第33話 傀儡

 魔王城の大広間に響き渡るエイダの宣言。


 魔王は驚きのあまり玉座から身を乗り出し、転がり落ちたところをエイダにキャッチされた。


「エイダよ、このキャンペーン、本気なのかや」

「もちろんです!」


 エイダはそっと優しく魔王を立たせる。


「この前ちょっと死んでみて思ったんです。生きてるうちに遠慮なんかせずやりたいことをやらなきゃ後悔するって」


 ズメイが口の片側だけを上げて奇妙に笑い、

「魔王城を一人で訪れて魔王陛下を復活させるような人間が、遠慮などしたことがあるのですかな」


 エイダはズメイを向いて、

「そう、ズメイさんにお願いがあるんです。魔法プログラムを教えてください」


「ふうむ、あなたもずいぶんと詳しいようですが私にどうせよと」

「複数の属性を重ねた魔法プログラムがいるんです。ズメイさんは得意ですよね」


 ズメイは面白そうに目を光らせた。

「魔法プログラムは便利ですがひとつの属性しか扱えないもの。それを多重化するのは私独自の秘儀なのによくぞ見抜きましたね」

「地下三階での戦いのときにそうじゃないかと思ったんです」


「いいでしょう。その慧眼に免じて我が秘儀を開示しようではありませんか」

「ありがとうございます!」


 エイダはズメイに抱きついた。

 その様子はまるで祖父と孫娘である。

 ズメイもまんざらではなさそうだ。


 魔王がこりずに身を乗り出して、

「余も多重属性は得意じゃぞ!」

「魔王様は現代魔法言語を使わないじゃないですか」

「だって面倒じゃし……」


 魔王はくすんとうなだれる。


 エイダは次にイスカを向いた。

「イスカさん、鍛冶の力を貸してほしいんです」

「お安い御用ですわ。エイダのおかげでエルフはこの城に戻って鍛冶をやれるようになったのですから」


 エイダはイスカの手を両手で包み込むように握って、

「助かります!」

 紙をテーブルに広げてみせた。


 紙には複雑な図面が描かれている。

 イスカは眺めて、

「これはやりがいがありますわね!」


 エイダはクスミを向いて、

「クスミさん、忍者の技を教えてもらえますか!」


 クスミは喜色満面で、

「教えてあげますです!」


 彼女は薄めな胸を張り、

「ああ、ついにクスミにも弟子が!」

 感激している。


「あの、すみません、教えてほしいのはあたしにではなくて、これから作る子なんです」

「作る?」


 クスミだけでなくイスカや魔王も不思議そうな顔をする。

 ズメイは無表情に面白がっている。


「あたしの実家は傀儡師なんです」

「よくわからないけど面白そうです! やってやります!」


「皆さんの力、お借りします!」

 エイダが深々と頭を下げる。


 魔王は玉座から足をぶらんぶらんさせて、

「余にもすることはないのかや」


「魔王様は待っててくださいね」


 なんだか面白そうな話なのに声をかけてもらえなくて魔王はご不満である。

 キャンペーン賞品がヴァールになんでも言うことをひとつ聞かせる券だということはもはや頭から抜けている。


「では早速始めましょう!」

 エイダが宣言し、テーブルを囲んでなにやら打ち合わせが始まる。


 魔王の膝にまた虎猫キトが飛び乗ってきて丸くなった。

 やることがない魔王は仕方なくキトを撫でて、キトはゴロゴロと喉を鳴らすのだった。

「にゃ~ん…… なのじゃ」

 

