第91話 逃走

◆新魔王城 城庭


 魔動甲冑を装備した近衛騎士たちとヴァリア勢が激しい戦いを繰り広げている。


 近衛騎士たちは龍首からのブレス攻撃をまき散らし、焔や冷気に毒気が入り乱れて荒れ狂う。

 さらに彼らは大鬼の膂力をもって拳を振るう。その一撃は簡単に人体を粉砕する威力だ。


 ヴァリア勢は対龍対鬼の盾を連ねて防御しながら、武器や魔法で対抗する。物理攻撃は魔動甲冑の装甲に阻まれ、魔法は弾かれる。だがそうした攻撃でけん制しながら、隙を見てスキルを発動する。迷宮で鍛え抜かれた鋼鉄すら切り裂く剣撃が、岩をも砕く槍突が、次元を揺るがせる魔法が、魔動甲冑に襲いかかる。


 盾で組まれた円陣の中、ヴァリア四天王は戦況を分析していた。


 戦闘で消耗した盾の魔力を補充するために龍人ズメイは杖から魔力を放射しつつ、

「地上の戦況は互角ですな。レイライン王が軍を味方につけられたのは幸いでした。鬼魔族とジュラ姫を相手にするための戦力で王軍の最新兵器を相手にするとは思いませなんだが、龍と鬼の力を使う兵器であればこちらが備えていた通り。符が良かったようでございます。しかし姫はいずこに……」


 巫女イスカは負傷者の治療を進めながら、

「私たちの目的はまず男爵からエイダとジュラを取り戻すことですわ。男爵を見つけませんと」


 忍者クスミは味方から回収してきた魔力切れの盾をズメイに渡して、

「これお願いです。そろそろ男爵探しに回っていいです? 見つけ出して、ぎったんぎったんにしてやりたいです」

「お願いいたします。ビルダも連れて行くのがようございましょう」

「わかったです」


 クスミは大声を上げる。

「ビルダあ! 戻ってくるです!」


 クグツのビルダは、盾の向こうで近衛騎士と格闘戦を繰り広げている。

 身体はエイダとそっくりだが、動きやすい道着をまとい、鋭い武道家の目つきだ。クグツの高速な反射神経と筋力を持って、近衛騎士の攻撃をかいぐぐりながら迫る。

 ビルダの周囲には風が渦巻いている。

 近衛騎士の打撃をかわし、ビルダは敵の動きを後ろから風で加速してやる。

 近衛騎士はバランスを崩して自らの力で地面に叩きつけられた。当たりどころが悪かったのか起き上がってこない。


「アズマの武道、アイキなのダ」

 ビルダは跳躍してひねりを入れながら空間に弧を描き、他の四天王たちがそろっている円陣の中に着地した。


 ビルダはクスミの前に立って、

「任務なのダ?」

「男爵を捕まえるです」

「ばったんばったんにしていいんだナ? やってやるのダ!」

「出陣なのです!」


 ビルダとクスミは跳躍して円陣から出ていく。

 イスカは少し不安げな顔をした。

「あの子たち、ちゃんと目的を分かっているのかしら」


 ズメイはつぶやく。

「お頼みしましたぞ……」



 城庭で繰り広げられている大混戦の中、ゴッドワルド男爵と自称ボーボーノ将軍は攻撃から逃げ惑って右往左往していた。


「小娘が少年に変化した…… どういうことだ。俺が捕まえていたのは男だったのか? 訳が分からん」

「ありゃたぶん枢機卿でげすな。王都の聖教祭で見たことがあるでげす。噂じゃ変化の術を使うとか」

「ううむ、工場にいたのは確かに小娘だと思うのだが…… どこかで入れ替わられたか?」


 工場は上空からの爆撃で屋根や壁に大穴が空いている。

 中にはもう誰もいないようだ。


「では小娘は枢機卿に連れていかれたのか……?」

「どこに行ったやら、もう利用できないでげすな」

「うむ」

 どちらかといえばエイダに利用されていた気がする男爵はほっとした気分になる。


 二人はレイライン王が王軍を指揮している様を遠目に見て、

「ボーボーノよ、ここで王の味方につくというのはどうだ。褒美をもらえるのではないか?」

「宰相が勝ったらまずいでげすよ。ただじゃすみません」


 男爵は眉根を寄せて、

「ううむ、では王を倒しに行くのはどうだ。宰相からほめてもらえて伯爵にでも叙せられるかもしれんぞ」

「王は剣の達人でげすよ。串刺しにされてしまうでげす」


 そこで男爵は手を打った。

「では城に隠れて様子を見る。勝った側につくのだ」

「さすが男爵閣下、賢いでげす!」


 男爵たちは城の入口へとおそるおそる向かいだす。

 入口には冒険者たちが陣取っている。

 雑多な装備の冒険者の中では自分たちの格好もそこまでは目立たないだろうと信じて、男爵たちはそっと入口を通ろうとする。


「あれ、男爵じゃないのダ?」

 そんな叫びが響いてきた。

 激しい戦闘の騒音が響く中でもよく通る声だ。

 男爵とボーボーノは顔色を変えて城内へと駆けこむ。


「やっぱり男爵です?」

「追いかけるのダ!」

 大声での会話が聞こえる。


 男爵はあせる。

 自分のものだったはずの城内はすっかり様変わりしていて、間取りがよく分からない。

 会議用と思われる広い部屋が連なっているが妙に配置が複雑だ。

 エイダから設計図を取り上げたときにもっとよく見ておけばよかったと思うも後の祭り。


「男爵、待つのダ! こてんぱんにしてやるのダ!」

 声が追ってくる。


「そんなことを言われて待つ奴がいるか!」

 男爵はとにかく逃げようと闇雲に走る。今どこにいるやら、すっかり迷っている。


「ーーこりゃ迷宮でげすな。ともかく、階段を見つけて、他の階に、逃げるででげす」

 荒い息でボーボーノが言う。


 通路の奥、行き止まりの箇所に光が見える。

 床に魔法陣が浮かび上がっている。

 そこからは声が響いていた。

<ご注意ください。間もなく六階行き転移魔法陣テレポーターを終了します。ご注意ください>


 男爵とボーボーノは顔を見合わせた。

「やったぞボーボーノ、あれで逃げられる!」


 その時だった。

「見つけたのダ」

 通路に大声が轟く。


 男爵は目をしばたかせた。

 忍者装束の娘が一人、そしてもう一人はエイダにそっくりな見た目の少女だった。


「小娘……? しかしまるで雰囲気が違う。また別の偽者か?」

 男爵がつぶやく。


 それを聞きつけた少女はむっとする。

「アタシはビルダ、偽者じゃないのダ」


「男爵ですね。おとなしく捕まれば怪我をせずにすむのです」

 忍者クスミが無表情に淡々と近づいてくる。


 男爵とボーボーノはテレポーターに向かって駆けだそうとし、そしてぎょっとした。

 追われていたはずなのに、目前にクスミがいる。

 いつの間にか追い越されている。

 振り返ればビルダが舌なめずりしながら迫ってくる。挟み撃ちだ。

 男爵とボーボーノは背中合わせになって、男爵はクスミと、ボーボーノはビルダと向かい合う。


「うううむ、だがしかしこの俺は大魔道男爵! 小娘らに負けなどせぬ!」

 男爵は叫ぶや懐から杖を取り出す。

 その杖の上半分が瞬時に消し飛んだ。


 通路に響く金属音。

 クスミの手にはずらりと投擲用小刀のクナイが並んでいる。

 その一本が男爵の杖を狙撃したのだ。


 男爵の額を冷や汗が伝う。

 次はあのクナイが自分の全身に突き刺さるだろう。

 必死に頭を回転させる。

 目前のテレポーターは今にも消えてしまいそうだ。


「この、馬鹿もんがあああっ! 貴様のせいで捕まるではないかあっ!」

 男爵は後ろのボーボーノを掴み、もう片方の腕を大きく振り上げて殴りかかった。

「ぎゃぅ!」

 ボーボーノは殴り飛ばされる。


 クスミは倒れてくるボーボーノを素早くかわした。

 そのままボーボーノはテレポーターの魔法陣に倒れ込む。

 転移魔法が発動する。


「ボーボーノよ! 俺の宝を! 頼む!」

 男爵の叫びを聞きながらボーボーノは転移していく。


「か、必ずや!」

 ボーボーノは声だけを残して消えた。


「あ」

 クスミは声を漏らす。

「まあ、でもいっか。あいつに用はない。男爵を捕まえるのが任務なのです」


 ボーボーノの転移完了を確認してから男爵は通路の床にひれ伏す。頭を床にすりつけてクスミに懇願し始めた。

「どうか、どうか命だけはお助けをーー! 悪いのは全て宰相なのでありまして、どれもこれも宰相からの指図、下っ端の男爵には逆らいようもございませんでーー」


 クスミは眉をひそめて、

「そんなことはいいです。さらったエイダとジュラの居場所を吐くのです。二人はどこにいるのです?」


「はい、それがまったく分からないのでして、さらったのはネクロウスの奴でありまして、全ては奴めの悪辣なる陰謀、捕まえるならネクロウス、ネクロウスなのであります。そうそう、枢機卿の仕業という可能性も」


 べらべらしゃべり始めた男爵にクスミは嫌悪の表情を浮かべる。

「なんなの、こいつ」


 ビルダは楽しそうに、

「腕を二、三本折ってやったら正直になるんじゃないかナ?」


 男爵の声が必死さを増す。

「いえもう、俺は最高に正直! なんでもお話します! それに腕は二本しかありませんのでして!」


 手ぐすね引いていたビルダをクスミは手で制する。

「腕を折っても話が長くなるだけな気がするのです」

「じゃあ、とどめを刺していいかナ? 話が早いヨ!」


 男爵は恐怖のあまり口をぱくぱくさせる。


「イスカ姉さまに見てもらいます。煮たり焼いたりするのはその後です」

「はあーいなのダ」

  クスミとビルダはそれぞれ片手で男爵をつかみ、通路を元来た道へと引き返し始めた。



◆新魔王城 最上階 大広間


 大広間に設置されたテレポーターからボーボーノは出現した。

 直後にテレポーターは消失する。


 大広間にいたエイダはボーボーノを見てきょとんとする。

「あ、テレポーターがまだ残ってました」


「うかつだぞ」

 不機嫌そうにサスケが注意する。

「もう消えたから大丈夫ですよ」


 ボーボーノの動きが凍りつく。

 この大広間にいる者たちから恐るべき圧を感じるのだ。

 忍者姿の森魔族。

 魔導師ネクロウス。

 鬼王バオウ。

 龍姫ジュラ。

 いずれからも凄まじい力を感じる。


 だがボーボーノにとってなによりも恐ろしいのは別の者だった。

 これはあの小娘なのだろうか。

 さきほどのような偽物ではない。

 確かに同一人物だと感じる。

 しかしこの異様な存在感。

 人にして人にあらず。


「ボーボーノさん、ちょっと手伝ってもらえませんか。あたしにも合う鎧を探してるんですけど見つからなくって」

 その者が気安げに話しかけてくる。


「す、すぐに探すでげす」

 さきほど交わした男爵との約束どころではなかった。男爵秘蔵の鎧があったはずだと思い返す。


「し、しかし、お前は、い、いや、あなた様はいったい……」

 ボーボーノは震える声で問いかける。


 問われた相手は首を傾げて答えた。

「あたし? やだな、あたしですよ、エリカです。エリカ・ルーンフォース」

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