第16話 僕はデザイナーじゃない!?
「今日はとても助かったよ。ありがとう、ラディアさん!」
「どういたしまして。ハルガード君のお役に立てて良かったです!」
あちこちで買い物して、今日は疲れたな。日も暮れてきた。
宿は一週間程度とってあるから、もう焦る必要は無い。この後は、宿屋でゆっくりする事にしよう。
「ラディアさんは、この後なにか予定あるの?」
「私ですか? 一応、明日はどこかに出かけたいなーと思ってるくらいです。これから、ゆっくり計画を立てるところでした」
その時、ラディアさんが何かを思いついたように手を合わせた。
「もし、ハルガード君が良ければなんですけど……今晩、私のお部屋に来ませんか?」
「え、それって……!?」
急な誘いに、僕はどう答えていいか分からなかった。
そう言えば、アカデミー時代にニルバから寮の部屋に誘われたことがあった。その時は、急になんだろうと思ってたんだけど……ドアを開けた瞬間に竹槍が飛んできて死ぬかと思ったんだよな。ダンジョンの罠を体験させたんだって、後で言われたんだっけ。
ラディアさんも戦闘向きの冒険者だし。もしかしたら、僕にそういう手解きをしてくれる気なのかも……?
「ど、どうしようかな。今日はもう疲れてるし……」
「それじゃあ、お菓子食べてくつろぎながらでも大丈夫ですよ? 何か簡単なのを作りますね」
毒当ての訓練だろうか? ニルバから、野営の時はモンスターも食べることがあるって聞いた。モンスターは毒を持ってることも多いから色々と知っておいた方が良いって、よく毒を食わされたっけ。
「いや、その辺はもう大丈夫だよ。ほら、僕は【薬識】を持ってるし。食べなくても大体分かっちゃうから」
「それは、ちょっと怖いかも……見ただけで味の善し悪しが分かっちゃうのも考えものですね……」
あ、何か悪いこと言っちゃったかな。ラディアさんが唇を尖らせて、少し不機嫌そうだ。えーっと、こういう時は何かフォロー入れないと。
「ご、ごめんね! スキル開示の前ならまだしも、今の僕じゃ、その、つまらなくて……」
僕が痺れて動けなくなってるのを見てニルバが笑い転げてたのを思い出す。今の僕なら毒を食べる前に見破っちゃうから、こういう訓練はつまらないと思うんだよな。逆に僕が仕掛ける側だとしても、僕は料理もうまくないし、毒の良い盛り方も分からない。だから、訓練相手になってあげられそうにない。申し訳ない……。
「え……ハルガード君、私と一緒じゃ、つまらなかったですか?」
「全然っ! そんな事ないよ! でも、僕なんかじゃ悪いと思って……」
「そんなこと無いですよ。むしろ、私としてはハルガード君と一緒の方が嬉しいです!」
そんな風に言って貰えるなんて、思ってもみなかった。僕も、素直に嬉しい。
「ありがとう、ラディアさん。そう言って貰えると、僕も嬉しいよ。そ、そしたら、お言葉に甘えて……お邪魔させてもらおう、かな」
「はい、ぜひ!」
ラディアさんの顔がぱっと明るくなった。良かった。
「それにしても、ラディアさんっていつも夜は自主訓練をしてるんだ。凄いね、さすが冒険者って感じだよ」
「えっ?」
「えっ?」
ラディアさんがすっとんきょうな声を上げて僕を見てきたもんだから、僕も変な声で返してしまった。あれ?
「あ、いえ。これから、明日一緒に行く所を話し合おうかなって思ってただけなんですけど……訓練、ですか?」
ラディアさんが、上目遣いで僕をチラチラと見てくる。
「あの、私、人に物を教えられるほど強くは無いですけど……ハルガード君が、お望みであれば、頑張ってはみます、けど……」
そんな、すっごい自信無さそうに言われても。
「えっと……冒険者って、不意打ちトラップを避けたりとか、毒を嗅ぎ分けたりとか……そういう訓練って、しないの?」
「ごめんなさい。それ、どんな冒険者を指してます?」
あっれー? ニルバさん、僕に今まで何やらせてたのかなー?
「えっと、僕の周りの冒険者志望って、そんな感じだったから……」
「そうなんですか。やっぱり【S級スキル】を持つ人達って、私たちみたいなのとは住む世界が違うんですね……そんな過酷な訓練を普段からされてるなんて」
うーん、どうなんだろう。僕はあんまり外に行かない分、わりと日常的にそういう事されてたけど。今思うと、何か怪しい気がしてきたぞ?