◆ギルド会館一階 酒場


 酒場は朝から繁盛していた。

 七つの指輪コンプリートキャンペーンに参加する冒険者たちは朝からドッペル狩りに忙しいのだ。

 まず酒場で朝食を済ませてからすぐ地下五階に向かうつもりの者たちが大勢詰めかけている。


 朝食にはパンケーキが人気で酒場にはバターの香りが漂う。

 ルンは朝から何回もおかわりして、テーブルに皿を重ねていた。


 その向かいにヴァールが座る。

「余にもパンケーキのセットを頼むのじゃ。クリームたっぷりじゃぞ」

「はいはい!」


「おはよう、なんだか元気ないね!」

「そうかや? ……そうかもしれぬな。エイダが付き合ってくれぬし」


 ここ数日のエイダはズメイたちとこもりっきりで、ヴァールを相手してくれない。仕方なくヴァールは独りで過ごしている。


 しばらく待つとセットが運ばれてきた。飲み物とパンケーキたっぷりクリーム乗せだ。


 ミルクが入った大ぶりな木製コップを小さな両手で支えて、ヴァールはこくこくと飲む。

 新鮮なミルクは爽やかな味わいだ。

 これも迷宮街が発展して、近辺で牛の牧畜が始まった成果だった。


 向かいのルンは左手に指輪を四つはめている。

 ルンはそれをヴァールにかざして見せて、

「五つ目が手に入らないんだよね、全然。持ってる指輪ばかり出てくるよ。大魔王の陰謀じゃないかなあ」


「そ、そんなことはないと思うのじゃが」

「みんなそう言ってるよ」


 言われてみれば周囲のテーブルには指輪を四つはめている者があちこちに見受けられる。

 彼らの話題は、次の指輪が一向に出てこないことのようだ。


 大魔王の罠じゃないかとか、順番に倒していく正しい手順が必要なのだとか、倒すときにどの武器を使えばどの指輪が出てくるとか、誠しとやかに様々なうわさが飛び交っている。


 ルンも真剣な顔で、

「何回斬って倒すかで指輪の出てくる種類が変わるって話、聞いたことある? 今日試してみようかと思ってさ」


 ヴァールがどう言おうか悩んでいるところに、二階からエイダが降りてきた。

 二人で長い紙の束を運んでいる。


 ヴァールは眼をこすった。

 紙の束を運んでいるのはエイダとエイダだ。


 金髪のツインテールに眼鏡をかけた大きな眼、よく日に焼けた肌、身を包んだ探検服は大きな胸で張り詰めている。


「ドッペルだ!」

 冒険者たちも二人のエイダに気付き、剣を抜いて立ち上がる。


 それをエイダとエイダが手で制した。


 一人のエイダが皆に告げる。

「この子はドッペルじゃありませんからご安心を。あたしが作ったクグツです」


 もう一人のエイダが挨拶する。

「コンニチハ! アタシはクグツのビルダです」


 酒場は騒然として、しかしやっぱりドッペルじゃないかとの声が上がる。


 ビルダと名乗ったほうが、両手で自分の頭を掴み、持ち上げてみせた。頭は首の付け根でぱかりと外れて、その中には複雑な機構が見える。


「ほら、ドッペルじゃないですヨ」


 頭を降ろすと何事もなかったかのように接合した。


 数人が恐怖の絶叫を上げる。


 エイダがとりなして、

「驚かせてごめんなさい、この子は魔法プログラムで動くクグツです。魔道具なんです。あたしの故郷では普通に使われているのでそんなにびっくりさせるとは思わなくて」


 そう言いながらエイダとビルダは紙の束を広げて酒場の壁に貼る。


 紙には「ギルドマスターと君が握手キャンペーン」と書かれ、指輪を持つ者の名前が指輪の多い順に並んでいる。


 ルールも書かれていた。

 

 五つ目以降、指輪を手に入れた数だけギルドマスターとの握手券。

 六つ目を手に入れると先着二名様までギルドマスターのサイン。

 七つ目の報酬は、先着一名様、ギルドマスターになんでも一つ言うことを聞いてもらえる券。


 ヴァールは読み直す。

「確か、五つ目を手に入れた者先着三名に握手券だったはずじゃが、これでは何回握手せねばならぬのじゃ」


 エイダはそれを聞きつけて、

「握手キャンペーンがもっと人気になるよう改訂しました!」


「こんなキャンペーンでやる気など出るものかや?」

 ヴァールのつぶやきが酒場に響く。


 いつの間にか酒場は静まり返っていた。

 全員の視線がヴァールに集中している。


 そして堰を切ったように爆発した。


「うおおおお! やるぜ!!」

「ギルマスちゃん!」

「本当になんでも言うこと聞いてくれるの!? 一緒にパーティ組んでもらえるの!?」

「握手は握手会のときです、皆さん落ち着いてください」

「やったあああああ! サインはいただくぞ!」

「歌ってもらっていいですか!」

「ギルマスちゃん!」


 歓声が酒場にあふれかえる。

 次々に立ち上がり、我こそは一番乗りするのだと地下五階に向かっていく。


「いったいなんなのじゃ、のう、ルン」

 ルンに声をかけたヴァールはいぶかしむ。

 ルンも興奮しているではないか。


「いいねいいね! 七つ目は絶対に僕が手に入れるよ!」

「な、なんじゃと!?」


「さあ、行こう。すぐに行こうよヴァール」

「いや、余が行くのはおかしいのではないかや」

「だめなんてどこにも書かれてないよ!」


 ルンはてきぱきと食べ終わるや、ヴァールを引きずるように酒場から連れ出していく。


 エイダは寂しげな眼をヴァールの背中に向ける。

「待っててくださいね、ヴァール様。あたしが必ず」


 エイダとそっくりなビルダはうれしそうな表情を浮かべて、

「発表は大成功ですヨ!」

「そうだね、あたしたちも行こう」


 二人もまた地下五階へと向かっていく。

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