただなんて……」


 感動のあまりすすり泣きする者も現れる。

 ヴァールは大きく首を傾げる。

「どういう筋書なのじゃ?」


 大魔王は大声で叫ぶ。


「さあ、冒険者たちよ、かかってきてください! 大魔王と旧四天王は城の最上階で待っています。月が巡り力が満ちて完全体になったとき、私は城を出て人間を滅ぼします。その前に私を倒せるか勝負です! せいぜい城に血を捧げてください!」


「やるぞ!」

「倒してやる!」

「誰が負けるか!」

 冒険者たちは叫び返す。


「ルールは簡単、各階の統御魔法結晶を魔力で染めて管理権を奪えば上階への入口が開きます。そうすれば魔物を操るも魔力を使うも思いのまま。でも結晶を守っているのは最強の魔物たちです。ここは試練の迷宮ではなく殲滅の迷宮、心してかかるのがお勧めです」


 それを聞いた冒険者たちは共に挑むべきパーティの仲間を探し始めた。

「魔法使いが必要だ」

「魔物を倒す戦士はいないか」

「治療師と組みたい」


「勇者ルンなんてちょろいです。返り討ちにしますから、なるべく早く来てください。もし私の味方になるなら、副大魔王にしてあげます。それと…… 勇者ヴァール、今の小さなあなたでは全然無理です。……来ないでください」


 ヴァールは小さな手をぎゅっと握りしめる。


「魔王ヴァール……はもういません。でもあなた達が心の底から信じれば、新たなる魔王が現れることでしょう。魔道の頂点に立ち、魔族と人を導き、あらゆる者たちを守ろうとする救世主が、いつの日にか…… いえ、もう現れているのかも」


 そこまで離すと大魔王はしばらく黙った。

 そして最後の言葉を告げた。

「さあ、決戦です。終わりの大魔王が滅ぼしてあげます。希望の魔王に祈りすがりなさい」 

 大魔王は踵を返してベランダの奥へと去っていく。

 旧四天王たちも後に続く。

 窓が閉まると、そこから闇が広がり始めた。

 闇は急速に広がって城全体を覆っていく。

 一階の城入口を除いて、新魔王城は漆黒と化した。


「あれは封印結界の一種ですな。自らを封印して、窓や壁からの上階侵入を防ぐ算段でしょう」

 ズメイが解説する。


 冒険者たちは考え込む。

「新たなる魔王……?」

「魔道の頂点、それってさあ」

「俺たちを導いてきたんだろ」

「もういるじゃないのか」


 そこで北ウルスラ国王レイラインが、小さなヴァールの手を取って高く掲げた。

「ここだ! 新たなる魔王はここにいる! 勇者にして魔王!」


 歓声が爆発する。

「そうだ!」

「俺たちの魔王だ!」

「名前が同じなのは、運命だったんだよ!」

「大魔王なんかぶっ飛ばす俺たちの魔王だ!」

「ヴァール!」

「魔王ヴァール!!」


 ヴァールはきょとんとしている。

「これが、エイダの狙いなのかや」


 イスカが叫ぶ。

「ヴァリアの魔王、ヴァール陛下万歳!」


 クスミたちが、冒険者が、聖騎士が、兵士が、町の民たちがそれに続く。

「ヴァール! ヴァール! ヴァール! ヴァール!」

「魔王! 魔王! 魔王! 魔王!」


 彼らは見ていたのだ。

 小さなヴァールが限界を超えて力を振り絞り、奇跡を起こして町を救った様を。

 皆を守ろうとするヴァールの想いを。


 子どもや自分自身を救われた町の民はもとより、彼女一人に叩きのめされた王軍までもが感動のあまりヴァールの名を連呼している。


 レイラインはヴァールの手を握りながら誇らしげに言う。

「ヴァール、君こそがノルトンとヴァリアの王、いや、魔王だ。今こそこの地に魔王が真の帰還を遂げたのだ」


 ヴァールは数百年前の建国を思い出す。

 あの時もこのような有様だった。

 皆に支えられて王位に就いた。

 だが今、違うのは人間もいることだ。

 ヴァールの胸が熱くなる。

 あの繰り返しではない。

 今度こそ新たな未来を築けるかもしれない。


 ヴァールは漆黒の城を見上げる。

「しかし、これからエイダはどうするつもりなのじゃ。余はどうすべきなのじゃ……」

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