第12話 僕は地質調査員じゃない!?

 僕はフィークさんの工場を後にし、ラディアさんとの待ち合わせ場所に向かっていた。だいぶ時間がかかってしまったけど、大丈夫かな?


 噴水のある広場に行くと、ラディアさんが不安気におろおろしていた。やば、ちょっと待たせてしまったかもしれない。


「ごめん、ラディアさん! 待った?」

「あ、ハルガード君! 良かったー。私、心配したんですよ!」


 どうやら、結構待たせてしまったみたいだ。噴水近くに建てられた時計台を見ると、時刻は十一刻半。半刻も遅刻してしまった。


「ごめんね、実は……」


 僕はここまでの経緯をラディアさんに説明した。巷で販売されている『ライフポーション』や『スキルポーション』が代替品であること、その製品のうち『ライフポーション』を製造している工場に直談判しに行ったこと。そして、新商品開発を請負い、工場長であるフィークさんとコンペで対決することになったこと……。


 僕の話を聞いたラディアさんは口に手をあてて驚いていた。


「そんな大事に……? あの、大丈夫なんでしょうか?」

「うーん、でも、僕から言い出した事だし。とりあえず、やれるだけやってみようと思う」

「それでしたら、私も協力しましょうか?」


 ラディアさんの申し出はとてもありがたい。まだ新商品のアイディアは何もないけれど、もしかしたら、素材集めのためにモンスターと戦うことも想定される。そうなったとき、戦闘向きの仲間がいるのは頼もしい限りだ。


「でも、ラディアさんにも予定があるだろうし。悪いよ」


 僕は手を振って申し出を断ろうとした。せっかくのご厚意はありがたいけれど、あんまり迷惑をかける訳にもいかない。


「いえ、協力させて下さい! 私もハルガード君にクエストを手伝って貰いましたし。今度は、私がハルガード君の力になります!」


 ラディアさんは意外にも食い下がってきた。こういうところ、けっこう積極的だなと思う。


「そ、そう? それじゃあ、お言葉に甘えて……護衛とかアイディア出しを手伝って貰っても、良いかな……?」

「任せてください!」


 僕がおずおずと提案すると、ラディアさんは小さな胸を張って力強くうなづいてくれた。僕は、勇気を振り絞ってラディアさんに手を差し出し、握手を求めた。


「それじゃあ、その……よろしくお願いします!」

「はい、こちらこそよろしくお願いします! 私、ハルガード君とパーティーを組めてすっごく嬉しいです!」


 ラディアさんは、はにかみながら手を握り返してくれた。面と向かって嬉しいなんて言われると、照れるなぁ。


 こうして、ラディアさんは僕とパーティーを組んでくれることになった。やった、初めてのパーティーだ。ちょっとずつだけど、冒険者らしくなってきたぞ。


「まずは、ギルドに行って報酬を貰ってこようよ。それから、作戦会議をしよう」

「そうですね。それでは、一緒に行きましょう!」


 僕達はギルドに行き、扉を開ける。ティファさんは他の相談者と面談している所だった。仕方が無いので、僕はクエスト案内の受付に立つ別な女性に、報酬の件を伝えた。


「少々お待ちください」


 そう言って女性は向こうの棚から書類を取り出す。書類を確認した女性は、作業場の奥にある部屋へ行ってしまった。ちょっと時間がかかりそうだな。


「ラディアさんは、何か買おうと思ってた物とかある?」

「いえ、普段から冒険の準備は整えてるので、消費アイテムの補充くらいです。あんまり大きいお金を使う予定は、今のところありません」


 そっか、ちゃんと準備してるんだ。アカデミーに居る時からよく外に出てたって、前に言ってたもんね。それに比べて、僕はまだ何もやってないに等しい。日銭稼ぎから考えてたくらいだし、行き当たりばったりで何とかやってるもんな……。まとまったお金も入ることだし。僕もラディアさんを見習って、少し先を考えて準備しよう。うん。


「ラディアさん、申し訳ないんだけど……そしたら、今日は僕の準備を手伝ってもらっても良いかな。僕、まだ何にも準備出来てなくて……」

「いいですよ。ハルガード君は、あんまりダンジョン探索とかやってこなかったんですか?」


 そうなんだよね。アカデミーではよくニルバに稽古をつけてもらってたけど、僕の腕だとあんまり外に出歩かない方が良いって彼女に言われてたんだよな。だから、稽古が終わったら大体本を読みに帰るか、研究室に戻って実験してるって事が多かったかも。出かけるとしても実験資材の採集とか……。


 そこで、僕は気が付いた。


 あー、そっかー。皆はアカデミーの時からダンジョンに潜ってたりしてたのか。たぶん、ナクトル達もそうだ。うわぁ、もう、最初っから冒険者として出遅れてるじゃん、僕……。


「あの、ハルガード君? 私なにかいけないことを聞いてしまいました?」


 僕の様子を見かねたのか、ラディアさんが心配そうに顔を覗き込んできた。そんなラディアさんに、僕は力なく答える。


「いや、大丈夫。そうだよね。皆、とっくにパーティーとか組んで外に出てたんだよね。僕くらいだよね、ずっとアカデミーで過ごしてたの」

「そ、そんな事ないですよ。私も、パーティーに誘われることが少なかったですし。ほら、私はあんまり実技の成績良くなかったですから……」


 自虐話を混じえてフォローを入れてくれるラディアさん。だけど、何だか僕の方が申し訳なくなってきた。今思うと、僕って最初からボッチだったんじゃないだろうか。勝手にナクトル達を仲間だと思ってたりしたけれど、こうなるのは当たり前のことで……


「お待たせしました。ハルガードさんとラディアさんで宜しいですね?」

「あ、はい!」


 ギルド職員のお姉さんが戻ってきて、報酬の受け渡しについて確認事項を求めてきた。名前とか、控えの書類とか。


 滞りなく確認が終わると、カウンターに報酬の二十万ルフが置かれた。ひと袋に十万ルフずつ入っているそうで。目の前には金貨の入った麻袋がふたつあった。僕とラディアさんは顔を見合わせて、それぞれひとつずつ受け取る。


「あ、ありがとうございます!」


 初めての報奨金だ。なんだか、凄く感慨深いものがある。僕は感謝の気持ちから、ギルドのお姉さんに深々と頭を下げた。初めての給金を受けて、僕の落ち込んだ気持ちもすっかり吹き飛んでしまっていた。我ながら、ちょっと現金だなとも思ったけど、今は凄く嬉しい気持ちでいっぱいだ。


 そして、僕は顔を上げる。

 何でかな。皆、僕を見てちょっと引いていた。


 あれぇー?


「ハルガード君、ちょっと、大袈裟ですよ……」


 ラディアさんは、隣で恥ずかしそうに赤面していた。


「あ、す、すみません……」


 しまった。今まで働いたこと無いのがもろに出てしまった気がする。あー、やばい。恥ずかしい。穴があったら入りたい。


「いえ、謝る必要はありませんよ」


 僕が小さく縮こまっていると、不意にギルドのお姉さんから声をかけられた。


「これからもよろしくお願いしますね、地質調査員さん」


 なんでやねん。僕は冒険者になるんだってば……。ティファさんも、ちゃんと申し送りしといてよもう……。

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