「いや、そんなことないよ。たぶん……」
もしかしたら、僕を除く【S級スキル】の人達は才能豊かな分、常識からはちょっと離れた感性で生活しているのかもしれない。うん。
何だか気まずい空気になったまま、僕らは宿屋に戻ってきた。階段をのぼり、僕らは二階にあるラディアさんの借りた部屋の前に来た。
「あ、ちょっと待っててください。先に、荷物の整理だけさせて下さい」
ラディアさんが先に自室に入ると、僕は廊下に取り残された。
ここの宿屋は安いのもあって、あんまりしっかりしていない建物だ。壁はそんなに厚くないので、中からバタバタと音が聞こえる。何やってるんだろう。
程なくして、ラディアさんが扉を開けた。
「お待たせしました、ハルガード君。もう入っていいですよ」
扉からひょっこり顔を出すラディアさん。入室の許可が降りたので、僕は部屋にあがらせてもらった。
「すみません。荷物を寄せただけなので、ちょっと散らかってます。今、甘いものを作ってきますね。ハルガード君は、ここでのんびりしてて下さい」
そう言って、ラディアさんはカゴに入れた食材や調理器具を持って部屋を出ていった。一階には共同キッチンや洗濯槽などがある。そこで簡単な物を作ってきてくれるみたいだ。ありがたい。
さて、ちょっと暇だな。何してようかな。あんまり、人の部屋を物色するのも悪いしなぁ……ん?
僕が何気に部屋の隅に目をやるとそこには、ずんぐり体型の大鷲を模した大きなリュックサックがあった。
「あれは、ルク鳥……かな?」
リュックサックは、デフォルメされていて愛らしい姿のルク鳥の姿になるように作られていた。ルク鳥というのは、この世界に生息する伝説級のモンスターのひとつ。巨大な怪鳥で、時にはドラゴンとも張り合うというとんでもない鳥だ。
そんな恐ろしいルク鳥も、こうしてデフォルメされると可愛いもの。リュックの口の部分がクチバシになっていて、肩掛けストラップには翼がついている。胸ストラップも装着すれば、ちょうどルク鳥に抱きつかれてるように見える仕様かな。面白いな、これ。
僕が、ルク鳥を模した大きいリュックをいじって観察してると、ふいに部屋の扉が開かれた。
「ハルガード君、お待たせしました。有り合わせの果物で作ったフルーツポンチですけど……って、あ!」
ラディアさんが驚いた声を上げた。僕は咄嗟に振り返る。これ、いじっちゃダメなやつだったかな?
「さすが、ハルガード君! お目が高いですね! それ、『気怠ック鳥』のリュックサックなんですよ! 私のお気に入りアイテムのひとつなんです。可愛いですよね!」
気怠ック鳥? そんなのあるんだ。言われてみれば、ぐでっとした緩い印象がある。リュックサックのやわらかな素材と相まって、ぐにゃぐにゃになった感じが一層そのぐったりした感じを引き立てているような気もする。
ラディアさんはフルーツポンチをテーブルに置いて、僕の傍にやってきた。
「この『気怠ック鳥』は機能面でも優れててですね。こうやって背負うんですけど……」
そう言って、ラディアさんが『気怠ック鳥』のリュックサックを背負う。すると、見立て通り肩掛けストラップに付いた翼が、ちょうどラディアさんを包み込むように覆いかぶさった。さらに『気怠ック鳥』のクチバシが、ちょうどラディアさんの頭に乗っかってツンと前に突き出ている。まるでつば付き帽子のようだ。
「暑い時は日差し避けに、寒い時は腰のストラップも巻くと防寒対策になるんですよ」
リュックサックの下サイドに付属する布を広げると、尾羽根のようになった。ラディアさんは腰紐と一体になったそれを身体に巻き付けてみせる。おお、これは凄い。
そして、気怠そうにラディアさんへもたれ掛かるルク鳥の図柄が完成した。リュックの重みも相まって、ラディアさんがやや前傾姿勢なのもポイントだ。これ考案した人、凄いな。
「どうですか、ハルガード君? 可愛いですよね!」
ラディアさんがクルクルと回ってみせる。
「うん、すごく可愛いよ!」
「えへへ、ありがとうございます。ハルガード君に言ってもらえると、なんだか溶けちゃいそうなほど嬉しいです」
頬を緩ませて喜ぶラディアさん。それは良かった。
「それにしても……ちょっと、そのリュック見せてもらってもいい?」
「はい。良いですよ」
ラディアさんが背負ったままのリュックサックを僕はマジマジと眺める。いや、それにしてもよく出来てる。
「デフォルメされたデザインの可愛いさもあるけど、機能面での充実具合も良いね。ポケットも多いし、この大きさなら容量も申し分ない。ルク鳥の巨大な鳥という特徴も活きてるし、このデザインは見習いたいな……」
「そう言えば、ハルガード君はコンペの為にアイテムデザインをしてますものね。ハルガード君、デザイナーの路線で活動してみるのもアリじゃないですか?」
デザイナーかぁ……って、今回の問題が解決したら僕は冒険に出るんだからね。僕はこれからずっとアイテムデザインの企画をしていく訳じゃあ無いんだよ……。
それにしても、この『気怠ック鳥』のリュックサックは僕も欲しいなぁ。どこに売ってるんだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます